第3話 自己紹介は黒歴史になりやすい
「……ごほん。えー、少々興奮して取り乱してしまいました。ごめんね」
少々じゃなかったけどな。思いっきり拳を掲げて、うぉっうぉって言ってたけどな。
ちなみに先生がヴィッセル神戸を金満クラブと言ったのは、神戸が選手の補強のためにたくさんお金を使っていることに起因している。
お金で強くなったという批判がある一方、Jリーグを盛り上げているという声もあった。俺はもちろん後者の立場だ。
「それじゃあ、次はみんなの番かな。一人ずつ立って名前と趣味とかを紹介していこっか」
おっと、ここでクラスメイトの自己紹介タイムか。普通に緊張する。
おそらくやりたくない生徒もたくさんいるだろうが、先生は強引に始め出した。
「じゃあ、窓側の列から行こうか。前に座っている人から」
「えーっ! 私ですか!?」
明らかに嫌そうな顔をしながら、トップバッターの女子生徒が渋々と立ち上がる。
軽い自己紹介をして、すぐに座った。
突然の自己紹介タイムだからか、クラスメイトの表情は固く、口数は少ない。あっという間に順番が進んでいく。
そして、俺の隣の席の順番になった。
神戸の女神こと、浜野愛が立ち上がる。そういえば、一年生の時に「神戸の女神って恥ずかしくないの」って聞いたら殴られたんだっけ。
「初めまして、浜野愛です。趣味は映画鑑賞です。気軽に話しかけてくださいね。よろしくお願いいたします」
他の人よりも大きな拍手の音が鳴り響く。
やはり浜野は外面は完璧だよなと思った。俺以外には愛想が良いのだ。
俺の列の前方にいた江頭が、自分の番になって立ち上がる。
先生と一緒に騒いだ問題児である。
「うぃっす! 江頭有志です! 茜先生と同じくヴィッセルファンです。よろしくお願いします!」
無難な挨拶だった。いや、うぃっすはうざいな。
しばらくして、俺の出番が回ってきた。ここで目立つ必要はない。無難にいこう。
「大月慶斗です。趣味は映画や読書、特にビジネス関係の本を読むのが好きです。よろしくお願いします」
ぱちぱちと拍手を受けて、ほっと一息つく。
挨拶は無難であれば無難であるほど良い。大人数が一斉に挨拶する場で、他人の挨拶をしっかり覚えている人などほとんどいないのだから。むしろ、悪印象な挨拶が一番目立つし最悪だ。
「あら、趣味がビジネス書とは意識高い系なのね」
「まあな」
「今度からあなたのことを意識高すぎ高杉くんと呼ぶわ」
「やめてくれ」
「じゃあ、覆面仮面ライダーって呼ぶわ」
「全く関係ないよな、それ。あと、覆面か仮面かどっちなんだよ」
隣の席の浜野には揶揄うネタを与えてしまったようだが。
しばらくして、先程初めて話した斉藤さんの順番が回ってきた。高梨いわく人見知りのようなので、こういうのは苦手そうだと思うが大丈夫だろうか。
「えとえと……!」
緊張しているのか、物凄い勢いで斉藤さんは立ち上がる。そのせいで、椅子が仰向けて倒れてしまった。
「あわわっ……」
狼狽えながら急いで椅子を元に戻す姿からは小動物を連想させる。
「あのっ……! さ、斉藤咲良といいます! よろしくお願いします……!」
顔を真っ赤にして、斉藤さんは座った。
本人は言われたくないかもしれないが、微笑ましいというか可愛いな。
俺はフォローのつもりも込めて、気持ち大きめに拍手をした。
そして、拍手の音が終わるのと同時に、金髪の美少女が立ち上がる。彼女が視界に入るだけで教室は華やかな空間へと一変した。
浜野愛と同等の存在感を持つ唯一のクラスメイトである。
彼女はニコッと微笑んでから、はきはきとした声で挨拶をし始めた。
「みなさん初めまして。平井彩花です! あっ、去年同じクラスだった人は初めましてじゃなかったね」
何人かがその言葉を聞いて笑った。
「えっと趣味は、動画投稿サイトで動画を投稿したりすることかな。良ければ見てみてください! あ、今のなんか、宣伝みたいになっちゃったかも!」
また何人かが笑った。俺は笑いはしなかったけど笑顔になってた。
「みんなと仲良くなりたいので、よろしくお願いします!」
暖かい拍手が平井さんに送られる。
なんかこう、天然な雰囲気というか、とにかく可愛いというか、癒される雰囲気に心がポカポカするぜ!
これが、圧倒的な陽キャというやつだな……!
「何にやけてるの」
「いや、和歌山アドベンチャーワールドで最近生まれた赤ちゃんパンダのこと考えてた」
「……そうね。あなたには結婚相手は現れないでしょうから、動物の赤ちゃんを見て我慢しておきなさい」
「赤ちゃんパンダからどうやったら俺の結婚相手の話へと繋げられるんだ!」
というか浜野さん、ご機嫌斜めのようですが、これは平井さんへの嫉妬ですか!?
ちなみに、和歌山のパンダはめちゃくちゃ可愛いからおすすめだ。この前、俺が見に行った時は双子の子どもパンダが遊具で遊んでいたのだが、登ってはバランスを崩してころっと落ちてしまう姿が最高に可愛すぎて死んだ。あれは国宝級の可愛いさだと思う。
「じゃ、最後の方よろしく」
自己紹介も順調に進み、遠藤先生が最後の生徒を当てる。
立ち上がったのは高梨だった。
「高梨ひなのです。漫画とゲームが好きです。よろしくお願いします」
これにてクラスメイト全員の挨拶が終わった。
「あとは連絡事項を言ったら今日は終わりかな。一旦休憩にします。トイレとか行っていいよー」
先生はそう言った後、急いで廊下に出て行った。さては先生がトイレに行きたかったのか……。
「面白い先生ね」
「そうだな、当たりだ」
「SSRで良かったね」
「それ、俺が言った言葉じゃないからな」
俺もトイレに行くために立ち上がった。
「連絡事項を言うねー。まず明日は全教科の教科書が配布されるので、教科書を入れる用の手提げ袋があった方がいいかもしれません」
「先生! 教室に置いたらダメなんですか!」
「去年と一緒で、置いていいのとダメなのがあるよ。置いていい教材のリストを明日配りまーす」
少しでも疑問に思ったことを江頭が口に出す。そして、それを遠藤先生が答える形が出来ていた。案外、先生と江頭のコンビはクラスメイトにとっても分かりやすいのかもしれない。
連絡事項はしばらく続き、解散の流れとなった。
「あ! そういえば、明日の六時限目のホームルームの時間にクラス委員や委員会の役員を決めるから、やりたい人は考えておいてねー! それじゃあ、さようなら!」
解散となった。思ったよりも早く終わったな。
「じゃあ、また明日」
「ええ、さようなら」
浜野とも挨拶して教室から出る。昼はどうしようか。せっかく外に居るし、外食でもしようかな。
約束は特にしてなかったが、高梨を誘ってみるか。
ちょうど高梨と斉藤は一緒に教室から出るところだった。
「高梨、どっか食べに行かない?」
「今、咲良と一緒に食べる話をしてたんだけど」
「それだったらいいわ。またな」
「あのあの……! 私はあまりお金を持ってきてないので、ひなのっちと外食も出来ないですし、二人で食べに行ってください……!」
どうやら斉藤さんは家で食べる予定だったみたいだ。
「斉藤さんは何食べる予定だったの? 親と食べる予定とか?」
「いえいえ……! 両親は仕事で居ないので、家にお金を取りに帰ってからコンビニに買いに行く予定でした」
「だったら、咲良も一緒に三人で食べに行こうよ。大月が奢ってくれるし」
「俺が奢る前提はやめろ。まあ別に奢るのはいいけど」
「それは大月君に悪いです……!」
「大丈夫だよ、大月は金だけはたくさん持ってるから」
「金だけはって、まるで俺が金持ちであることしか取り柄のないお坊ちゃんであるかのようなイメージを斉藤さんに植え付けないでね」
高梨が俺を弄ってくるが、不快な気持ちには全くならないぐらいの関係がある。
「でも……!」
「ま、どうしても悪いと思うなら、お金は今度返してくれたらいいし、今日は一緒に食べに行かない? 一緒のクラスになったしさ」
奢るのも全然構わないけどな。それでクラス委員長で俺以外に対抗馬が出た時に、俺に確実に投票してくれるぐらいの恩は売れるだろう。
「あの……! それじゃあ、私も行きます……」
「よし、じゃあどこ食べに行く?」
高梨がそう言って歩き出した時だった。
「はいはい! 俺も大月と一緒に食べに行きたい!」
江頭が俺も奢って!っという目をしながら、話しかけてきた。
「お前はダメだ。また明日学校でな」
「ガーン」
三人で食べに行くことになった。
「あの人は大丈夫……?」
優しい斉藤さんは江頭の心配しているが、俺は江頭がクズだと知っているので心は痛まなかった。
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