第2話 美人教師は叫ぶ


 講堂で始業式が始まった。

 我が南摩耶高校の自慢の施設の一つがこの講堂だ。千人を収容する座席が設置されている劇場型の講堂で、傾斜がついており生徒側からは舞台を見下ろす形になる。座席の座り心地は最高で仮眠にもぴったりだ。

 ということで、グッナイエブリワンようこそ夢の世界へ!に入りかけたところで、意識が覚醒した。

 痛い。左の頬がつねられていた。


「止めて止めて、結構痛いから!」


 そう言うと、隣に座っていた高梨が俺の頬から手を離した。

 つねられた痕がキスマークに見えるかもしれないという重大な発見をしたところで、俺は高梨に言う。


「俺の仮眠を邪魔するとはなかなかやるな」

「もう少しで校歌だから」


『それでは校歌を斉唱します。全校生起立!』


 その声で生徒が一斉に立ち上がる。もちろん俺も立ち上がった。


「ナイス」

「もー」


 吹奏楽部の生伴奏が始まり、そのまま俺たちは歌った。

 校歌は相当昔に作曲されたようで古い旋律に感じるが、その分味がある。


『全校生着席!』


 高梨が起こしてくれなかったら、校歌を歌う時に寝ているという恥をかいてしまうとこだった。

 

「高梨」

「なに」

「終わりそうになったら、また起こして」

「は?」


 俺は速攻でグッナイエブリワンようこそ夢の世界へ!した。つまり寝た。










 大きな欠伸をしていたら、横にいた高梨にジト目で見られた。


「爆睡してたね」

「休むべき時はしっかり休まないとな」

「始業式は休むべき時じゃないと思うけどなぁ」

「価値観の相違だ」

「あっそう」


 会話をしながら、俺と高梨は講堂と校舎をつなぐ渡り廊下を歩き、教室に向かう。

 俺たちは去年に引き続き同じクラスになった。だから、彼女が副委員長になれば一緒に仕事をすることが出来る。ただ、彼女はあまり副委員長に乗り気ではないようではある。


 新しい教室の前まで歩いてきた。二年C組と書かれた標識がある。

 まだ自分の教室ではない感じがして、入るのに一瞬躊躇した。


「どうかした? 入らないの?」

「いや、何でもない。入るよ」


 木製のドアを両手で横にスライドさせて開ける。ドアには重量感があり、ガラガラと音を立てた。


「大月じゃん!」

「おっす」


 知り合いに声をかけられて返事をする。

 江頭有志。中学から付き合いだ。髪を茶髪に染めておりチャラい。


「またまた同じクラスになってしまったな! 我が友よ!!」

「まじで最悪だ」

「なんでー!?」


 江頭はガーンとした表情を浮かべたまま固まってしまった。

 

「それでさ、この前に高梨がおすすめしてくれた映画を昨夜観たんだが、めっちゃ面白かったわ」

「それは良かったけど……こいつは放っといていいの?」


 高梨が江頭を指差す。


「おい江頭、もちろん冗談だ」

「よかったー!! お前に見捨てられたら俺はこれから生きていけない!」

「お前は俺のペットか」

「相変わらず江頭はキモいね」

「ガーン」


 高梨の言葉に再びショックを受けた江頭は放置して高梨と会話をしていると、知らない女子生徒が近付いてきた。


「ひなのっち!」


 小柄な体格で栗色の髪の女の子だ。

 ひなのっちって高梨のことか?


「咲良、久しぶり」

「うん! おひさ」


 どうやら高梨の友達であるらしい。


「彼女は?」

「あれ、大月と咲良は初対面?」

「見たことはあるけど、話したことはないな」

「そうなんだ。じゃあ、自己紹介でもしたら?」


 高梨が自己紹介の提案をした。

 これは俺の陽キャっぷりを示すチャンスかもしれない。自己紹介だけでどこまで仲良くなれるかで陽キャ具合が決まるのだという。俺のコミュニケーション能力を試す!


「俺は大月慶斗。高梨の彼氏だ。よろしく」

「え!? そうなんですか……!」

「ばか! 違うわよ! こいつが嘘付いてるだけだから」

「高梨……俺のことは遊びだったのか……。昨日も俺の家であんなに激しいプレーをしたというのに……」

「あのあの! ひなのっちと大月さんはそういう関係だったんですね……!」

「違うから!! こいつの言ってることは全部嘘だからね!」

「でもでも! 激しいプレーをしたって……!」

「ゲームのことだから! 激しいゲームをしたってこと!」

「激しいゲーム……ってやっぱりそういう意味ですよね……!」

「そうだ。それに家には年頃の男女が二人きり……。当然何も起きない訳がなく……」

「何も起きないわよ!!」


 高梨にバシッと頭を叩かれた。


「大月! いい加減にしないと本気で怒るからね!」

「痛い痛い! 分かったから。謝るからやめて!」


 関節を決められた俺は、すぐに白旗を上げた。

 これは……俺は陽キャになれたのだろうか。なれてないね。


「あー、別に付き合ってないよ」

「そうなんですね! でもでも、仲が良いのは分かりました……!」

「仲良くないから」


 この照れ屋さんめ。

 と声に出したらまた怒られそうなので、心の中で言いました。


「それで、咲良も自己紹介したら?」

「はい……!」


 どこか緊張した様子で俺を見て言った。


「えっと……斉藤咲良と言います! よ、よろしくお願いします……!」

「ああ、よろしくな」


 そう言うと、斉藤は高梨の背中に隠れてしまった。


「咲良は少し人見知りなとこがあるの」

「そうなのか」

「は、はい! 特に男の子の友達は今まで出来たことがなくて……」

「俺は女子だぞ」

「そ、そうなんですか……!」

「大月、あまり咲良を揶揄わないで」


 ふざけていたら、高梨から再びジト目で見られた。


「ごめん、ひなのっち」

「もう怒った!」

「ごめんごめん! 痛い! 痛いから!」


 先生が入ってくるまで続いたのだった。



「じゃあ、みんな。席に着いてー」


 先生の声でクラスメイトが席に着いて静かになる。


「これからホームルームの時間なんだけど、とりあえず自己紹介からかな」


 その女の先生はチョークを持って、黒板に自分の名前を書いていく。

 昨年度は俺たちの授業を持っていなかったので、まずは自己紹介をしようということなのだろう。とはいえ、先生の名前はすでに知っている。何故なら、学校の中でも美人教師として有名だったからだ。


「えーと、これが私の名前ね。遠藤茜といいます。二年C組の担任をすることになりました。これから一年間よろしくね!」


 その挨拶を聞いて、教室が騒然となる。

 特にクラスのうるさい男子からは、キター!とか担任ガチャSSR、茜ちゃん最高、結婚してください、等の声が聞こえた。

 気持ちは分かる。始めて見た時に美人教師とか現実にいるんだな、と思った先生が担任になったのだからな。素晴らしい!


「はーい、静かにして!」


 先生の声で騒めきが収まる。遠藤先生は唯の美人という訳ではなく、教師としての貫禄も備わっているようだった。


 教師としての貫禄があるかないかで、生徒に舐められるかどうか、もっと言うと、そのクラスが学級崩壊するかどうかが決まるんだよな。学級崩壊するクラスの担任は威厳がなく生徒に舐められるタイプの教師が多い。


「私の授業の担当は音楽で、高二と高三のクラスを持ってるよ。だから、今年からみんなの音楽を担当します」


 去年の音楽教師は気難しいお爺ちゃんだった。


「趣味はスポーツ鑑賞。特にサッカーを観るのが好きかな」


 男子を中心におおっという声が上がる。男子高校生の中でサッカーファンは多いのだろう。確かに今時の体育会系の高校生は、野球部でもテニス部でも皆ウイイレをやっていて、深夜に海外サッカーを観てる人が結構多い。(俺調べ)


「先生! どこのチームのファンなんですか!」


 先生に質問したのは江頭だ。お前もサッカーを好きだったのか。


「先生はヴィッセル神戸のファンです」


 またもや、男子を中心におおっという声が漏れる。男子の心中を俺が解説すると、憧れの美人教師が好きなサッカーチームがまさかの俺っちが応援しているチームと一緒だったぜうぇーい、といったところか。知らんけど。

 ヴィッセル神戸は地元である神戸市を拠点とするサッカーチームだ。阪神淡路大震災の少し前に出来たチームで、現在では超強力スケット外国人が移籍してきて話題になっている。高校生の中でも、有名外国人選手のおかげでファンが増えていた。

 ちなみに俺の学校の中でのファンが多いプロ野球チームは、一位が阪神、二位がオリックスである。西宮市や大阪から通ってくる生徒が居るのも影響しているのだろう。


「ヴィッセル神戸のどこが魅力だと思いますか!?」


 江頭が続けて質問する。


「うーん……どこがって言うか……」


 いきなりの質問で答えづらいのか、一瞬言葉に詰まった先生だが、衝撃的な言葉を口にした。


「やっぱり……お金かな……」


 …………。

 さらに先生は叫んだ。


「金満クラブ最高!」


 なんて事を言うんだ先生! ファンが言う言葉じゃねえよ!

 

「そうですよね! ヴィッセル神戸は最高です!」


 ちゃんと話を聞いていたのか江頭。先生はヴィッセル神戸を最高って言ってたんじゃなくて、金満クラブを最高って言ってたんだぞ!

 そりゃ、お金は最高だけどさ!


「ヴィッセル最高! ヴィッセル最高! 最高! 最高! うぉ! うぉ! うぉ! うぉ!」


 先生と江頭と周りの男子たちが一緒になって叫び出した。俺も一応混ざって、うぉ、うぉって言っとく。

 そして、それを主に女子生徒は困惑しながら眺めていた。


 まさにカオス。

 このクラス、担任、この先本当に大丈夫か?









 

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