第1話 神戸の女神
学校ものの小説や漫画だと、クラスカーストという言葉が頻繁に出てくる。
顔や部活、コミュニケーション能力を駆使してお互いの上下関係を探り合い、クラスの中に格差社会が出来上がるという。
俺から言わせれば、クラスカースト何それ美味しいのぐらいの意識でしかないのだが、そういうことに敏感な人もいるらしい。まあ、敏感な奴ほど陰気な性格だと思っちゃうよね。
しかし、実際クラスカーストとかいう大層なものはなくても、陰キャと陽キャ、そしてその中間というくくりの意識は存在する。陰キャというのは陰気なキャラクター、陽キャは陽気なキャラクターの略だ。
例えば、高梨ひなの。クラスでは目立つ存在ではなく、どちらかといえば地味。これだけなら陰キャということになってしまうのかもしれないが、昨年は委員長をしていたことを加味すると中間層に位置付けられるだろう。
陰キャと陽キャというのは厳密に決められたものではない。陰キャに見えて、陽キャの奴も居れば、陰キャと呼ばれて弄られる陽キャも居る。
そもそも、他人のキャラを正確に分類するなんて無理な話である訳で、意味のないことだ。見る人によってその人の印象なんてころころ変わるしな。
ただ、誰が見ても陽キャに見える人も存在する。
クラスの中央の席を囲むように、二人の女子と二人の男子が立っていた。
その中心に居る女の子は纏っている雰囲気が別格だった。彼女の名前は平井彩花。ふわふわとした長い金髪が特徴的な美少女だ。肌は白く、何処までも透き通るような透明感のある顔立ちで、性格は天然。まさに、クラスの華である。また、日本人とロシア人とのクォーターらしい。
容姿だけでも目立つ彼女ではあるが、彼女の最大の特徴は人気動画投稿者だということだろう。動画投稿サービス「ディー・チューブ」で配信する美少女ディー・チューバーだ。動画のジャンルはゲーム実況、ファッション、化粧、大食いと幅広く、色んなことにチャレンジしている印象がある。
「さっきから平井さんを随分と熱心に眺めているけど、もしかして彼女に惚れてしまった?」
新しくクラスメイトになった平井さんをしばらく眺めていると、横からを声を掛けられた。
「そんな簡単に惚れねえよ」
「あら、そうかしら。でも一目惚れという言葉もあるぐらいだし、男は女の顔に恋をすると聴いたことがあるわよ」
確かにお前ぐらいの容姿になると、一目惚れされることも多いだろうなと彼女を見て思った。
「俺は人を見た目で判断しない」
「そのような嘘くさい建前は置いとくとして」
「建前って言うな」
「ねえ」
彼女は妖美な笑みを浮かべる。俺に顔を近づけながら小声で言った。
「今年も同じクラスで、席は隣同士だよ。ちょっと運命的なものを感じない?」
前のめりになった彼女の顔が俺の顔のすぐ近くにあった。
思わず顔を背ける。可愛いすぎるなんてものじゃない。彼女の顔は芸術の域だ。
「ぐ、偶然じゃないかな」
「ふふふ」
こいつ、俺の反応を見て遊んでやがる。
悔しいが、至近距離の彼女の魅力には抗えなかった。
彼女の名前は浜野愛。大人びた雰囲気を醸し出す美少女だ。
ダークネイビーの綺麗な長髪と、超絶整った顔立ちでファッションモデルをしていた。付けられたキャッチコピーは「神戸の女神」。俺から見ても、女神と形容されてもおかしくはないと思うほどである。そして胸も大きい。
「なあ、浜野」
「なにダーリン」
「ぐはぁっ!」
やばい。
破壊力が半端ない。
それに今の言葉は、俺の「女の子に言って貰いたい言葉ランキング」29位なんですけど。これは……一つ夢が叶ったね! やったね!
「……だいぶ俺もお前の免疫が付いてきたわ」
「付いていてその反応なのね」
「お前のおかげで、将来の美人局対策が捗るぜ」
「はたして、将来あなたが美人局されるほど出世するのかは疑問ね」
「間違いなくされるよ」
「妄想は誰でも出来るのよ」
「妄想って言うな」
ちなみに俺が投資家で総資産が四億円以上あり、年収も余裕で一千万円を超えていることは、学校の同級生には知られていない。
もし浜野がそれを知っていれば、今のような弄り方はしなかったはずだ。
唯一知っているのは高梨だけである。
自慢したい気持ちというか、学生の割にはそこそこお金を持っていることに対しての優越感がないことはないのだが、それで調子に乗るのは辞めようと思っていた。
それに金持ち自慢は格好が悪い。まあ、特に言う機会もないしね。
ただ、お金自体は大好きである。座右の銘は「地獄の沙汰も金次第」。
「それで、どうかしたの?」
「ああ、聞いてくれよハニー」
「殺すわよ」
「反応が怖すぎる!」
「ごめんなさい。あなたの言葉が虫唾が走るほど気持ち悪くて」
「そんなに気持ち悪いか!?」
「私に精神的な苦痛を与えたことに対する謝罪と賠償金を求めます」
「お前と同じことを言っただけなんだけどな」
「何を言うかではなく、誰が言うのかが大事なのよ」
「そうなんですか」
「そうよ。それと賠償金はさすがに可哀想だから、三万円分のアメゾンギフト券で許してあげる」
「一緒じゃねえか!」
不敵な笑みを浜野は浮かべた。
浜野は高一の時に席が隣になり、仲良く……はなっていないかもしれないが喋る仲になった。
気が付いたと思うが、彼女は少し口が悪い。しかし、毒を吐くのはどうやら俺だけのようで、他の人には愛想良く振る舞っているようだった。
まあ、他人を本気で不快にさせるようなことは言わないので特に気にならないのだが。
「あー、それでさ」
「ギフト券?」
「違う! クラスの委員会活動のことなんだけどな!」
「しょうがない。ジュースで妥協するわ」
「まあ、それなら……って嫌だよ!? ……危なかった。騙されて奢らされてしまうところだった」
「話があるなら早くしてくれる?」
「お前が言うな! 話は簡単に言うと、クラスの委員長になりたいから、もし対抗馬が出てきたら俺に投票してくれっていうお願いだ」
「ふーん、委員長になりたいの?」
「ああ」
「どうして?」
「クラスメイトが快適な学校生活を送れるようにするためだ」
「つまんない理由ね」
「ごめんな、つまらなくて」
「で、本当は?」
「いや、これが本当の理由だけど」
「へ〜、じゃあ大月君はクラスメイトが快適に過ごせるように、私たちの周りの仕事をやってくれるのね。それなら喜んで投票させていただくわ。とりあえず、自販機で烏龍茶を買ってきてくれる? それと、私が担当の掃除当番も代わりにお願いするわね。私たちが快適に過ごせるように。それから……」
「そこまでやるとは言ってない! それ、ほぼクラスの下僕じゃねえか!」
「あら、委員長ってクラスの公僕かと思っていたわ」
「完全に公僕の意味を勘違いしている」
公僕って、公衆に奉仕する者という意味から公務員を指す言葉だよね。あれ? 浜野の使い方は間違っていないのか? 分からなくなってきたわ。
「生徒会に入りたいと思ったきっかけは指定校推薦を狙ってるからだ。昨年も一昨年も、生徒会委員長は指定校推薦で大学に行ってるらしいしな」
「なるほど。そういえば、大月君は昨年たくさん欠席してたしね」
「まあ、それもある」
一年生の時、俺は学校を単位が危なくならない程度に休んでいた。それを生徒会に入って帳消しにしようという目論みもある。むしろ、そっちの方が大きい。
「生徒会に入りたいだけなら、委員長になる必要はないと思うけど」
「どうせやるなら、一度くらいは委員長もしてみたい」
「ふーん」
浜野は少し何かを考えた後、にやりと笑った。
「私も委員長になろうかしら」
「それはまじで辞めろ」
何を言い出すんだこいつは。
そんなことされたら俺が委員長になれないだろうが!
彼女は学校で一二を争うスターの一人だ。だって、全国的にも最近知名度が上がっているというプロのファッションモデルだぜ?
学校で注目されない訳がなかった。俺と彼女では格が違う。
彼女が委員長になりたいと立候補すれば、大差で俺は負けるだろう。
「辞めてほしい?」
「ああ」
「分かった。一つ貸しね」
「無茶苦茶だな」
その時、廊下から教師の声が聞こえてきた。
『まだ教室に居る生徒は早く講堂に集まるように。始業式だぞー』
始業式か。
だから教室には人が少なかったわけだ。荷物だけ置かれた机が結構ある。
浜野と話すのに気を取られていたらしい。
「貸し、覚えておいてね」
「俺の記憶は一週間しか持たないんだ」
「委員長には投票してあげるわ」
「それはありがとう」
「あと、今の会話で勘違いして私に告白してきたりしないでね」
「しないから」
浜野は俺と話した後、必ず同じ台詞を口にする。おそらく、少し話しただけで告白してくる男子が多いのだろう。しかし、俺がすぐ勘違いして告白するような男子じゃないことは分かって欲しいものではあるが。彼女のことだから、それも分かっていて俺を揶揄うために言ってる可能性もあるけど。
友達に呼ばれた浜野は、バイバイと手を降ってその友達のところに去っていった。
やっぱり可愛いな。神戸の女神は伊達じゃない。あと、胸がでかい。素晴らしい。
俺も講堂に行くとしよう。始業式で軽い睡眠だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます