第2話
その後、誰彼ともなくお開きの空気となり、二次会もなく解散した。陽菜たち下宿組もいつもなら誰かの家で飲み直しという流れが定番だが、今日は重い空気のなか家が近い順から別れていった。
本当は誰かと部屋に幽霊がいないか確かめたかったなぁと、数分間玄関の前で立ち止まった。やがて意を決して扉を開けると、部屋の中は朝家を出たときと同じ様子だった。やっぱあんなの嘘だよねと思いベッドに座り、適当にスマホを触る。今日はいつもより飲みすぎたのでちゃんと水分とってから寝ようと思っていると、閉めたはずの廊下のドアがぎぃぃと開く音がした。
酔いは冷めていたが、酔っぱらいではあるのでちゃんと戸締まりができていたか確証がない。こんな時どうしたらいいんだろう、やっぱまず通報だよねと思いギュッとスマホを握りしめ振り向く。
するとそこには、あの河野くんがいた。
「えっ、なんで河野くんがここにいるの」
陽菜のこの悲鳴は、ただの同期の男が何らかの方法で部屋に侵入してきたという出来事によるものではない。
「えっ、中村…俺のことみえんの?」
なぜなら河野くんは、先程の飲み会の時の速報で、車の衝突事故に巻き込まれ意識不明の重体だと聞かされたばかりだったからだ。
○○○
「俺、実家で猫と暮らしてたからさぁ。目の前で車に轢かれそうな猫みたら思わず飛び出しちゃって」
これ、みかんちゃんって写真を見せようとするが、その透明な手は物体をつかめなかった。
「あ、やっぱ駄目か。癖でついスマホ触っちゃうんだよなぁ」
「俺も打ち上げ行きたかったー!この一週間ずっとレポート書いてたから、すごい疲れたんだよね~」
てか、俺ばっか話してない?なんかむなしい。と悲しげな顔の河野くん。普段は尊い!と心のカメラでシャッターを切りまくりだけど、今日は切れない。頭が回らない。目の前の河野くんは、事故にあったにもかかわらず血が出てない。いつも通りかっこいい。ただ、もやもやしてなんか実体がつかめないような。そこにいるのに、幻のような…足も消えかかっている。
「ほんと、ほんとに、河野くん?」
「ほんと、ほんとの、河野くんで~す」
たはーって笑う河野くんの笑顔は、たしかに飲み会の終盤でよく見る表情だ。それに、河野くんであることの証明として去年の夏合宿のある出来事を話してくれた。あれは、実際にあの場にいる人じゃないとあそこまで詳細に話せない。
分かった、信じると言うと、やっと信じてくれた~ってホッとした顔を見せてくれた。
「でも、なんで俺、中村んちにいるんだろ?」
なんかごめんなぁと苦笑する河野くんに、謝らないといけないのは私の方だと思いながら、言えなかった。
だってここに縛りつけてる原因は、きっとあのときの…「おーい、難しい顔してどうしたぁ?」
「い、いや、あはは…何でもない!」目の前に好きな人の顔があり、考えが飛んでしまった。サークルの同期といっても、たまに向こうからアドバイスしてくれたり、飲み会でも自分から話しかけることはめったにない。逆にバレバレだよと親友には笑われるのだが、どうしても緊張してしまうのだ。
あぁ、何話そう、なんて声かけようと悩んでいると、俺とりあえず帰るわと河野くんは立ち上がった。
「もしかしたら、実家でも誰か俺のこと見える人がいるかもしんないし」
お邪魔しましたと玄関に向かう河野くんに、とっさに言葉が出てこず、あっ、またお見舞いいくねとつぶやく。ありがと~と河野くんが、玄関のドアに触れた瞬間、見えない何かに弾かれたようにみえた。
えっ、まじ?と二人してハモる。それから、私が玄関のドアを開けた状態で出ようとしても、ベランダからやってみても、結果は同じだった。
「ねぇ、しばらく家にいない?一緒に元に戻る方法探そうよ」
落ち込む河野くんをみて、つい言ってしまった。ほんとごめん、と謝る君に罪悪感をそっと隠して。
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