21:37、鮎川アパートにて
ごりぴー
第1話
ほぼ全員が前期試験を終え、実質夏休みとなった今日、中村陽菜が所属するバドサーでは打ち上げが行われていた。
乾杯の音頭がとられた直後、「あー!彼氏ほしー!」と陽菜がビールを飲み干した勢いで叫ぶ。
「陽菜ちゃん、また振られたの?」
「振られたんじゃなくて、私から振ったの!」
「今年なってからもう何人めー?」
だって、あの人も付き合ってみたらなんか違ったんだもんとひとりごちる。バドサーに入り、今日で2回目の夏を迎える。入学当初は彼氏なんて考えていなかった陽菜も、周りの友達が次々彼氏が出来ている様子を目の当たりにし、とにかく彼氏が欲しいと思うようになった。誰でもいいと思っているからなのか、付き合ってみると思っていたのと違うとなり、それは相手も同じなのだろう、三ヶ月以内に振るか振られるかの恋愛が続いていた。
「そんなに彼氏欲しいなら、このなかで選びなよー」
「いやー、別れたあと気まずいじゃん」
「けど、好きってほどじゃないけど推しはいるでしょ?」
それはまぁ、と答え周りを見渡す。周囲のテーブルは陽菜のいるテーブルと同様に、試験終了の開放感からか、いつもより盛り上がっているみたいだった。
「あれ、河野くんは?」
「ほんとだ、珍しいね。飲み会はいつも参加してるのにね」
河野健は陽菜がひそかに恋している同期だ。バドミントン経験者の彼には、入りたての頃お世話になった。運動が苦手な陽菜に呆れたりせず、いつも優しく的確にアドバイスをしてくれる河野くんにいつしか恋心を募らせるようになった。しかし、そんな優しい男を他の女子がほっておくわけがない。いつしか河野くん協定が結ばれ、推しという形で女子一同で見守ることが暗黙のルールとなっている。
河野くんがこの場にいたらなぁとボーッとしてると、サークルの同期の中で一番明るい千裕が席移動で陽菜の隣にやってきた。
「それより、夏がはじまるよー!合宿に、花火大会に、海に、バーベキューに…楽しいこといっぱいだね!」
「そうだね、あぁ彼氏がいたらなぁ」
「そういや、この席陽菜以外みんな恋人いるじゃん」
本当に?と見渡すと、高校時代からの彼氏がいる子や最近告白された子まで見事に陽菜以外は彼氏もちだった。
「そ、そんなぁー…」ニ日前に別れた恋人のこともあり、陽菜はやけくそになり、私飲みます!と宣言した。いいぞいいぞーと囃し立て、一緒に楽しんでくれる友達がいてよかったと思いながら、すいません!レモンサワー!と声を上げた。
飲み会も中盤になり、陽菜はお手洗いにたった。席から戻ると、いやに盛り上がっている席がある。何だろうと見てみると、仲良くしてもらってる先輩がいたので、そのまま隣に座る。
耳を傾けてみると、怪談話で盛り上がっているみたいだ。一人ずつ体験談など怖い話をしていっているらしい。怖い話が大の苦手な陽菜は逃げようとしたが、先輩に手を捕まれしぶしぶそのまま居座るはめになった。
「おれ、一人暮らしじゃん。普段は考えないけど、たまに実家の犬何してんかなって実家のこと考えることあんの。んで、こないだTwitterで見た怖い話なんだけど、玄関から家に入ることを想像して一部屋ずつ中を覗き込んで部屋の中を点検してみる。その時誰かがいるとしたら…それがその場にいる幽霊なんだって」
「まぁ、嘘だろうと思いつつやってみようと思って、実家に帰ったつもりで玄関から入ったんだ。飼ってる犬に挨拶して、リビング入ってばあちゃんの部屋の和室入って洗面所見たりして。でも何にもいないから、やっぱりなぁと思って2階にあがったんだ。俺んち古いから所々床鳴るんだけど、なんだかいつもより階段がミシミシいうような感覚して。ちょっと嫌な予感がしてさ。そしたら…廊下に5mくらいの女が、首の折れた女がいたんだよ。俺に背中を向けてたから、顔分かんなくて。やべぇと思って下降りようとしたけど、想像なのに動けなくて。夢の中でうまく動けないような感覚で。そしたらそいつが振り向こうとしたから、俺目開けようとして、普通に開いて部屋を見渡したら何もなくてホッとしたんだ」
「でも、その瞬間耳元の後ろの方から低い女の人の声で、逃 げ る なって聞こえて…」
きゃー!という女子たちの悲鳴と同時に、それだ!という陽菜が声を上げた。
ぽかんとしてる周囲をお構いなしに、お酒も入ってるせいか饒舌に話し出す。
「それ、イケメンの幽霊を想像しながら部屋探検したらリアルに出てきたらめっちゃよくない?!」
陽菜の突拍子もない発言に、少しの間場が凍ったが馬鹿騒ぎが好きな人たちの集団だ。すぐに、そこまでして彼氏がほしいのかと陽菜を憐れみつつ、どうやったらイケメンが出てくるか一緒に考えてくれた。
「いきなり家を思い出すのは難しいから、どっかから帰ってきたていでマンションの出入口から入ってみたら?」
「怖い幽霊が来ないように、神様にお願いしてからイメージしてみるとか」
「てか、どんな人が理想?芸能人でいえば?」
んーっとねぇ、と考えてるふりをしつつ適当に今人気のアイドルをあげる。ここで具体的に言ってしまえば河野くんのことだと勘がいい女子たちにはすぐバレてしまうだろう。それにいくら好きでも、河野くんは生きてるのだから出てくるわけがない。
じゃあやってみよー!と言われ目をつぶる。陽菜は下宿生で、大学へ徒歩五分で通える1DKのアパートに住んでいる。いつも通り大学から帰宅しているイメージでアパートにたどり着く。イケメンイケメンイケメンと考えながら、玄関をあける。本当に怖い幽霊がいたら嫌だなと頭によぎり、現実にならないよう更に強くイケメンと念じ廊下を歩き、ドアを開いた。すると、そこに確かに人がいた。
背丈は陽菜より少し高く、短髪だ。貞子のような幽霊じゃなくてよかったと思いつつ、本当にいるんだって分かり背筋が寒くなる。
もうこのまま振り向かないでって思うと、その思いに反抗するように、突然くるっと陽菜の方に顔を向けた。
「えっ、この人って…」
陽菜の呟きはその瞬間、慌てて入ってきた男子の大声にかき消されてしまった。そしてそれは皆が陽菜のお遊びを忘れてしまうくらい衝撃的なものだった。
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