悪役令嬢ランナウェイ その9

 背中から銃を引き抜いて、グリップを握る。内部の制御機構が起き上がり菜沙の瞳と連動。スコープも風速計も入らずのたった一人での狙撃を実現する。


「この銃は、どんなビームが出るんですか……?」

「いやいや、ビームは出ないから」


 菜沙が普段持ち歩いている携帯性と面制圧力に長けたミンチメーカーと違って、今、構えているのは普通に探せば存在しそうなライフル。謎技術スーツとか、異世界のルールを上書きするオーバーテクノロジー物質に比べれば、非常に地味な武器。


「普通のライフル……のスペックを只管に挙げまくっただけの銃。使い勝手がいいから、私以外の部隊の基本装備」


 但し、基本装備とされているだけあって、ミンチメーカーよりもよっぽど便利。携帯性さえどうにかなれば、こっちの方が持ち歩きたいくらい。貫通力と射程が尋常じゃ無い程高められていて、人体再構築で瞳を弄くっていれば数キロ先の狙撃もお手のもの。その上、中の電子制御機構がフレンドリーファイヤを防いだり、照準補助を行ってくれる。特別製の銃弾は貫通力に優れる上、少しではあるが素子を練り込まれた特別製。多少の魔法や超能力なら、物理と素子でごり押しできる。

 携帯性さえどうにかなれば、この子も持ち歩きたいくらいの一品。


「ちなみに名前はウッドペッカー」

「ウッドペッカー? キツツキ?」

「なんでキツツキなのかは分からないけれど……うちの組織のよく分からないルールで、開発した人たちが好きに命名できるルールがあるの。やたらと長ったらしい名前をつける人も居れば、シンプルにまとめる人も居る。このスーツなんかは、長すぎて通称でしか誰も呼んでなかったりするわね」

「へぇ……でも、自分で考えた名前をつけれるって、なんかいいですね。もし私が、新しい何かを発明したら、セリスペシャルってつけれるってことですよね?」

「それは適当すぎじゃない? 誰もその名前で呼ばないわよ……実際、命名権を与えた方が開発チームのモチベーション上がるからっていう理由らしいのよ。ウチの組織、技術力さえあれば倫理観とか二の次だから、世間一般じゃ爪弾きされる変人ばっかだし。技術系や研究系は特にね」


 お陰で色んな武器、色んな装備があるにも関わらず、名称の方向性はバラバラ。結局、観測部隊は呼びやすいように勝手に呼ぶ上、管理名称も別だからあまり気にしていないけれど。


「で、そのキツツキさんでどうするんですか?」


 構えて、照準を合わせる。この距離なら外さない。


「お帰り頂いて……お仲間を沢山引き連れてきて貰おうと思うの」

「ガラガラになったお城に乗り込む、ですか?」

「正解……でも、それだけだと弱いのよね。あと一つ、こう魔王っぽいことを」


 城を乗っ取った上、玉座にふんぞり返っているのはかなりの悪役ポイントが高い。とは言え、取り返すためと騎士団が四方八方から雪崩れ込んできたら、不確定要素が増えてしまう。勝てないとは思わないけれど、菜沙たちの勝利条件は相手を叩き潰すことじゃない。

 おうちに帰ること。ただ、それだけ。


「……ヒロインを攫っちゃう、とか?」


 ボソッと呟いた芹。最後の一ピースが繋がって、道筋が出来上がる。


「それっ」

「もう、悪役令嬢でもなんでもないですね」

「いいのよ。カトレアはそんなところで収まる器じゃないってことにしとけば」

「……とことんまでやってもらって構いません」


 呆れ気味な声が、どちらのものかなんて確認しなくても分かる。

 風は吹いているけれど、そよ風程度。相手はゆっくりと、こちらへ進むばかりで警戒心はゼロ。菜沙たちが居ると分かっているのではなく、捜索隊の一部隊……といったところだろうか。


「それじゃあ、まずは、お引き取りねがいましょう……かっ!!」


 照準を定めると同時、引き金に指を掛け、そのままの流れで撃ち放った。

 キュウと引き絞られた水晶体が狙いを定める。寸分の互い無く、先頭にいた騎士の膝を撃ち抜き、膝下以降が引きちぎれる。勢いそのまま、馬から転げ落ちた。突然のことにざわめく騎士達。それでも、流石は軍属。即座に周囲を警戒すると同時、撃たれた騎士を庇うように動く。


「おかわりよ、っと」


 バスッ、と。ベランダに干した布団を叩くかのような音が、青空の下、木霊する。長閑さを思わされる音と共、飛び出した弾頭は、また一人、騎士の膝を打ち貫き、衝撃波が後を追うように駆け抜け穴を広げる。崩れ落ち、膝を抱えて蹲る。騎士たちの中一人が、指示をして、盾を持った騎士たちが、撃たれた二人を庇うかのように陣を築く。


「カトレア、二列に並んで盾を持ってなんかぼんやりした光の壁みたいなの出来てるんだけどあれ、何?」


 目をくりくりとさせている愛嬌のある芹に話しかけると、スッと目が細められ少女から令嬢へジョブチェンジ。何度見ても、この変わりようは面白い。


「見えていないのでなんとも言えません。ですが、大方、オーソドックスな防御魔法の中規模版ですわね。魔法は防ぎ、矢や鉛玉といった物理攻撃は盾と肉体強化によって防ぐものだと思いますわ」

「へぇ。副団長とやらと向かい合った時も思ったけど、騎士って意外と、武闘派なのね。魔法使いってより、魔法剣士って感じ」

「概ねはその認識で間違いありません。後衛から高威力の魔法を放つ専門の部隊も居ますが、大半は近・中距離を基本としたスタイルが定番ですわね。矢の雨だろうと、鉛玉の暴風雨だろうと、魔法の波であっても強化魔法で突っ切っていく雄々しさこそ我が国の騎士団が伝説扱いされる由縁ですもの」

「そりゃ、また、理にかなってるようで原始的な舞台、ねッ」


 バスン。瞬き一つ分の間を置いて、指示を出していた騎士の右膝を打ち抜く。同じ箇所ばかり打ち抜くことで、生殺与奪をこちらが握っていることを印象づける。


「実際、遅れていますの。他国ではその魔法防御に対し、物質を組み合わせた魔法が開発されて、あの防御魔法は戦場においてはカビの生えた魔法になるのも遠くありません」

「バカみたいに大きな岩を魔法で上から落とす、とか?」

「その通りですわ。たとえ魔法を打ち消されたとしても、岩自体は消えず、有効、というわけでしてよ。それくらいなら今の騎士でも強化魔法でどうにかするでしょうが……他国では何世代前の話」

「どうにかなるんだ……それでも、勝てないって断言出来るのね」

「えぇ、確実に勝てません。今は、ただ魔法で物理攻撃の補助をするだけでは無く、魔法と組み合わせることが前提の兵器が日夜開発されて、戦場で振るわれているのです」

「魔道兵器、って感じね」

「えぇ。旧態の魔法が使い物にならなくなった……とは言いませんが、それだけではどうにもならなりません。個で魔法を磨き上げて戦場へ赴くこと自体が、時代遅れの証。この国の人間は誰も気付いていないか、気付いていても重要視していません。防御魔法や強化魔法などというオーソドックスな技術体系に対して、対策が取られていないワケがありませんのに」

「防衛力の無い国なんて、切り分けられるだけのピザみたいなものだものね」

「平和というのは誰かが敷かねば出来ない道。その道を歩く民はともかく、敷くべき貴族までもがその義務を放棄してしまった先にあるのは行き止まり……本当に、どうして誰も気付かないのでしょうか」

「というか、気付いてもそれが相手にされない体制が一番の問題なんじゃない? 多少なりとも気付いたり進言した人が居ても、決定層がボタンを掛け違えてたらどうにもならないでょ」

「ぐうの音も出ませんわね」


 芹が飛ばされたのがこの国でよかった、と認識。もしも、他の小競り合い……技術競争をしているような国に飛ばされていたとしたら、難易度がどれほど上がっていた事だろうか。

 騎士達は、魔法防御をしているにも関わらず、問答無用で貫通してくる銃撃にざわめく。仕上げとばかりに、もう一発、混乱の只中に放たれた弾丸が一人の膝を鎧ごとぶち抜いた。


「……おぉ、帰ってく帰ってく」


 全く防げない攻撃で、寸分の狂い無く右膝ばかりを執拗に撃ち抜かれるというハラスメント的狙撃。いよいよ観念したのか、引き上げていった。


「お見事……と、言うよりも、この武器が魔法も何も使っていない幾らでも再現できる道具というのですから、末恐ろしいですわよね」

「流石に、実際の世界中で出回ってるのはもうちょい遅れてるけどね。まぁ、狙撃銃なら同じような事は出来るだろうけど。充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かないってこと」

「技術さえあれば、この世界でも再現できる……のですよね?」

「そっ。だから、魔法とか魔術とかいう世界独自の法則を押さえ込んだら、後は物理で上回るのが私たちの戦闘における基本原則……技術が追いつけば、の話だけどね」

「無理でしょうね……せめて、この武器が多少でも生産できれば軍事力なんて軽くひっくり返せそうでしたのに」


 大きく息を吐いて、銃を持ったままグッと伸びを一つ。それから、久しぶりに握った、ライフル……ウッドペッカーを眺めてから、カトレアを見る。やたらと美人。そして、もう一度、ウッドペッカーに視線を戻す。


「この国って、他所の国の技術の進歩をナメてるのよね?」

「言葉選びに品がないのが気になりますが、概ねその通り」

「で、ここにはものすっごい技術の粋を集めた兵器」

「えぇ」

「いっこ提案なんだけど」

「奇遇ですわね。わたくしも一つ、思いついたことがありますの」


 肩を竦めてから互いのアイデアを吐き出すと、予想通り、ほぼほぼ同じ内容。それに満足したカトレアは芹にバトンタッチをして、説明の役割まで菜沙に押し付けていった……ので、仕方なく思いついた素案を伝えていく。


「……つまり、なず先輩の銃を他の国の武器だってウソつくわけですか?」

「そっ。そうすれば、カトレアの目的も達成できる。広い意味ではウソじゃないから無問題」

「太平洋くらい広いですよ、それ」

「いいのいいの。それで、私たちに損があるわけじゃないでしょ? 少しくらいはカトレアにもメリットがないと理不尽だもの」


 要は、菜沙の武器を他の国で開発された武器の一つだと言い張ることで、この国がどれほど遅れているのかを見せつけて危機感を植え付ける、という寸法。


「これから、どうするんですか? きっと、いっぱい攻めて来るんですよね……」

「それが目的だから、来て貰わないと困るかな」


 この後、王城を戴きに行く。だから、この場所に戦力を割いて貰わなくては困る。その為に、態々、潜伏場所を教えるような狙撃をした。


「……よっこいしょ、と」

「ひぅっ……!? 徐々に慣れ始めた自分が怖いです」


 芹を横抱き、お姫様抱っこにする。と、いうのも、それが一番速い移動手段だから。安全且つ、手っ取り早い。手は塞がるのが玉に瑕。


「お城に向かうんですか?」

「いや、こっちに引き寄せてから移動でも十分だと思うからまだかな」

「じゃあ、どこに……?」

「カトレアの部屋」


 言うや早し、屋上の縁から飛び降りて開きっぱなしになっている窓に向かって一足飛びに身を投じる。


「戻ってきましたね……って、わっ!?」


 カトレアの部屋に到着する。と、同時、ポーンと、芹を腕の中から放り出す。学校から帰ってきて、鞄を適当に放り投げるように。

 ぼすっ、と柔らかく着地。いや、着ベッド。


「言ったでしょ。お昼寝するって」


 広い部屋を歩き回って、片っ端から窓を開くと、暖かな陽の光がベッドにまで差し込む。

風の通りも、陽の光も、全てが丁度いい塩梅に差し込む良い部屋。その上、ベッドは最高級と来た。


「こ、こんな時に寝るんですか? 攻められたりしたら……」

「そこは大丈夫。私が居るもの。それに、こんな時だからこそ、質の良い睡眠を取っておくのが大事なことよ。寝ないで無理をするのは最終手段で、あまり褒められたものじゃ無いわ」


 菜沙と違って、芹……引いてはカトレアの身体は普通の人間と変わりないように見える。ストレスが降りかかればつらいし、環境に振り回されると疲れる。ぐっすり、気が済むまで爆睡、とは行かないだろうけれど、数十分でも一時間でも、眠れるというのは後々効いてくる。


「なず先輩は、眠らないんですか?」

「自分で言った手前、説得力ないけど……一週間くらいなら眠らなくても問題なく動けるから大丈夫。休むに越したことはないけど、何が起こるかわからないから、一応、ね」


 この屋敷に残っているのは、戦闘能力皆無の使用人だけ。それほど警戒する必要があるとは思えないけれど、警戒しておくに越したことはない。無限には動けなくとも、ある程度までなら、パフォーマンスを落とさずに行動を続けることができる。強がりややせ我慢、といったワケではなく、そういう風に調整されているだけ。

 それに芹を見守って、ゆったりとした時間を過ごすだけでも、十分気は休まる。

 ベッドに腰かけて、背中から銃や鋸を取り外し、ベッド横に寄せたままのテーブルに置く。常在戦場を御旗として掲げるほど、真面目じゃない。


「お休み、芹。あと、カトレアも、かな」


 二つの意識が重なり合っている状況、眠ることに関してはどちらが主導権を持つのか。片方が眠ったら身体もキチンと眠ってくれるのか……ハッキリとしないことはあれど、目を瞑って横になるだけでも、効果はある。

 なんて、考えていると、ベッドのド真ん中に、ぺたんと座り込んだお嬢様……の見た目をした芹が、おずおずと寄ってきて、菜沙の冷たい手の甲に、掌を重ねた。


「な、なず先輩も、その、一緒に、寝ませんか?」

「いっしょ、にっ……」


 声が、静かに、裏返った。

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