悪役令嬢ランナウェイ その8

「作戦は成功!! ですよね?」

「間違いなくお尋ね者でしょうね。少なくとも、建造物等損壊罪は確定だわ」

「お、お城を吹き飛ばしたんだからそれくらいじゃ済まないですって……!!」

「後は、悪魔だなんだを信じてくれるかどうか……ビックリさせることには成功したみたいだけど」

「そりゃあ、そうですよ。どんな魔法も寄せ付けないお城なのに、ぽっかりとスッゴい吹き抜けにしたんですもん!!」


 あの場をスマートに脱出したと、勝手に自負している菜沙達。一先ず公爵家へと駆け込んでいた。行く当てが無かったというのもあるけれど、一応、目的あってのこと。

 目的地というのが公爵家の血筋を引く者しか場所を知らない入れないという、地下室。公爵家が溜め込んだ宝物、魔法の道具、表には出せないような者までが隠されている秘密の部屋。太陽の光なんて、一切届かない


「ここから、どうするか、ですよね」

「そうね。ここも、すぐにダメになるでしょうし、どうしましょうか」


 禍々しい光全てを吸い込んでしまうような漆黒のチョーカーが、金糸のブロンドの隙間から覗く。真っ白な雪のような肌に相反する夜闇を凝縮した黒は、よく目立っていた。


「……それ、ほんとに大丈夫なの?」


 デザイン的には地味というか、シックで落ち着いては居るけれど……チョーカーから溢れ出ている謎の禍々しさが冷凍庫を空けた時の冷気のようにふわぁ、と溢れ出ている。外からの光が一ルーメンも差し込まない、薄暗い地下室でも段違いの暗黒。直ちに健康に悪影響が出そう。


「落ち着く匂いがします。炭石けんみたいな」

「うそでしょ……」


 地下の最奥に厳重そうな箱にしまわれていた漆黒のチョーカー。本来であれば、当主が持っている鍵でしか開かないのだけれど、鋸剣で強制的にご開帳をすることで、ショートカット。


「こっちは、壊しちゃうよね?」


 二人で見下ろすのは一枚の羊皮紙。薄汚れているばかりで何の威厳も無いこのボロ紙こそが、戻ってきた理由。


「でも、本物の悪魔召喚の触媒とやらが手に入ったんだし、ほんとに喚んでみる?」

「ダメダメダメダメですよ!! カトレアとか、他の敵対する人たちと違って、悪魔はただただ厄介なヤツらなんですから!! なんかもう喋る災害みたいな!! ぜっっっったいに、喚びだしたら十秒後くらいにはなず先輩は武器抜いちゃいますからダメですよ!!」

「そんなに止めなくっても……冗談だって」

「半分は本気なんですね。ダメですから、絶対」

「こっちの戦力、少なすぎるもの」


 それでもダメです、と芹に念押しされ、菜沙のアイデアは僅かの考慮すらされずに棄却。態々、足が着く公爵家まで戻ってきたのは、チョーカーと羊皮紙……悪魔とやらを召喚するための触媒を回収するため。本来のストーリーでは、この二つでカトレアが悪魔召喚をするのだとか。

 使うことはないので、説明は話半分にしか聞いていなかったけれど、詰まるところはチョーカーが契約の道具で、羊皮紙が召喚の道具らしい。


「んじゃ、サクッと……」


 素子が圧縮されたタバコサイズの小箱を左手に取り出す。通称OWB。手榴弾みたいに爆発してばらまくことも出来れば、静かに設置するような使い方も出来るスグレモノ。

 右手で鋸剣を引き抜くと青白い光が刀身に走り、駆動音が響く。


「そいやっ」


 気のないかけ声とともは正反対に、目視出来ないほどの速度の突きは、圧縮素子ごと羊皮紙を貫いた。

 普通の物理手段でも破壊できるそうなのだが……念には念を入れて、素子を併用して破壊。


「これで、よし」


 チョーカーは悪魔を召喚する人間が装着し、羊皮紙に血液を媒介とした古式魔法で喚びだして契約するのだとか。チョーカーは悪魔に己の身体と魂を差し出す道具で、悪魔はチョーカーに縛られた魂を辿って現れる……というのがカトレア談。計画をしているだけのことはあって詳しい。

 万が一にでも悪魔じゃない普通の女子高生だとバレるわけにはいかないので、始末しておく必要があった。もし本物の悪魔とやらが召喚されでもしたら、もうハチャメチャでどうしようもなくなってしまう。


「先に言っておくけど補給できないから、戦闘をしまくるってのはオススメしないからね。この子もオシャカになっちゃったし」


 左手をプラプラと振るってから、内部が殆ど融解して使い物にならなくなったくず鉄バーナーをつつく。


「そのお陰で、なず先輩がタダ者じゃないって思わせることが出来たんですから、必要経費ってことでここは一つ」

「出し惜しみして腐らせるよりはよっぽどいいけど、あれより凄いのはもう無いからね」

「いいんですよ、どんな魔法だって通さないお城に穴を空けたっていうのが大事なんですもん。カトレアだって、びっくりしてたじゃないですか」


 国の象徴だけあって、分厚く硬い特別な石壁の上に国有数の魔法使いやらがこぞって何重にも魔法防御を施しているのだそう。お陰でありとあらゆる魔法は通用せず、物理攻撃で攻めようにも、堅牢な石城は弓矢やちょっとやそっとの投石は無傷で跳ね返す。

 純粋足る熱量には、防御魔法なんて関係ない。石城なんて、バーナーの前ではペラッペラの紙細工。

 過去の大きな戦争時に、難攻不落と称された砦が下地になって出来た王城に、あっさりと穴が開いたモノだからカトレアも内心はショックだったのだとか。

 石階段を上りながら、どうするかを三人で頭をぐるぐる。悩ませる。


「改めて言っておくけれど、真っ当に攻められ続けたらそのうち負けるからね。私はともかく芹とカトレアはご飯も食べなければいけないし、睡眠だって必要だもの。国相手にすると物療で磨り潰される可能性だってあるから……それも、真っ当にやればの話だけど」

「最後の一言が怖いですよぉ」

「延々と姿を眩ませてゲリラ戦と罠を仕掛け続けたら、それなりに勝てそうっていう誰にでも思いつくような品行方正な手段よ」

「品行方正の意味、私、間違えて覚えちゃってるのかな……」


 装備が鎧に槍や剣……あったとしても、マスケット銃に毛が生えた程度のモノがあるか無いかの連中に後れを取るつもりはない。最大の不安要素が魔法なのだけれど、その辺りの知識と対策はカトレアに任せるしかない。芹曰く、結構、ゲームでは強いエネミーなのだとか。武器は持たないけれど、魔法と戦略は高水準タイプ。

 カトレアは、喜んでいいのか落ち込めばいいのか分からない、と肩を竦めていたらしい。なんだかんだ、創作物のキャラクターだというのが堪えているらしい。


「でも、消耗するのを恐れてこそこそと逃げてたら、悪魔っぽくないですよねぇ」

「なにより時間をずるずると掛けてられないから、出来るだけこっちから仕掛けたい」


 カツ、カツ、と足音を響かせながら長くて暗い地下から地上へと繋がる階段を上っていく。

 上っては、分岐。分岐。分岐……というアリの巣みたいな地下。あらかじめ進路を分かっていないと、暗さも相まって間違いなく迷ってしまう地下道。ひんやりとした空気、後ろを歩く芹が離れていないことを逐次確認しながら出口へと向かう。一度通った道なら、目を瞑ってでも帰れる。それくらいは朝飯前。


「次はどうやって、送還魔法とやらに誘導するか、ね」

「ですねー。そのまま待ってたら上手く事が運ぶ……なんて、楽観視も出来ませんし」


 実質戦闘できるのは菜沙一人。カトレアも多少戦えるかも知れないけれど、芹にも危険が及ぶから却下。

 ただこの国に勝つだけなら、姿を眩まして延々とゲリラ戦と罠を仕掛け続けるのが無難なのだが、そうも行かない。

 長かった地下階段から飛びだすと、紙とインクの匂いに包まれた。隠し部屋の入り口は図書室の書棚の裏にあって……この書棚を動かすにも、別の鍵が必要らしい。が、菜沙が引っ剥がした。

 マスターキーとは、腕力と見つけたり。

 本の心地よい匂いを堪能するのも束の間、首の後ろ、うなじがむず痒くなるような感覚。直感が、何かを拾う。五感に届く前の細やかな、何か。


「……屋上、上がってくる」

「な、なず先輩……!?」


 大きく分厚いカーテンを開いて、勢いそのまま窓を開く。風がびゅうと吹き込み、二房の髪を巻き上げ、揺らす。静謐で、時間が止まったかのように動かなかった図書室の空気が一気に、掻き混ぜられて、図書室特有の空気感が消え去っていく。

 窓の外は、三階ということもあり高さはそれなり。ただ、菜沙にとっては地べたと変わらない。

 ステルスを展開すると同時、窓枠に足を掛けて、勢いよく館の壁を踏破。屋上へと駆け上がる。心地良いそよ風が髪を撫でる。けれど、肥沃な風が運んできたのは清涼感だけではなかったようで。


「来てる」


 目を見張る。眼球の中、キチキチと音を立てながら……特別製の水晶体が小さく小さく微動。そして、遙か遠く、数キロ先。馬にまで鎧を着せて完全武装をした騎士団、その一部隊が此方へと向かってくるのを補足。


「なず先輩っ!! もしかして、もしかしちゃいますっ!?」


 窓から上半身を曝け出して、屋上の縁に立ち見上げた芹。華美な衣服の端々がはためき、金糸がそよいでキラキラと、輝いている。


「もしかしちゃってるね。行動が早いというかなんというか……あと、身を乗り出しすぎ。落ちるわよ」


 数としては十人に行くか行かないかといった程度。あれだけのことをやらかしたにしては、少数。


「私達を探し回っているうちの一部隊ってところ」

「へぇ……わっ、とと」


 身を乗り出した勢いで、バランスを崩す芹。一瞬、焦るけれど、すぐに持ち直したようで一安心。


「言わんこっちゃない」

「だ、大丈夫ですっ!! いざとなったらカトレアがなんとかしてくれる……はずっ」

「あなたねぇ」


 菜沙からは見えない内心で、いきなり無茶振りされたカトレア本人もきっと文句の声を上げていることだろう。心地良いそよ風を浴びながら、腕を組む。まだ、距離は遠いので幾分か余裕がある。よっぽど高精度の双眼鏡を使っても見えるかどうかの距離。相手側は屋上にツインテールをたなびかせながら、仁王立ちする菜沙に気付いている様子はない。


「ねぇ、芹」

「はぁい?」


 空をボーッと見上げながら、零すのは一つの提案に向けた一つの質問。


「悪魔を従える悪役令嬢ってラスボスっぽくない?」

「いや、別に……」

「悪魔を従える悪役令嬢ってラスボスっぽいよね?」

「あの、聞こえてますし……私は特にそうは思いませんけど。そもそも悪役令嬢自体、ラスボスっぽくないっていうか噛ませ犬っていうか……」


 聞こえない聞こえない。噛ませ犬になるくらいなら、ダサくてもケルベロスの方が百倍マシ。鳥井菜沙にとって、侮られるというのは中々に耐えがたい。

 普段相手にしている干渉者という連中が百いたら九十九は見下してくる相手ばかり。そういうのを相手にしているからか、いつの間にかアレルギー反応と言わんばかりに、見下されること、軽く見られることに対して敏感なっている。


「つまり私たちはラスボスっぽさを出さないといけないと思うワケ」

「……まぁ」


 悪役だと張り切る割には、賑やかすだけ賑やかして行方を眩ませただけ。どうにも小悪党感が否めない。アクセルを踏むからにはべた踏みするのが菜沙の性分。


「ラスボスっぽさに致命的に欠けてるものがあると思うの」

「はぁ……部下、とか?」


 気の抜けた返事にありきたりな回答。あまり、ピンと来てくれないようで。


「カトレアなら分かるんじゃないかしら?」

「……いいえ、全然分かりませんわ。強いて挙げるとするのであれば、為した悪事、でしょうか。やっていることと言えば城を破壊したのは間違いないですが、国を脅かすと言うよりも貴族や王を脅しただけですもの。いっそ、街を焼き払えば間違いなく魔の道へ堕ちた外道と見られるでしょうが……民草が煤に塗れる手段は取りたくはありません」

「確かに、カトレアの言うことも一理あるけど……私が考えてるのとは違うかな」


 ステルスを解除して、未だに分かっていない様子のカトレアと芹に教えて上げることにする。なんだか、後輩が二人で来た気分。


「玉座よ」

「はい?」


 一つの身体から発せられているはずなのに、二人の声が重なった。気がした。首を横にこてんと傾げる様は、あざといくらいの可憐さをふんだんに詰め込まれていて。


「意味不明ですわ」

「王座でもいいかな」

「何がいいのかさっぱりです、なず先輩」

「いや、ほら……ロケーションがよろしくないと思うのよ。確かに、ここ、おっきなお屋敷だけど、こう、シチュエーションが弱いというか……魔王の城、みたいなラストダンジョンっぽさ、欲しくない?」

「あー……なんとなーーーーく、分かってきました」


 ポヤポヤしているように見えて人一倍察しの良い自慢の後輩は、言いたいことを分かってくれているみたい。会ってまだ経った二日だけれどというのは禁句。他人への思い入れというのは掛けた時間だけで、育つものじゃない。


「適当言ってるわけじゃないのよ? 国っていう大きな塊が相手だから、あらゆる手段を試してくるかもしれないじゃない? それこそ、国民に魔女狩りみたいな捜索が行われる前に、目標を明確にして、誘導するげるべきだと思うワケ」


 相手は仮にも国。人海戦術や、兵糧攻めなり毒殺だとかを持ち出されると非常に厄介。長期戦になってしまっては菜沙達の目的は果たしようがない。

 なんて、説明をしていると、ボソボソ、と独り言を零しだした芹。言葉自体は聞こえるけれど、意味がわからない。もしかして、菜沙の突拍子もない作戦……というのも烏滸がましい思いつきに呆れられたのだろうか、なんて、灰色の不安が巣を作る。


「えっ、身体だけ、って出来るの? お、お、おぉ……!? 手が勝手に動くっ」


 芹は菜沙に向けて上を向いていた顔を、百八十度反転、真下へ向けた。ぽぅ、と芹の手が淡い光を放ったと同時、自然に吹いていたそよ風が不自然にうねりをあげて、束ねられていく。

 瞬間、ぴょん、と窓から飛び出す芹。ビシッ、と背筋が固まったと同時、脊髄反射フルスロットル。バキャッ、と盛大な屋上の縁を踏み砕ける音と共に加速。石畳に先回りして着地、窓から突然飛び降りた芹を受け止める体制を整える。その間、瞬き一つ分の時間も掛けていない。

 完璧な体勢。……で、十数秒も放置された。


「スゴいスゴい!! なずせんぱーい、見てくださいっ……って、なんで降りてるんですか?」


 ゆっくり、見上げると、そこには風に髪を巻き上げられながら、ふわふわと、空を漂っている芹。スカートの中は見えない鉄壁仕様。無駄に余裕があるのが腹立たしい。心臓が止まるかどうかというほどに焦り、受け止める体勢で固まっている菜沙。バカみたい。

 人の心配をなんだと思っているのか、と、少しだけカチンときたので、ツインテールを僅かに逆立てながら、グッ、と脚に力を込めた。

 爆ぜる石畳。菜沙は一筋の矢と化す。


「ビャッ!?」


 優雅にクラゲのように浮いていた芹を強引に風の揺り籠の中から引っこ抜いて、そのまま、大空の上へと飛び出る。


「こ、ここ、こんな高いとこ跳んだら、バレますよぉッ」


 屋根も軽く飛び越えて、障害物が何一つない空。


「大丈夫だって、まだ、ずっと先だから」


 三人で、ほんの少しの遊覧体験。

 菜沙だから、辛うじて見えているだけ。普通の人間には到底見えない距離。芹を横抱きにして綺麗な空気を堪能してから、屋上へと着地。


「し、死ぬかと思いましたっ」

「王子達に囲まれているところから逃げる時はもっと、凄かったと思うけど」

「それは、なず先輩に引っ付くのに必死だったから……!!」

「それは、そう、ね」


 微妙に照れくさいような気まずさ。菜沙に身を寄せろとは言ったけれど、自分が思っている以上にピッタリと、強力な磁石でも仕込まれているかのように引っ付いていたのを思い出す。状況が状況だったから仕方ないのだけれど、パーソナルスペース通り越した距離ゼロに誰かが収まることなんてこれまで生きてきてほぼほぼない。落ち着かずに、内心そわそわしていた。


「このままお昼寝したいですねぇ」

「わかるわ」


 屋根の上で陽の光を浴びていると、身体中が光合成をしていくように心の波が落ち着いていく。このまま横になって、ぽけーっと何も考えず芹と一緒に一眠りできたら、どれだけ心地良いことだろう。


「よし、じゃあ、お昼寝しよっか」


 一先ず、ご足労頂いた彼らには悪いけれど、お引き取り願おう。少しの時間の猶予くらい、ねだったって誰も文句は言わないだろうし、言わせない。

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