悪役令嬢ランナウェイ その4

 扉から見えづらい物陰にてステルスで待機している菜沙。小さく小さく溜め息を吐いた。

 手早く芹を連れ戻すつもりだったが、上手くいかなかった。異世界での出来事に常識やセオリーが通じないことは日常茶飯事だから動揺はない。

 ただ、原住民……というか、カトレアという人間が加わったことで、自体がややこしくなっている気がしてならない。葛代芹とカトレアなんたらデイホワイト。別世界の人間の意識が、一つの身体に同居してしまっている状況。そこに加え、追ってきた王国近衛騎士団の副団長とやら。

 一度接敵した感じだけでいうと、戦闘面において……少なくとも一対一や、多少の人数の差であれば問題なく処理できそうで、一先ず安心。あくまで不意を突いた感じ、ではあるけれど。

 ただ、異世界を相手取ると、魔法とか超能力みたいな異なる理を使われてしまった途端に危うくなることも少なくない。素子をばら撒いて弱体化を狙えば、どんな相手でも勝ちの目はある……が、素子だって無限じゃない。素子以外の装備も人間向けの武器じゃないので、加減が難しい。王子をミンチにした日には、落ち着いて帰る方法を模索している時間はなくなってしまう。

 やはり一番のネックは、補給が出来ないこと。銃弾には限りが有る。減らない武器と言えば鋸と自身が纏うスーツくらいだが、消耗はするし壊れればおしまい。出来るだけ、装備は温存しておきたい。

 カトレア扉が開かれると、案の定そこには、例の副団長……ノールドアと呼ばれる、強面の男。表情に負けず劣らずの屈強な肉体は、よく鍛え上げられている。


「お茶会のお誘いなら、事前に連絡を頂かないと困ります」


 つり上がる副団長の眉。公爵令嬢としての仮面を被ったカトレア。冷たく、小馬鹿にしたような態度は相手にすれば腹立たしいことだろうけれど……成り行きであっても、肩を並べることになりそうな菜沙にしてみれば、へりくだることのない振る舞いは気持ちが良かった。


「フンッ、下手な芝居はもう止めたようだな」


 副団長の後ろには、王子と教皇代理とかいう、この国の未来を背負う人間が揃い踏み。護衛として、金色のラインや紋章やらが施された鎧を着込んだ騎士が何人か控えている。耳を澄ましたところ、窓の外にも居る。ある程度包囲されていると踏んだ方がいいだろう。


「近衛騎士団まで連れてきて、一人で誘うこともできないとは我が国の殿方も随分奥ゆかしくなったモノですね……仕方ありませんから、わたくしが手ずから、皆様のお茶を淹れて差し上げましょう」


 知らぬ存ぜぬ。すっとぼけるカトレアに対し、苦い顔を浮かべる訪問者たち。


「カトレア、こんなやり取りをしたって無駄だと分かっているだろう」


 一歩前へ出てきたのは王子。クレィスと言うらしい。落ち着いているのは、肝が据わっているからか、あきれているのか。


「わたくしのお茶が飲めないなんて、非道いことを言いますのね。これでも、筋が良いと言われたのですよ?」


 顔を歪めるカトレア。公爵令嬢の肩書きに負けず劣らず、顔立ちが良い物だから、ほんの少し表情を曇らせても尚、絵になる。


「ノール、王子。まともに相手をしていてはいけません。時間の無駄ですから、早く要件を済ませるのが良いかと」

「そう、だな」


 要件。ジャラジャラと武装した騎士を引き連れて、アポ無しで入ってきたような連中が穏やかな話だけをして帰るワケがない。


「単刀直入に言おう。城にまで来て貰う……これは、父上直々の命令だ」


 王子に言われたところで、すまし顔を崩さない。僅かの動揺も表情の変化も瞬きの回数さえ変わっていない。きっと、心拍数も一だって上がっていない。


「では、案内してください。あぁ、馬車は自前で用意致しますので、お構いなく」


 どう、身を振るべきか、割り込むべきか。だが、カトレアも考えなしに従っているとは思えないのと、芹も出てきていないことから、様子を見る。


「貴様、自分の立場が分かっているのか?」

「当然ですわ。この国を誇る一大貴族の娘、カトレア=ド=ナファリウム=ディア=デイホワイト以外の何者でもございません」

「悪魔憑き及び、禁忌を犯した容疑で連行される立場だと言っているんだ」


 鼻で笑って、首を傾げるカトレア。王子達の支持に粛々と従っているカトレアが、場の空気、精神の余裕で上回っている。


「悪魔憑きと言われる筋合いはありませんが……もし、それを本気で言っているのでしたら、もっと、それに相応しく下手に出る方が、身のためではありませんこと?」


 仮にも、王子達に向けて下手に出ろという傲慢さが、痛快でイイ。カトレアの不躾極まりない言葉に、沸点の低そうな副団長は青筋を立てているのは当然として、王子を含め全員が気分悪そうに、表情を歪める。

 それ以上、何かを言われるよりも先に、カトレアが歩き出す。囲まれるわけでも、連行されるわけでもなく、己の足で。


「もし、もしも、わたくしに何かあったら、あなた方の言う悪魔の手を借りてしまうかも知れませんものね」


 全ての言葉を制し、廊下を進んでいくのを見送る。王子達は苛立ち、悪態を吐きながらも、背中を追いかける。悪魔憑きだというのが連行する建前であったとしても、本人達がそれを建前だと白状するわけにもいかない。

 カトレアの言うこともあながち間違っていない。悪魔ではないが、菜沙が傍でスタンバイしているのだから。


「……あと一手が足りないのは事実、か」


 部屋の中、大きな窓に近づいて耳を澄ませる。傍に、鎧の音が聞こえないことを確認してから、無駄に大きな窓を開く。吹き込んできた、柔らかく、木々の匂いを孕んだ風が、カーテンを膨らませた。


「よっ、と」


 窓枠に足を掛け、そのままの勢いで屋根まで駆け上がる。屋上から、王子達の向かっているであろう方向に見当をつける。


「先回り、かな」


 王子達を蹴散らすのは簡単だけれど、それでは何も進展しない。何を持って言われるがままなのかを確認するためにも、合流しないことには始まらない。心地良い風と太陽……それから、大空を舞う鳥を一瞥してから、踏み出した。




「何も、わたくしだって考え無しに登城命令に従ったわけではありません」


 ガタゴト、と揺れる馬車の中は公爵令嬢が一人、楚々として座っているようにしか見えない。窓一つ無い空間。屋根に薄ぼんやりと橙色に光る石がはめられているだけで薄暗い。

 先回りして、乗り込んでいた菜沙。カトレア以外が乗り込んでこないかと不安要素はあったものの、よっぽど、普段の態度がキツいのか嫌われているのか。

 誰も、カトレアと同じ空間に居座ろうとはしなかった。それを本人に言ったら、『余計なお世話』と一蹴されたのは完全な余談。

 馬車の周りには、騎士団の騎兵が随伴している様子は、公爵令嬢に相応しい立派な護衛。実際の所は逃げないための監視なのが悲しいかな。


「セリさんが創作物として知っているこの国の顛末を憶えていまして?」

「なんとなくは憶えているわ」

「内紛が起きた末、追い込まれたわたくし。逆転の一手のため悪魔召喚の禁忌魔法に手を出し、御しきれずに没する。一致団結する国と真の聖女として目覚めたリーナ=レプスの力によって悪魔を滅ぼして幕を閉じる」

「……いいところ無いわね、あなた」

「二人揃って、放っておいてくださる」


 声はムスッとしているにも関わらず、鉄仮面は微動だにせず。確かに、ここまで表情に人間味が無いと不気味と言えば不気味。近寄りがたいのは間違いない。

 外に声が漏れないようにこそこそ、隣り合って言葉を交わす。

 上品で甘すぎないバニラのような匂いがする。髪からもその匂いと混ざり合った、花々の香りが溢れている。性格と行いと態度を除けばこれ以上無いほどに美人だというのに、王子達は何が気に入らなかったのだろう。

 性格と、行いと、態度なんだろうな。と、考えるまでもなかった。


「……話を戻しますけれど、悪魔とやらへの対抗手段が聖女だけだとは考えられません」

「その心は?」

「現れるのかどうかも分からない聖女に頼るなんて博打でしかありませんから」

「はぁ」


 カトレアの話は、無駄では無いけれど菜沙にとっては関係の無い内容。例え、この世界に悪魔が実在しようとも正直なところ、どうでもいい。


「興味が無いのだとしても表情に出さないようにしていただけませんか?」

「うっ」

「きちんと、あなた方にもメリットのある話ですから、ご心配なさらず」


 思わず肩を竦める。カトレアが嫌なヤツなのは確かだけれど、きちんと考えて行動していると釘を刺された。今回ばかりは、菜沙が悪いと、話を聴く体勢を改めてとる。


「その手段というのが、王国が管理している特恵儀礼古式魔法……と、言っても通じませんわね。つまるところは、悪魔召喚と対になる魔法が存在します。危険なモノには対抗手段を設ける。当然ですわよね」

「それが私達が元の世界に帰る足がかりにでもなるの?」

「えぇ……成功するかは分かりませんが、元の世界へ帰る手段として、この魔法がベストかと。要約すると、悪魔を送り返す魔法ですので」


 がた、ごと。公爵令嬢を載せる馬車だけあって、腰掛ける椅子はソファのように柔らかく、居心地が良い揺れも相まって、眠るのに丁度よさそう。


「私の装備で足りないから、ここの手段をプラスする」

「これが、今のわたくしに考えつく、唯一の帰還方法です。上手くいく保証はありませんが」

「……賭ける価値はないことも、ないかな」


 正直なところで言えば、他に選択肢がない、というのが本音。ただし、一つだけ疑問が障害物となって、ブレーキを掛ける。


「それで、あなたは何をしたいの? 善意で動くタイプじゃないでしょ」

「わたくしを疑うのですか? なんて、取り繕ったところでセリさんが居るので無駄ですものね。先に言っておきますが、この作戦の半分はセリさんが考えた物です」

「芹が?」

「この世界を作品という形で未来まで知っているセリさん。そして、現実としてこの世界に生まれたわたくしで考えた、折衷案、といったところでしょうか」


 この世界に詳しいのは間違いなく、芹とカトレア。菜沙はこの世界そのものについては、何も知らないアウェーな立場。


「続きは、本人から説明して貰います。わたくしの身体なのに長時間表に出るのが疲れるのです……本当、何故なのかしら」


 ぶつぶつと、呟きながら瞼を閉じたカトレア。数秒してから、パチッと勢いよく目を見開いて、跳ねるように菜沙の居る方に顔を向けた。ステルスしてるのと薄暗いのも相まって、見えないのに、態々、律儀な子。

 数秒前の鉄仮面はボロボロに剥がれ落ちて、嘘一つ吐けない丸くて大きな瞳が、菜沙をジッと探るように見る。かと思ったら目を瞑る。

 スンスン、と、瞼を閉じて鼻を鳴らし出した。


「なず先輩の匂いがします」

「そりゃそうでしょ」


 呆れながら芹のおでこをつつく。容姿は同じでも、意識が変わった途端に別人に見えるほどに性格の差が激しい。おでこを抑えて、にへら、と頬を緩ませる芹に、菜沙も釣られて、相好が崩れた。


「うっ」

「どうしたの?」

「……人の顔でだらしない表情をするな!! って怒られちゃいました」


 空気の抜けた後の風船のように、しょんぼり萎みながら苦笑いする芹。カトレアがプンスカとイヤミを零しているのが目に浮かぶ。

 気を取り直した芹が、咳払いを一つ。


「えっとですね、一応、さっきカトレアが言ってた、悪魔を送り返す魔法は劇中では設定だけしか出てきてないんです。っていうのも、カトレアが追い詰められて召喚した悪魔が、その魔法を使うための魔導書とか杖を破壊しちゃうんですよ。悪魔に対抗する手段がなくなって、大ピンチ!! っていいうのがすっっっごくザックリした流れなんです……ほんとは、もっとそこに至るまで、葛藤とか、ドラマとか、熱い展開とかあるんですよっ!! もう、ノールドア副団長がたった一人で反抗勢力の最後の特攻を受け止める殿を務めようとしたところで、殆ど死に体なのに合流してくる騎士団のアツさと言ったらたまらなくって!! 学園パートでのほのぼのというか、甘いストーリーから、どんどんと熱と血で成長をしていくキャラが本当に魅力的な……」

「あー、あとで聞いてあげるから、ね……でも、悪魔を召喚する禁忌みたいな魔法への対抗手段に何らかの道具が必要って、欠陥アリじゃない?」

「悪魔を召喚するのにも色々準備と条件があるんですよ。今の魔法と違って、古代魔法って呼ばれるモノは色々準備したり、条件が厳しかったりするんです。その分、効果は強力!! みたいな。不便だったんで廃れたみたいですけど」

「マニュアル車が減ってオートマ車ばっかりになったって感じね」

「その例えはよくわかりませんけど」


 今の状況そのものが好ましいかは別にして、作品そのものが好きだということは未だに変わっていないらしい。熱く語り出しそうになった芹にストップ。良い印象はないけれど、それは敵対しているという状況だから。


「こんな状況じゃなかったら楽しめたのに……」


 余裕があるのか、ただの考え無しなのか。前者だと思いたい。


「そ、それでですね、カトレアの目的はあくまで民と国を失わないことなんです。主人公……えっと、リーナへの行いも王子達の弱みを作らない為で、紛争が起きてしまったのも伝統と歴史を重んじるがあまり、弱くなっていく王国が許せなかったからで……」

「なんというか、ただただ、嫌なだけの人間ってワケじゃないのは分かってるから」


 若干、頬を紅潮させながら、続ける芹。好きな作品の中に居ると言うこと、それを語る口振りには熱量が籠もっている。


「やり方が強引で追い詰められて……報われないというか……」

「弱体化する国を憂う結果が、内紛と悪魔召喚、で国はボロボロ。それを知ったら落ち込みもするか」

「……なず先輩に伝言です。『落ち込んでなんかいません』って、言い張ってます」


 意地っ張りなご令嬢が、眉間に皺を寄せて怒っているのだろう。素直に休んでればいいのに。


「そこで、いっそ悪役になるなら、ちゃんと国益になろうっていうのがカトレアの目的、なんです」

「ん?」


 送還魔法とやらを利用して菜沙達は元の世界に帰る。それを手伝う見返りとしてカトレアが何かを要求する……と、単純に考えていたけれど、どうにも風向きが変わりだした。


「待って待って、芹。送還魔法を単純に利用するためにお城に向かってるんじゃないの?」

「送還魔法は聖女じゃ無いと使えませんよ? あっ、そっか。なず先輩は知らないんだ……」


 目をぱちくりとさせる芹。芹とカトレアは、視点は違えど、世界観に対する理解があるから、話が通じていたのだろう。一人だけアウェーだった菜沙の頭が痛くなってくる。内容は分からないが面倒というか、更に話が拗れる方向に進んでいるのだけは分かる。


「名付けて、『公爵令嬢最強黒幕作戦』ですっ」

「……あー」


 頭に手を当てる。身体を弄り回し、常に最高のコンディションを維持されているにも関わらず、頭痛がしてきた。

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