悪役令嬢ランナウェイ その3

「……はぁ」


 溜め息を吐いて、痛くなってきた頭を抑える。別世界に飛ばされたことよりも、芹の元いた世界の方がトンデモないなんて、と。

 芹たちの世界は異世界から干渉を受けていて、行方不明や事故事件の原因の一部になっていると言うこと。

 芹もまた、少し特殊な事例だけれど、同じように干渉を受けてこの世界に飛ばされたこと。

 それに対して対抗する為の組織になず先輩は所属していること。

 放置していると、事故や事件の規模は雪だるま式に大きくなり続け、最終的にはピザを切り分けるように、芹たちの世界は甚大な被害を被り続ける可能性があること。

 例えるなら、どれだけ万引きをされても一つの対策も打たなければ、繰返し万引きされるのは勿論、別の万引き者も引き寄せられてくる……みたいな話らしい。分かるような、分からないような。

 とにもかくにも。SF映画のような装備も……なず先輩が改造人間になったのも、全部全部、その干渉者……神様みたいな相手に対抗する為。学校での武勇伝も、改造人間というスペックから意図せず生まれたモノ。

 そして、当初の質問、『素子って何?』に戻る。

 なず先輩たち秘密組織が、とんでもない相手に立ち向かうための切り札が、通称、素子なんだとか。(正式名称は難しすぎて覚えられなかった)

 平たく言えば、芹たちの世界のを構成する小さな小さな粒。らしい。

 路地裏で使っていた、リモコンサイズの小箱はその『粒』を詰め込んだOWB。あの場を、大量の素子で塗りつぶして、擬似的に元の世界の粒で染め上げることで、あの場を芹達の世界にしてしまって、帰ろうとしたのだとか。結果としては、失敗。理由は不明。


『少し、いいかしら?』


 内側で手を挙げたカトレアにハンドルを渡す。


「ナズナさん、二つ質問があるのですが」


 世界という舞台の裏側を語るなず先輩。芹もカトレアも二人揃って信じがたいと混乱していたからか……言い争うことも、主導権争いもなくなって、自然と交代するようになっていた。なず先輩なんて姿格好が見慣れないことを除けば平常運転。色々、ハチャメチャな経験をしているから、状況適応力には自信がある、らしい。


「一つは只の興味本位ですが……もし、あの路地裏で、ナズナさん達の言う世界に帰れたとしたらわたくしはどうなっていたのでしょう。創作物であるわたくし達は、消えてしまうのでしょうか」


 カトレアの、自分自身の事を、創作物、と言った声は、硬かった。


「消えることはないんじゃない? 考えられるとしたら、あの場でカトレアが取り残されてそのままか、何事も無かったかのように元に戻るかの二つ、かな。研究職じゃないから根拠を求められても、困るけどね」


 芹はいっぱいいっぱいだけれど、カトレア落ち着き払っている。それどころか、芹よりも話を消化出来ているみたいで。一番、情報を持っていない、巻き込まれただけなのに吸収が早い。流石、才女。


「では、二つ目……どうして、ナズナさん達の世界は、異なる世界から干渉を受けるのでしょう。そこだけが腑に落ちませんの」


 確かに。と、同意。干渉されて、追い返して……その事実関係は分かったけれど、そもそもの所が、抜けている。


「痛いとこ突くわね……実際のとこ、答えは分かっていないっていうのが実情。今から言うのは、現時点での推測……をとんでもなく端折った内容ってことだけは気に留めておいて」

「えぇ、わかりましたわ」


 こくり、と芹も同意。伝わらないけれど。


「さっき、言った神々のどうのこうのっていう話、かなり誇張はしているけれど、あながち間違いでもないのよね」

「そうですのね……」

「私たちの世界では未知の部分はあれど、魔法だとか祈りだとか、人の外にある力を借りずとも、色々な事象を試行錯誤の末、どうにかしてきた。昔では、理解できなかったもの……神話や妖怪として語られていたものが、どんどんと解明されていった。分かりやすいので言えば、雷なんて、大昔は神の怒りだとか、神話にすらなっていたのよ。それも、今ではただの現象に過ぎない」

「現象に、過ぎない……」


 少なくとも、現代日本の義務教育を終えたのなら、雲の上に雷様がいたり、天使がいたり、そういった事を本気で信じている人間は殆どいない。雲は水蒸気の塊で誰かが乗れるわけではないのを知っているから。


「で、私たちはそういう、人の理解を超えていたものを、理解して消化した。今の世界を回しているのは、魔法でも無ければ、錬金術でもない。事実と検証によって裏打ちされた」

『はぁ』


 なんというか、急に話のスケールが大きくなって、ぽかん、と頭の中に大きな大きな疑問符が鎮座する。


「管理者の元から独立した、たわわに実った果実が私たちというわけ」

「仮に。仮に、それが事実だとしても、人を攫うことになんの意味が……?」

「さぁ? チープになっちゃうからあんまり言いたくないんだけど、魂に価値があるんじゃないか……って言われてるわね」

「魂って……?」

「そこを掘り下げようとするとキリが無いから、便宜上、そういうモノがあるってところで止めておいて。意識一つに対して一個紐付く、ワンオフの非物質的なモノってところでいったん、飲み込んどいて」

「ん、わかりました……本題はそこではありませんものね」

「そっ。神様……私たちの言葉で言う『干渉者』側の意図もバラバラだから全てが全て、悪意があるワケじゃ無いのがタチ悪いのよね。本当に巻き込むつもりのない事故や偶然で転生とかさせちゃう場合もあるみたいで……」

「干渉者という方に悪意がなくとも、迷惑なのは変わりない……何故なら、あくまで異世界の存在だから、といったところでしょうか」

「そっ。それで自分でどうにかなる範囲……つまり自分の管理できる世界へ転生、っていうパターンね」


 芹はもう、頭がパンクして二割も頭に入ってこない……というのにカトレアはついて行っている。異世界モノとかSFとか一切知らないハズなのに芹より順応していて……なんだか悔しい。


「干渉者が何故、魂を盗むか。魂が持つ盗むような価値とは何か……この辺は、さっきもいったけどキリがないから、価値があるという前提で例え話にさせてもらうわね」

「それで、お願いします。科学に素子に兵器まで。隅から隅まで、理解の及ばないことばかりでしたのに更に魂なんて言葉まで出てきて……お腹がいっぱいですもの」


 一度休憩を挟みたいくらいだけれど、今の状況は余裕があるのかないかも分からない。少なくとも、カトレアが攫われたという情報が学園から届き次第、ベッドにお昼寝なんてしていられなくなる。


「すっっっっごく、出来の良い果物の成る木があります。この木はなんと、世話をしなくとも自分で自分を律して、たくましく美味しく自分の意思で成長していく素敵な木です」


 なず先輩が要点を箇条書きした下に、可愛らしい木の絵を描く。


「その木が、あなた方の世界のことですわよね」

「そっ。で、もう一個、お隣さんにも木を育てている人がいました。これが、異世界ってざっくり括っておいて。それで、お隣さんは、自分の家の木を立派に美味しい果実がなるように育てていきたいと思っています。真っ当な手段をとるなら、ゆっくり大事に育て、品種改良を何度も繰り返していくのが王道。でも、それは失敗するリスクもある上、時間もかかってしまう。さて、横に目を向けてみれば、野生だというのに、何よりも美味しい果実が成るだけではなく、世話をしないでもいいという都合の良い木があります」

「誰のものでもないのであれば、誰もが手を伸ばす」

「正解」


 なず先輩の描いた二本のリンゴの木の絵に、これまたデフォルメチックで緊張感のない泥棒の絵が追加されて、手を伸ばしている。


「果実をいろんな人から取られ続けた木は、頑張ってさらに果実を実らせようと頑張りますがエネルギーだって無限ではありません……立派な木は力尽きて枯れてしまったのでした。おしまい」

「……なんだか、途方もない話ですわね」

「要は魂に凄く価値があるから、ポコポコ取られてるってことね……魂とは何かについて知りたかったら、向こうに戻ってからじゃないとお手上げ。専門的すぎて憶える気も起きなかったわ。私は、現場でオモチャ振り回してるばっかりだもの」


 そもそも、魂とは何者、という疑問はなず先輩に釘を刺されてしまったので胸の内にしまい込む。芹とカトレアのため息が一つになった。あまりにもハイカロリーな内容で、二人とも疲れ切っていた。


「で、問題はこれからどうするか、よね」


 ご尤も。これから、どうやって帰るかを芹となず先輩は考えなくてはならない。その上、巻き込み事故で、この世界と、自身の行く末を知ってしまったカトレアをどうするかという問題もある。


「正直、私が物語の登場人物という話は、今も整理できていません……国の弱みとなり得るからこそ、男爵令嬢を排除しようとした結果、。その上、追い詰められたからと、禁忌に手を染めるなんて……」


 自分自身の行動が信じられない……そう、言葉では語っているものの、全否定しないのは、あり得ないとは言い切れない心当たりが存在するか、だろうか。なず先輩が真っすぐにこっちを見た。真剣な、有無を言わせない目で。


「どんな感想を持つかは自由だけれど……私たちは戻る手段を探すわよ」

「そうですわよね。アナタにはアナタの目的がある。わたくしの事なんて考慮する必要なんかありませんものね」

「理解が早くて助かるわ」


 未来を知ったことで行動を変えようとカトレアが思っても、それを実行させない。付き合うつもりはない、と言い切った。それが、寂しくて、思わず主導権を奪い取っていた。


「カトレアと、この国のために、ちょっとくらいなら……」

「却下。ウチでは、真っ先に教えられることが『自分のおまんま取り返せてもないのに、他所の台所事情に首を突っ込むな』なのよ。助けてあげたいっていう善意を抱けるのはあなたの美点よ。でも、この場においては抱くだけにしておいて……帰るだけでも、いっぱいいっぱいなの。分かって、芹」

「で、でも……」


 芹は確かに部外者。キャラクターとしての彼ら彼女らは知っていても、直接親交を深めた訳ではない。それどころか、初対面で糾弾されている。けれども、このまま行けば争いが発生して、多くの血が流れてしまう。それを知っている立場に居るのなら……と、思わずには居られない。


『無駄ですわよ。わたくしだって立場が逆でしたら、同じ事を言いますもの』

『カトレアはそれでいいの……』

『二択で言うのでしたら、当然、良くないですわ。でも、わたくしが抵抗したところであなた方、特にナズナさんをどうすることもできません。それに……どうすることが正しいのかも分かっていない、今、何をどう助けて貰えばいいのかすら分かりませんもの』

『そんな……』


 現実世界で、液晶の上から見下ろしていたカトレアに、このような葛藤のシーンは存在しなかった。主人公の立ち位置から、見ることが無かったのかもしれない。敵役でしかなかったカトレアにも思想があって、考えが合って、動いている。生きているのなら、当たり前のこと。

 芹も、どうするのが正解か分からなくて、俯くことしか出来なかった。


「誰かが、こっちに来る……足音からして、使用人とかじゃない連中が」


 ピン、と張り詰められた声。顔を上げると、なず先輩が凜とした顔つきで、下ろしていた武器を背負い、フル装備状態に戻る。視線が交差して、どうするか、という意志が混ざり合う。


『少し変わってくださいますか?』

『……りょーかい』


 主導権を渡すと、スッと背筋を伸ばして立ち上がった。


「ナズナさん。先ほどのように姿を透過して待機していてください。わたくしが応対致します。恐らく、騎士団辺りが、難癖つけて殴り込んできたか……あるいは」

「王子達か、ってとこでしょうね」

「えぇ。そうでなくては、公爵家に強引に踏み入れるなんて強硬策、許されませんもの」

「作戦は?」

「後手に回っているので対策のしようがありません……が、捕らえられるようなことになれば、都合が悪いです。そうなってしまっては、王家と険悪な公爵家が大義名分を得てしまい、本当に開戦しかねません……と、いうのがわたくしの事情」

「私達としても、カトレア……というか、芹が捕まるのは避けたい」


 相手の出方次第ではあるものの、少なくともお茶会をしに来たワケではなさそう。


「力尽くで来られた際には、頼みましたわよ」

「利害の一致ってやつね」


 二人が、口の端を吊り上げた。この状況、ゲームだとしたら芹たちが悪者なんだろうなぁ……なんて思ってしまうのは余裕の表れか、当事者意識が欠落しているのか。


 ドンドンドン。ノック三回。まるで叩きつけるように。同時、なず先輩が家具の影へと隠れてからスゥ、と空間に溶け込むように見えなくなった。何度見ても、なず先輩が居るようには見えない。


「カトレア公爵令嬢、今すぐ出てこい!! 戻ってきているのは分かっている!!」


 よく通る低い声。あの広場で、剣を向けてきたノールドア副団長がそこに居る。


「……ゆっくりお茶をしに来たようには聞こえませんわね」

『同感』


 溜め息が重なった。もし、こんな状況じゃ無く、身分の差がないのであれば、結構良い友人になれたのではないだろうか、なんて場違いに思いながら。

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