悪役令嬢ランナウェイ その5


「今はまだ王子達も成長しきっていないですし、悪魔が出てきた状況をそれっぽく再現してあげれば、送還魔法を対抗手段として用意してくる……はずっ!!」

「どうやって、再現するのよ?」

「そ、それは、その……こう、お城で、派手にアピールをして、ですね」

「誰が?」

「カトレア………………と」

「私か」


 ただ、馬車に乗っていただけの菜沙に、重くのし掛かる大役。舞台袖で劇を眺めていたら、いきなり引っ張り出されて、今から主役です、と告げられたら、こんな気分になるんだろうなぁ、と溜め息一つ。


「と、兎も角、そうすることで、禁忌を犯した悪役が現れたことで国がピンチ!! 悪魔に対抗するには、送還魔法しかないっ!! ついでに国の弱さを曝け出すことで、国力増強キャンペーンを狙うことでカトレアも嬉しい!! これで一石二鳥ってやつです」

「そんなに上手くいくかなぁ……」

「うっ……なんとも言えないのが正直なとこです。本当にこの世界で生きている王子達が、私の思い通りに動いてくれるとは言えないです、から」


 菜沙たちにとっては架空のキャラクターであっても、この世界においては一つの意志を持った命。キャラクターとして捉えず、きちんと命として捉えている芹の殊勝さ。菜沙のように、命のやりとりをしているワケではないのに、大事な部分を理解していることが嬉しくて、思わず頭を撫でる。いい子。


「な、なず先輩っ!?」

「あぁ、ごめん、つい。偉いなって」

「えっ? えっ? なにがですか……?」

「そのままで居てね、芹」


 もしも自分たちが同じように作品存在だったとしても、キャラクターとして下位存在だとみられていたら、きっと、腹が立つ。少なくとも、自分がされて嫌なことは、人にはしない。ただそれだけの大事なこと。


「で、カトレアもそんな賭けに出るのを決めているのよね」

「はいっ。二人で考えた結果ですっ」

「成り行きとか、仕方なく、とか中途半端なら付き合わないわよ。邪魔だから」


 スゥ、と芹の……いや、カトレアの目が細められて、表情から柔らかさが消えた。


「逆ですわ。アナタがイヤだと言っても、最後まで踊って頂きますから、悪しからず」


 芯の通った、通り過ぎたほどの声。声量はないけれど、言葉に込められた重さに嘘はない。


「正しくあろうとしたのが間違いだったのです……教えてくれた、セリさんには感謝しても仕切れませんわ」


 互いの事情を曝け出している際の、どこか戸惑っている姿はそこにはない。一本、筋の通った、一人の少女がそこに居る。


「正しい姿はそれこそ王子や聖女に任せれば良いのです……わたくしは、ただ、正しき結果のみを生み出す途中式を提示すればいい」

「その為に、わるーい令嬢として名前を残すことになっても?」

「それの何が問題でしょうか? いっその事、民草に語られるような悪となって子供達の道徳心の糧になれれば、言うことはありませんわ。悪いことをしたらカトレア公爵令嬢に攫われてしまいますわよ、と」


 強がっているのだろうか、と表情を伺ってみても内心は読めない。それどころか、見えないはずの菜沙と目を合わせたカトレアは、口の端を上げた。


「貴族が民の上に立ち贅を享受するのであれば、民のために尽くす義務がある。何事も為さずに空回りし、無為に死んだわたくしはその義務を履行しなかった……それこそ、最も忌むべき悪。何もなせない、愚かな令嬢」


 ですが、と真っ直ぐだった背筋を更にただすカトレア。菜沙を見下ろすその目は、偉そうで、高慢で……けれど、自信に溢れている。


「今のわたくしは、悪役令嬢です。中途半端なただの愚物に成り下がりかけた未来は全て剪定し、この意志が選んだ役を全うします……当然、付き合って貰いますわよ」


 鼻を鳴らしながら、見下されている。上から物を言われるのが、心底嫌い……なのに、不思議と嫌悪感は微塵も湧いてこなかった。


「分かりましたよ、カトレアお嬢様。ただし一個だけ条件……いや、ワガママ、かな?」


 この世界のことを知らない菜沙には、他を選ぶだけの知見なんてない。だから、どちらにせよ協力はするつもり。けれど、もう、『どちらにせよ』なんて、曖昧な言葉は、空き缶のようにぺしゃんこにする。


「悪魔ってのよりカッコいい呼び名……それこそ、騎士とかの方が気分がノるから、そっちにしない?」


 仕方なしじゃない、他に選択肢がないからじゃない。

 この公爵令嬢と、手を組みたいから、組むのだ、と。


「却下です。あなた、闇討ち不意打ち問答無用で、騎士のような誇り高さとは無縁でしょう。あなたには分からないでしょうけれど、この国の騎士というのは存在が誉れの極みのようなものなのですよ」


 思わず、苦笑い。本当に、人を見る目がある。よく分かっているな、とお手上げ。


「……そう、そうね。もうソレでいいでしょう。考えるのも面倒ですし」


 カトレアはクスクスと笑いながら、片手の甲を菜沙に差し出した。

 その手を取る。菜沙は貴族のキの字も知らないような、大根役者。それでも、この差し出された手の意味は伝わる。


「番犬……地獄の番犬、なんて、ピッタリではありませんこと?」

「ダサい。却下」

「えぇー、いいじゃないですか、一つ頭のケルベロス」

「それ、ただのデッカい犬でしょ。あと、急に入れ替わらないで。頭が付いていかないのよ」


 一般人。悪役令嬢。それから偽ケルベロス。

 即席、ラスボスパーティは、小さな馬車の中で静かに結成された。




「このまま、直接王様の所まで、連れて行かれる可能性が高い、ってカトレアが」

「随分、早いのね。弁解する準備とか味方を準備させないためね」

「多分」


 馬車に揺られ、外の雰囲気が変わり始めたことを菜沙は感じ取る。もう間もなく、この揺れも収まる。短期間で思いついた作戦は、正直、無茶無理無謀の三連星。あまりに情報が無いから、殆ど行き当たりばったりの即興エチュードに等しい。

 肝心の台本には全アドリブと書かれているだけ。演目は菜沙を悪魔だと勘違いさせること。やり方は問わず。方法は分からず。


「犠牲は厭わず、か」

「し、仕方ない、ですよね。そうじゃないと、もっと犠牲が出るんです、し」


 言葉を吐き出す芹。物わかりがいい……とは、言えない。押し寄せる大波に流されて、選択すら、その大波に任せていたら、ダメ。重たい溜め息ととも、芹の両頬を柔らかく挟んで、一瞬だけステルスを解く。

 突然、目の前に現れた菜沙に、目を丸くする芹。


「そういうのは言っちゃダメ。仕方ないを言い訳にしたらダメ」


 菜沙が手を汚すのは構わない。とっくに折り合いをつけて、向き合い方をもう決めている。一度決めると変えることのできない、不可逆の自己定義。


「これは、私の考え。だから、聞き流してくれたらいい」


 お説教なんて柄じゃない。時間は無い。それでも、軽く考えてはいけないことがある。じゃないと、自己を蝕む毒となる。


「正しさに盲目にならないで」


 正しさとは、絶対の御旗。恐ろしい武器にも、手放せない麻薬ともなる。別に、何が正しいのかなんて講釈垂れるつもりはない。答えというモノが存在しない、破綻した問いだから。

 トロッコ問題のようなもの。一人を救うために五人を犠牲にしました。五人を救うために一人を犠牲にしました。数値の大小はあるけれど、数値の大小と正しさを紐付けるのは、気に食わない。


「もう、もく……」

「意味は分からなくてもいい。実行も私とカトレアがやる。だから、芹は見てるだけでいい」

「で、でも……」

「仲間はずれがイヤだなんて理由で、踏み入って良い場所じゃない。もしも、踏み入れることになった時は、精一杯、一緒に考えるから、芹は下がっていなさい」


 御託を並べているけれど、極論、芹に手を汚して欲しくない。選ばなくていい選択肢を、取ろうとしている、から。


「作戦だって、私とカトレアで……」

「作戦を考えたのが芹でも、実行すると決めたのは私とカトレアの判断……だから、正しいから仕方ない、と手を汚すことを正当化してはダメ。結果が正しくたって間違った手段が正しいワケじゃないから」

「結果と、手段……」

「大事なのは正しいから選ぶんじゃないの。正しいと思ったから選ぶこと。同じようで、全然違うことよ。正しさに選ばされたら、ダメなの」

「難しいですよ、なず先輩」

「意地悪したいわけじゃないのよ……上手く、伝えられなくってごめんね。でも、仕方ないとか、そっちの方が正しいって決め方で止まらないで欲しいの」

「……はい、考えてみます」


 芹の頬に当てていた手を外し、髪に触れる。まるで金糸のブロンドが指先に触れる。けれど、滑らかさを感じることはない。全身を纏う装甲には技術の粋が詰まっているくせに、素手のように感じ取ることができないのだから、案外ポンコツなのかもしれない。


「それでいいわ。ここじゃなくていい。いつか、決断を迫られた時に少しでも、私の言葉が糧になってくれたら、それだけで十分」

「わかり、ました」

「……はいっ、お小言は終わりっ」


 綺麗な毛先をくるりくるりと弄んでいた指を離して、頬を突っつく。そして、改めてステルスを展開。

 同時、馬車がゆっくりと止まった。


「カトレア、演劇の経験は?」


 そう、小さな声で話し掛けると同時、つついた頬の柔らかさが急に固くなった……と錯覚するほどの鉄面皮。氷の無表情。


「ありませんが、社交界に出ている以上、常に感情も表情もコントロール出来ている自負があります」

「それは、頼もしいわね」


 馬車の外で、鎧が動く金音。馬が嘶き、話し声が飛び交う。

 そして、カトレアは一瞬だけ鉄面皮を外す。そこに、隠されていたのは自信。


「なにより、主役が、このわたくしですのよ? 一体、なんの問題がありましょうか」


 ニィ、と口の端を挙げた表情は、まさに、悪い笑顔。文字通りの悪役令嬢がそこには居た。菜沙まで伝播するほどの自信に思わず笑いが零れて、背筋を伸ばした。


「本職はスタントマンなんだけど、たまには助演女優賞でも狙ってみるかな。大根役者だと思われないようにだけは頑張らないとね」


 演劇の経験なんてゼロに等しいけれど、四面楚歌の状況ならば慣れ親しんだもの。

 近づいてくる足音が、馬車の前で止まる。


「幕は上がった、ってね」


 扉の先は、既に舞台の上。

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