先輩後輩ロマンシス その9

 かけ直したバッグ。翻ったプリーツスカート。突然、学校とは逆方向に走りだした菜沙を周りの生徒が何事か、と視線が集まるけれど、関係ない。やるべき事を、やるだけ。

 実際はヒーローなんて綺麗なものでは無い。

 確かに、この世界に戻りたい、死にたくなかった。そう思ってくれる人だって居る。

 けれど、全員が全員、そうとは限らない。

 この世界で生きるのが嫌な人に差し伸べられた救いの手であっととしても、それを粉々にして、引き戻す。救いの無い人生に、希望の無い未来に、退屈しか無い日常に。世界が、モノクロームに映ってしまう人にとっては、正しく、ヤツらは救い。

 干渉者もまた、一辺倒ではない。自分の世界を救ってくれる救世主を求めて藁にも縋る思いで、干渉してくることだって少なくは無い。餓死寸前の人間が、店先の食べ物を盗んで食べるように。

 たとえどんな事情があろうとも菜沙のすることは変わらない。転生者にとっても、干渉者にとっても、菜沙は紛れもない理不尽な敵。

 これまで、銃を向けた先は干渉者だけではない。転生した彼ら彼女らに向ける事もある。やっていることは干渉者と同じ。理不尽に殺して魂を引きずり戻す。

 アスファルトを叩く一対のローファー。菜沙にとっては普通のスピード。周りにとっては暴走機関車。


「ヒーロー、か」


 そう思って武器を手に取るくらいがいいのかな、なんて呟きながら、ビルとビルの間の細道へ。更にもう一度曲がって、人っ子一人居ない裏路地に。

 年中日陰になっているそこには、室外機と放置されたゴミと、湿度。生温かな室外機によって不快指数は跳ね上がる。ゴミを漁っている、害虫やドブネズミが、突然現れた大きな影に慌てて散っていく。

 菜沙のやっていることが正しいかどうかは分からない。ただ、正しいと思い込むだけ。

 自分自身を正しいと信じて行動することは、これ以上無く、背中を押す原動力になって、しまう。良くも、悪くも。


 非常階段を、階段を使うこと無く登っていく。柵や柱に足や手を掛けて、一直線。誰も見ていないのを良いことに。ハリウッドのスタントマンだって、CGやワイヤーを使わなければマネできないような軌道で上る。

 救急車の音がすぐ近く、通りから聞こえてくる。


「四日前もトラック。昨日もトラック。それから、今日も、か」


 背の低い屋上ということもあって、事故現場は別のビルに隠れて見えない。けれど、端末に送られてくる中継映像がリアルタイムに映し出されている。

 コンクリート上へ置いたアタッシュケースを脚で踏むことで、装備を展開。そして肩に掛けたバッグからはスーツを取り出す。そして、物陰に隠れながら装着していく。


「いっつぅ……」


 このスーツ、幾つかのバリエーションが存在する。

 普通に着るだけのタイプが一つ前のバージョン。そして今し方、身につけた最新式は人体再構築を行った改造人間に最適化されている。

 具体的に言うと、着るだけでは無くスーツの内側にある細い針だとかプラグだとかが、身体の神経及び各部と繋がって……読んで字の如く、一つになる、というシロモノ。

 特に脊椎に何本も突き刺さるプラグのような部分は特に痛みを伴う。血は出ないし、接続部は服を脱いだとしても分からない極小なのが数少ない救いだろうか。


「あ、あー、聞こえますか。こちらラーテル1」

『聞こえてまぁす。菜沙ちゃん、学校は?』

「午前は臨時休校になったみたいです」


 スーツの数多有る機能の一つを使って、情報部と通信。スピーカーも何も無いのに会話できるのは、骨伝導の応用の応用、らしい。うなじ当たりに突き刺さっているプラグがどうこうしているのだとか。

 司令部からの小言。淡々と、事務的に通信してくれればいいのに。

 本来であれば、小隊に所属しているオペレーターが状況報告や指示等を担ってくれるのだが……生憎と、菜沙はワガママ三昧の一匹狼。

 そこで、工廠部であり元観測部隊所属だった明華花さん……明華花翠蓮さんが、オペレーター紛いのことをして助けてくれている。

 なんだかんだと菜沙に便宜を図ってくれたり、説教と言いつつ行動は制限しない戸羽司令とは違って、明華花さんのお小言はホンモノ。やんわりとした物言いから、切れ味鋭い罰則をどんどんと積み重ねる。具体的には装備支給の差し止めとか、工廠部の雑用による長時間拘束で実質的な出撃不可とか。

 そこに、本来の業務を横に置いてまで手助けして貰っていることも合わさって、頭が上がらない。


『戸羽くんには後で報告しておくからねぇ』

「……了解」


 今も、他部隊が出撃準備をしていることだろう。学校に行っている菜沙と違って、支部で仕事をこなしながら備えているのだから。

 引っ込んでいろ、と怒られるのも理解できる。

 それでも、異世界にまで連れて行かれると後を追うのが面倒。先手先手で手を打つことが、干渉に対するセオリー。少しでも早いほうがいい。


『まさか、配置装備がこんなにすぐ役に立つなんてねぇ』

「確か、この辺、でしたよね」


 網膜をディスプレイ代わりにして、視界に映る情報を参考に、目的の地点に。

 しゃがみ込んで、屋上のタイルを力尽くで剥がす。ただでさえ人外染みた菜沙の身体能力に、スーツによる強化まで入るとコンクリートを剥がすのなんて、クッキーを割るくらいに容易い。


「おぉー」


 そこには、菜沙が持っているモノよりも一回り大きなブラックボックス。朝、教えて貰った隠されている装備、というワケだ。

 指紋、静脈、それから虹彩認証エトセトラを経て、展開されるボックス。


「まぁ、これだよね」


 大きなブラックボックスの中には、物々しいスーツケース。見た目はスーツケースでも実際は、装備が折りたたまれた状態で、中には何も入れられない。そして隙間を埋めるように収められているのは小さな箱。

 隠されている追加装備というのが、今着ている通称ベーススーツ……正式名称が覆革着装(インテリアスーツ)が布地であるのとは対称的な、ゴテゴテしたつや消しされた装甲の塊……外殻着装(エクステリアスーツ)。シェル(装甲)スーツとも言われる基本装備。二つでワンセットなのである。

 本来の設計思想はベーススーツを土台として着ることで身体能力・感覚機能・耐久力の底上げを図る。そこに装甲を重ね着。結構な重量のシェルを着て動くのにベースが一役も二役も買う。

 装甲スーツを重ねることで受けられる第一の恩恵は、シンプルな防御能力向上。堅いシェル(装甲)で攻撃を防ぎ、ベース(覆革)で衝撃を拡散。日常生活では傷を負うこと自体が難しくなる程の防御性能を誇る。

 第二の恩恵(こっちがメイン)が、状況によって追加装備をアタッチメントとして肩や背中、足などなどに追加することで高機動化や超重火力化……臨機応変な対応ができる。ピーキーな装備開発ばかりだけれど外部化することで無理矢理汎用性を付与した感じ。それら恩恵の享受できるのは、超々小型双発リアクターによる莫大なエネルギー供給があるから。

 二つのスーツを装着してようやく基本装備の出来上がり……という設計思想であるが為、シェルスーツに接続することを前提とした装備も多い。

 前線には欠かせない装備なのだが、一点、菜沙にとって大きな減点ポイントが存在。それが、シェルスーツが繊維素材では無いこと。簡易装備セットは辛うじて持ち運べるアタッシュケースサイズだが、シェルスーツは収納状態であっても大きめのスーツケースほど。常に持ち歩くには苦しいサイズ感。学校に通うのに、一週間旅行にでも行くかのようなスーツケースを携行するのは、流石に難しい。

 ともかく、両方着ることが前提の装備なのに、ベーススーツだけで突っ込むのは、防御能力も丸裸に等しければ機動力も火力も、何もかもが足りない……と、よく怒られている。

 一式を半自動機能で装着。アタッシュケースが展開され、脚から腰、背中から腕。うなじ覆い、そしてフェイスシールドとなって顔全面にまで装甲が展開される。

 手のひらを握ったり開いたりして動作の確認。五感補助防護機能も問題なし。両手首の内側には小さな砲口が一つずつ。そして全身を覆う装甲にはブースト噴射機構による機動性の大幅な強化。


『今回のオマケは、バーナーよぉ』


 仕上げとばかりに小箱を手に取り、格納されていたアタッチメントを左腕に装着。


「久しぶりの大火力装備……最高」


 装備が展開された左前腕部……肘から手首にかけて大きな籠手を被せているかのよう。

 外側の手首辺りに物々しい銃口にも似た穴。撃つ時には手首を下げなければ、手首から先が消し飛ぶことを除けば頼りになる武器。

 シェルスーツだけでも菜沙の普段に比べれば豪勢な装備なのに、今日はオマケ付き。

 菜沙の持ち歩いていた簡易装備セットを展開。

 前菜のサラダにミンチメーカー。連射される散弾は、回避の隙間さえ与えない。

 スープのチェーンソーは背中から提げる。世界の壁を捩じ切る為の刃は、当たりさえすれば干渉者だって当然、引きちぎれる。

 メインディッシュのバーナーはいつでも放てるように左腕で待機。

 それから、欠かすことの出来ないとびっきりのデザートが簡易装備セット分を腰に一丁。それから、両手首の内側に二門。シェルスーツには最初から組み込まれている所が必須の装備であることを如実に表していた。

 全装備展開、装着終了。戦闘準備完了。


「インタラプトノード、開接します」


 干渉者に報いる最後の鍵を取り出す。メモ帳サイズの小箱を握り起動。見る人が見れば、手榴弾と同じモノだと気付く。但し、ばら撒くのは鉄片に非ず。

 軽く放り投げると、それはポンッと空中で弾ける。炎も衝撃も起こらない。けれど、目に見えないが、撒き散らされた『ソレ』が作用することで、ようやく割り込みができる。


「お陰で、二限目には間に合いそうです……!!」

『気分良いのは分かったけれど、油断はしないこと……って、言われるまでもないか』


 聞こえてきた小言。思わず乾いた笑いが零れた。

 油断? そんなものしたことがない。出来るわけがない。

 向こうとは違って、此方には、加護も、魔法も、技能も、スキルなんてファンタジーな能力は無い。あるのは、鉄と炎。その延長線上にある理不尽な現実を押しつけることだけ。


「はい。油断していないから、私は今も生きてるんですよ」

『はいはい。私が言いたいのは、死なないでねってことよぉ』

「勿論です。ランチの約束もありますから」


 干渉者と違って私は死ねば死ぬ。そんな普通の人間。だから多少装備がズルくても許して欲しい。


「手綱は己が手にのみあり」


 理不尽を均し、隣人を救え。

 背中から刃を引き抜き、振りかぶり、世界の壁に、突き立てた。


「ラーテル1、突入します」

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