第14章 タカシとタカシホ
雷に折れた大木が、火に燃えながらブスブスと音をたてている。
その脇に倒れているナツミを急いで抱き起こすと、火のない所に運んでタカシホが叫んでいる。
「ナツミ、ナツミ・・・しっかりしろ、死ぬなー!」
ナツミはタカシホの声に、ゆっくりとまぶたをあけた。
皇子達一行もいったんその回りに集まって、心配そうにながめている。
「タカシ・・・私・・・いったい・・・?」
「ナツミ、大丈夫か・・・。俺がわかるかっ、タカシホだっ・・・。」
懐かしい声の響きと衣装を見て、女は大きく目を開いて言った。
「タ、タカシホ・・・タカシホなのね・・。ああっ・・・戻ったのね、私・・・。」
「ナツメ・・・か、お前ナツメなんだな・・・ああっ、神様。」
二人は涙を流して抱き合っている。
皇子は馬上に戻ると、大きな声で叫んだ。
「皆の者、見ろっー。あの雷でもナツメは生きている・・・。これぞ神の御加護じゃー・・・。我、この戦に勝てり・・・。行くぞぉーっ・・・・。」
『オー・・・!』
再び兵士達は山を下りていくと、王妃がタカシホに優しく言った。
「行きなさい・・・タカシホ。ナツメの事は私に任せて・・・。大丈夫よ、皇子様のおっしゃるとおり、神の御加護がついてるわ・・・。」
タカシホは頷くと、もう一度力強くナツメを抱きしめて言った。
「ナツメ・・・きっと帰ってくる。俺を信じてくれ。」
「はいっ・・・。」
ナツメは涙を流して頷くと、力いっぱいタカシホを抱きしめた。
タカシホは後ろを振り返りつつ大急ぎで馬にまたがると、皇子の一行を追いかけていった。
吉野の山々を無数の火の道が続いている。
月が美しく光る夜であった。
※※※※※※※※※※※※※※
トラックが過ぎ去った河原の土手を、二人は転がり落ちていった。
タカシはナツメの身体をかばうように、抱きしめている。
土手の下の草原にぶつかるように止まると、しばらく静寂が辺りを支配していた。
時折通り過ぎる車のヘッドライトが闇をかき乱す。
タカシはゆっくりと身体を起こすと、不安そうにナツメを見つめ声をかけた。
「ナツメ・・ナツメ、おいっ・・・・大丈夫か?」
ナツメは長いまつ毛のまぶたを、ゆっくりと開けた。
月明かりに写る男の顔を見つめている。
「タカ・・・シホ・・・私、どうなっちゃったの・・・死んじゃうの・・・このまま。いやっ・・・一人にしないで・・・タカシ。会いたい・・・タカシ・・・。」
少女の瞳は潤んだかと思うと、みるみるうちに涙が溢れてきた。
「ナツミ・・・もしかして、ナツミか・・?戻ったのか。タカシだよ、俺だよ!」
タカシは少女の肩を揺らすと、力強く言った。
少女は涙で滲んだ瞳を開けようとするのだが、ぼやけてよく見えない。
「うそ・・・うそだわ。まだ夢をみているのよ。恐い・・・目を開けてもまだ山の中だったら・・・。」
タカシはナツミの小さな手を強く握ると、抱き起こして言った。
「ナツミ・・・安心しろ・・・。帰ってきたんだよ。ほら、俺だよ、タカシだよ。」
やっと視界がよみがえってきた。
目の前にストライプのパジャマを着たタカシがいた。
ナツミは慌てて自分の着ているものを見た。
ピンクの花柄のパジャマだった。
「パジャマだ・・・。柔らかい・・・。タカシー、タカシなのねぇ・・・・?」
ナツミに抱きつかれて一瞬驚いたタカシだったが、今度は力強く抱きしめた。
「タカシ・・・恐かった・・・。う・・・うえーん、ふえーん・・・。」
ナツミの涙が首すじに伝わってくる。
くすぐったい、温かい涙であった。
夜の冷気が心地よく二人を包む。
興奮でほてった身体が、徐々におさまってくる。
ひとしきり泣きじゃくったあと、ナツミは顔をはなし、パジャマの袖で涙をぬぐって赤く腫らした瞳でタカシを見つめた。
どちらからともなく顔を近づけると、小さく口づけを交わした。
すぐに顔を離し見つめ合っていると、タカシが照れくさそうに笑った。
「へへっ・・・。」
ナツミは又、泣き出しそうになって目を潤ませながら言った。
「何よ・・・おかしい?」
タカシはナツミの感触を楽しむように、髪を撫でて言った。
「キスの味って・・・しょっぱかったんだ・・・。」
ナツミはタカシの胸に顔をうずめると、小さく呟いた。
「バカ・・・。」
タカシはしばらくの間、ナツミの身体の重さを確かめるように抱きしめていた。
ナツミは心地よいぬくもりの中に、いつまでも浸っていたかった。
タカシの匂いがする。
タカシの汗の匂い、であった。
「あったかーい・・・。」
タカシの胸に、顔をこすりつけるようにしてナツミが言った。
「お帰り・・・ナツミ。」
ナツミのきれいな黒髪を、やさしく撫でながらタカシは囁いた。
「恐かった・・・。タカシ、会いたかったぁ・・・・。好き・・・大好きぃ・・・。」
「俺も・・・ナツミ。大好きだ。」
月が明るい夜であった。
川面に対岸の街灯の明かりが、所々に浮かんで揺れている。
帰ってきた。
ナツミが帰ってきた。
タカシは何度も心の中で呟くと、ジッと月を見つめていた。
6月も終わりに近い夜の事であった。
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