第13章 ナツミとナツメ

無数のたいまつの明かりが、山の道を形作っていく。


タカシホが身支度するのを手伝いながら、ナツミは潤んだ目で見つめている。


ついに、戦に行く時が来たのである。


もう、会えないかもしれない。


もし、自分が戻れなくてこの時代にとり残されるとしたら、自分の事を理解してくれる者はこの世にいなくなるのだ。


タカシホはナツミの手をとって、優しく言った。


「ナツミ・・・今までありがとう。今日は最高の舞いだった・・・。まるで、ナツメが帰ってきたようだった。帰りたいだろうな・・・。かわいそうに。でも大丈夫だよ、きっと帰れる日が来る。俺も戦が終わったらすぐに迎えに来る。待っててくれ・・・。」


「タカシホ・・・。」


ナツミは目に涙を滲ませ、見つめている。


タカシホはうれしそうに微笑んだ。


タカシと同じ笑顔であった。


「遅いぞ、タカシホー。」


「はい、皇子様。」


タカシホは家を出ると、馬にまたがり駆けていった。


皇子の元に集まった兵達が群れをなして、山をおりていこうとしていた。


ナツミは家を飛び出すと、何かにつかれたように叫んでいた。


心の中はもう真っ白であった。


無意識に最愛の男の名を叫んでいた。


「タカシー。行っちゃ、やだっ、タカシー・・・!」 


兵士達はその声に一瞬、空を見上げた。


すると、一陣の稲妻が一本の大木におりたった。


『キャーッ・・・・。』


女の悲鳴が山中に轟いた。


タカシホは馬を飛び降りると、その大木に向かって走っていった。


※※※※※※※※※※※※※※※



夜中に目を覚ましたタカシは、寝つかれぬまま「壬申の乱外伝」に目を通していた。


ナツミの事が気になって仕方がないのだ。


何か手掛かりがあるかもしれない、と思った。


「ふーん・・。これによると、大海人皇子が吉野から出陣した夜に、ナツメという巫女が勝利の舞いを踊ったとあるなぁ・・・・。まー、そうだなぁ・・・ナツメぐらい踊りがうまいと、そーかもなぁ・・・。いや、待てよ・・・?・これ、もしかしてナツミが踊らされてんじゃないか?あちゃー・・・ま、まずいよ、それ・・・・。あいつも俺と一緒で、まだ一年生でレギュラーじゃないもん・・・。大丈夫かなあ・・・。えっ、何々?その後、一陣の稲妻が神木におちて、その巫女にあたっただって・・・。えー、本当かよ。大丈夫かなー・・・?」


ふと顔を上げたタカシは、ドアの所に立っているナツメを見つけてビックリした。


「ど、どうしたんだい?こんな夜遅く・・。眠れないの?」


ナツメの瞳は、異常な光を宿し潤んでいた。


「タカシホ・・・やっと会えたね・・・・。抱いて・・・。」


夢遊病者のようにフラフラとした足取りで、タカシのベッドに近づくと、いきなり抱きついてきた。


「わーっ、ちょっ、ちょっと待って・・・。ナツメ・・・だめだよ・・・。」


「抱いて・・・やっと帰ってきたの・・。タカシホ・・・恐かった・・・。」


ナツメの妖しい息使いが、タカシをボーッとさせている。


幼い胸の膨らみが、やけにハッキリわかる。


タカシは最後の理性をふりしぼり、ナツメを引き離すと小さく頬を叩いた。


叩かれたショックで我に返ると、ナツメはタカシを見た。


そして自分が今何をしようとしていたかを悟ると、涙を溢れさせて部屋を飛び出していった。


「ナツメ!」


タカシが慌てて下りていくと、ナツメは玄関を飛び出して裸足のまま外へ出ていった。


「あっ、カギが開いていたのか・・・・?」


タカシも裸足のまま、すぐ追いかけた。


ナツメが道路に出ると、向こうからトラックがヘッドライトを光らせて近づいてきた。


初めて見る怪物のような物に、ナツメの身体は吸い込まれるようにして道路の真ん中で立ちつくしてしまった。


「あぶないっ、ナツメ!」


タカシは大声で叫びながら、ナツメにタックルした。


『キャーッ。』


ナツメはヘッドライトの光を全身に浴びて、大声で叫んでいた。

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