第12章 勝利の舞い
何十本ものたいまつに燃えるカガリ火が、男達の顔を照らしている。
何百人という男達が吉野の境内に集まっている。
山の麓には何千人という兵が控えている。
この後、近江を目指して各地で合流して、何万という兵力が結集する。
今夜はその出陣の日であった。
タカシホは、緊張の汗で濡れた手で太鼓のバチを握っていた。
やがて笛の音と共に神社の建物の奥から、ナツミが静かに登場した。
境内の男達は固唾を呑んで見つめている。
舞台の正面に何枚かの畳を敷いて、大海人皇子と讃良王妃がじっとナツミを見つめている。
ナツミは一度喉を小さく鳴らしたあと、笛の音に溶け込むように舞い始めた。
静寂の中、笛の音だけが澄んだ音を響かせ森の中をこだましている。
前日に降った雨はうそのようにやんでいる。
月がくっきり空に浮かんでいる。
時折、カガリ火のたいまつの弾ける音が笛の音に混じっている。
ナツミの舞いは、何百人という男達の心に静かにしみ込んでいった。
讃良王妃でさえ、ナツミの美しさに見とれている。
ゆっくり陽炎のように、ナツミの身体の残像が闇に浮かび上がっている。
戦の前のいいようのない不安と緊張感が、その一つ一つに吸い取られ消えていくようであった。
笛の音がやみ、ナツミの身体が止まって、一瞬闇に溶けたと思った時、突然タカシホが透き通る声で叫んだ。
「イヤーッ。」
すると、一斉に三台の太鼓が大きく音を刻み始めた。
躍動するリズムが暗闇に響いていく。
一瞬、身をしずめたナツミが大きく跳躍すると、男達は歓声をあげた。
ナツミの身体は、まるでボールのように飛び跳ね躍動していった。
男達は全員立ち上がり、太鼓のリズムに合わせて足踏みをしている。
大海人皇子までもが王妃の手をとり、身体を揺らしている。
ナツミの身体が空中で一回転した。
人々は驚きの声をあげて見ている。
「こ、こんな舞いは初めてじゃ・・・。」
「ま、まるで天照大御神(あまてらすおおみかみ)を岩戸から出す時に舞ったという、ウズメノヒメミコのようですわ・・・。」
二人は手を握り合ったまま、ナツミをじっと見つめている。
タカシホは何かにとりつかれたように、ナツミを見つめながらバチを操っている。
噴き出す汗が時折カガリ火に触れ、ジュッという音をたてている。
ナツミは何かに酔ったように、微笑みを浮かべ踊り続けている。
太鼓の音が最高潮に達した時、ナツミは身体を何度もコマのように回転させた。
ナツミの微笑んだ顔が正面の所で、一瞬ごとにキュッキュッと静止している。
太鼓の音が一斉に大きな音を出してやんだ。
それと同時にナツミの足は大きく開き、力強く大の字のようになって手足を広げて静止した。
一瞬の静寂が闇を支配していた。
かがり火の音だけが、パチパチと響いている。
皇子と王妃がゆっくり拍手をすると、何百人の男達が叫ぶように歓声をあげた。
『ウオォッー・・・・・・!』
吉野の山は地震のように唸り声をあげている。
ふもとに控えている兵士達は、神様がおりたって来たように感じ全身を奮い立たせた。
ひとしきり歓声がやむと、皇子が舞台に上がって叫んだ。
「今宵の舞いは最高じゃぁっ・・・・。これこそ、神の舞いである。皆の者・・・・出陣じゃー・・・・!」
『オーッ!』
境内の男達は、口々に叫びながら山を下りていった。
放心したようにうずくまるナツミの肩を、王妃が優しく抱いて言った。
「素晴らしかったですよ。これで・・・皇子様は勝てます。ありがとう・・・。」
タカシホはバチを持つ手をそのままに、じっとナツミを見つめていた。
月が美しく照らす夜であった。
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