第11章 ダンス・ダンス・ダンス

「へえー、タカシ・・・やけに優しいんだな。」


ナツメの朝食を2階に運んでいったタカシの事で、父が感心して言った。


「そーなのよ。よっぽど悪いと思ったのね。自分がケガさせたような、ものだから・・。でも、ちょっと見直したわ、我が息子ながら・・・。いつも二人でケンカばっかりしてたものね。」


タカシは何とかナツメの事でボロを出さぬよう、必死であった。


今日父は会社で、母はパートに行くので朝さえのり切れば夜までは何とかなる。


あとで風呂の使い方を教えておかなければならなかった。


その事を想像するだけで、汗が噴き出すタカシであった。


(ナツミー・・・。早く戻ってこいよぉ・・・。) 


ナツメはそんなタカシを、すまなそうに見つめている。


飲み込みの良い子で、タカシが幼い頃持っていた生活に関する絵本を見せると、次々に理解していった。


父も母も出かけて、ようやく一通り説明しおわるとドッと疲れが出てきた。


その時、玄関のチャイムが鳴った。


インターホンをとると、天野先輩の声がした。 


「せ、先輩・・・。」


急いでドアを開けると、チアガール部キャプテンの沙良と一緒に天野が立っていた。


「こら、タカシ・・・何だ連絡もしないで。高野先生に聞いたら、ナツミ君の看病で休んでるんだってな。ちゃんと報告しなきゃダメだろう。心配するじゃないか。」


午前中の練習を終えて、二人が心配して来てくれたのである。


「ナッちゃん、いるんでしょう?ふふふっ、すごいわね・・・。一緒に住んでて、まるで夫婦みたい・・・。」

沙良先輩が、いたずらっぽい目をして笑った。 


とりあえず二人を2階のナツミの部屋にあげる事にした。


二人が部屋に入ってくると、ナツメは大きく目を開いてベッドの上で土下座のように平伏した。


「こ、これは大海人皇子様・・・讃良様まで・・・。」


二人はキョトンとした顔を見合わせると、クスクス笑った。


「いやだ・・・ナッちゃん、いくら練習休んだからって大げさよ。あー、タカシ君と打ち合わせしたのね。大丈夫よ、ねっ天野君、怒ってなんかないわよね。」


「そーだぞ、タカシ。変な細工するなよ。」 


タカシはもう気絶しそうになっている。


正座して、かしこまっているナツメに優しく沙良は言った。


「足はだいぶいいようね。心配してたのよ。今度の発表会出られないかもしれないって。でも安心したわ、元気そうで・・。ねえ、立たなくていいからちょっと練習してみない・・・?せっかく、つかみかけてきたのに忘れちゃうといけないから・・。タカシ君、プレイヤーある?」 


タカシは、さっきから身体中びっしょり汗をかいていた。


何とかごまかそうとモジモジしていたのだが、天野が恐い顔で言った。


「何してんだ、タカシ。早く持ってこいよ。別に無理させるわけじゃないし・・・。」


天野に言われては、タカシは逆らえなかった。 


自分の部屋からCDプレイヤーを持ってくると渋々、沙良に渡した。


沙良はポケットからCDを取り出すと、セットしてスイッチを入れた。


いきなり小さな箱から音楽が流れてきて、ナツメは驚いてしまった。


何か言いそうになるナツメに慌ててタカシが言った。


「ダーッ、な、ナツミ・・・は、まだ足が痛いよな・・・お、踊りなんか・・・。」


聞き覚えのある音とタカシのうろたえ方を見て、ナツメは何か感じるものがあったのか、ベッドから下りると天野と沙良に深くお辞儀をして、すっくと立った。


その立ち様があまりにもシャンとしていて、二人は息をのんだ。


やがて音楽に合わせるように、ゆっくりナツメは踊った。


あまりの美しい舞いに、タカシも二人も息をつめて見守っている。


まるで天女がおりてきたように優雅に舞っている。


時間のひだが、目に見えるようであった。


テープの笛の音が終わって一旦区切りがくると、スイッチを切った沙良が叫ぶように言った。


「す、すごいじゃないー。いつのまに、こんなにうまくなったのぉ・・・?」


天野もタカシも、呆然とその美しさに見とれていた。


「もう、これで安心ね。ナッちゃんレギュラー確定よ。タカシ君も・・・がんばらなきゃね。」


「そうだぞ、タカシ・・・。明日の練習は出てこいよな。じゃあな・・・・。」


そして、二人は満足した様子で帰っていった。 


タカシが2階にあがってみると久しぶりに舞った充実感からか、うれしそうにナツメがこちらを見ていた。


「やっと・・・笑ってくれたね。きれいだったよ・・・ナツメ。」


「ありがとう・・・タカシ・・・。」


セミが鳴き始めた庭の風が、カーテンを巻き上げている。


少しの間、二人はじっと見つめ合っていた。

 

するとタカシは、おもむろに右手を差し出すとVサインの形をつくった。


「何・・・その形・・・何かの合図?」


ナツメが小首を傾げて聞くと、タカシは白い歯を見せて言った。


「やったね・・・の合図さ。」


「やった・・・ね?」


「うん、よかった・・・うれしいって、いう意味さ。」


ようやく理解したのかナツメも、小さな手を差し出すとタカシを真似てVサインをつくった。


二人はクスクス笑い出すと、いつまでも余韻にひたっていた。


ナツメがここへ来て、初めての笑顔であった。

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