第9章 説明
「つ、つまりこういう事なんだ・・・。」
タカシは顔を洗った後、自分の部屋で一生懸命「壬申の乱外伝」を読んだ。
マンガでなく字ばかりの本を、こんなに真剣に読んだのは初めてであった。
さいわい、そんなに難しい言葉は使っておらず、漢字にも全てひらがながふってあったので、何とかぼんやりとではあるが理解できた。
「ナツミ・・・いやナツメがいた時代・・・というか、いた所と今ここは違う場所で・・・俺はタカシホじゃなくて・・・タカシなんだ。」
少女は、よくわからないと小首を傾げている。
「お、俺も信じられないけどナツメはそこからタイムスリップ・・・うーん。と、飛んできたんだよ、心だけ・・・。それで、身体はナツミだけど心はナツメなんだ・・。わかったかなー、うーん・・・。」
少女は、それでも必死になってタカシを見つめながら聞いている。
「この本に載ってるよ。ホラ・・・これナツメじゃないか・・・。」
タカシが指さしたページには、薄汚れて微かにしか見えないが、男女が描かれている壁画の写真があった。
古代の服を着ていて、髪の長い女性と同じようなかっこうをした男が描かれている。
そう思って見ると、どことなくタカシとナツミに似ていなくもない。
「あっ、タカシホ・・・タカシホだ。」
やっと自分の時代の服を見て、感激した少女は思わず叫んだ。
(やっぱり・・・という事は、今もしかしてナツミは壬申の乱の時代にいるってことか。えーっ・・・ていう事はだよ、もうすぐ、戦って・・・?)
タカシはやっと事態が飲み込めて、急に不安が胸に広がってきた。
「タカシホ・・・じゃないのね?じゃあ、私は・・・私はいったいどうして・・・。」
少女も不安が込み上げてきて、泣き出してしまった。
タカシもどうしていいのか、今度は本当に途方にくれてしまった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
「じゃあ、お前はナツメじゃなくて、別の者だと言うのか?」
意外と落ち着いた風に、男は言った。
「そう・・・。信じてもらえないかもしれないけど。私・・・あなたの言っているナツメじゃないの。ナツミ、私のいた所ではそう呼ばれてたわ・・・。」
ナツミは必死になって、何度も説明していた。
男は最初、少女が気でもふれたかと思って聞いていたが、真剣な眼差しを見つめている内に本当のような気がしてきた。
ナツメは嘘をつくような女ではないからだ。
だから結婚をしたのだ。
「いや、信じるよ。ナツメは嘘をつくような女ではない。ナツミ・・・といったね。お前はいったい、どうしてここに来たんだい・・?」
優しく聞いてくれるタカシホに、タカシにはない大人びた印象を受けて、ナツミは身体中が熱くなっていくのを感じた。
ナツメの身体はいつもの自分と違って、妙に反応するのだった。
「うーん。何というか、トラック・・・大きな怪物が放った光を見た途端、身体がフワッと浮いて、そう・・・空を飛んでいるみたいになって、気がついたらナツメっていう人の身体に、私の魂が入っちゃったみたいなの。もしかしたら・・・ナツメさんも私の身体にいるのかも・・・・?」
「そうか・・・何か前世とかでつながりがあるなかもしれないな・・。皇子様がおっしゃっていた仏教とかいうものに、そういう話があるのを聞いた事がある。人の心は遠く離れていても結びついたりするというからな・・・。」
ナツミはタカシホの顔を見つめながら、妙に感心してしまった。
(意外とこういう事って、古代の人の方が素直に理解できるのかもしれないわ・・・。)
「そうは言ってもナツミ・・・お前は戻れるのか?・ナツメはここに帰ってこれるのだろうか・・・。」
タカシホは腕組みして考え込んでしまった。
ナツミも急に不安になって口をつぐんでしまった。
沈黙が家の中を支配していた。
『グーッ・・・。』
その時ナツミのお腹の音が鳴ってしまった。
ナツミは真っ赤な顔をして、うつ向いている。
タカシホは笑いながら優しく言った。
「そういえば、今朝もあまり食べ物に手をつけなかったしな。よし、何か食べやすい物を持ってこよう・・・。」
タカシホが持ってきたのは、ウリや保存食の栗を練ったものであった。
ウリは少し虫が喰っていて気味が悪かったが、一口食べてみると、天然の甘さが口中に広がっていき疲れた身体にしみ込んでいった。
栗も少し固かったが香ばしく、ナツミはよく噛みながらも次々とたいらげていった。
ようやく元気がでたナツミはタカシホに言った。
「あー、おいしかった・・。ごちそうさま。そーね・・・くよくよしてもしょうがないわ。足もだいぶ痛みも取れたし、何とかなるわよね?」
そして、小さな指でVサインを作った。
「何の合図じゃ、それは?」
タカシホが不思議そうに聞くと、ナツミはうれしそうに言った。
「勝利の印よ。縁起がいいのよ。」
「おお・・・そうか。それはいい事じゃ。こう・・・か?」
タカシホが真似てVサインを作ると、二人は何かおかしくて、くすくすと笑いあった。
「やっと笑ってくれたな、ナツメ・・・。いや、ナツミ・・・。」
優しい目で見つめられて、ナツミはポッと顔を赤らめた。
「さっ、今日はもうお休み・・・。水はそのカメの中にあるから・・・。」
そう言うとナツミにムシロを被せてやり、自分も少し離れて寝転んだ。
すぐにイビキが聞こえてきた。
毎日の戦の稽古で疲れているのだろう。
タカシホの優しさに包まれながらも、固い床の上で中々寝つけないナツミであった。
窓から漏れる月明かりを見つめながら、心の中でそっと呟いた。
(タカシ・・・会いたいよう・・・。)
涙の粒がいくつか頬を濡らしたあと、ナツミは眠りにおちていった。
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