第7章 タイムトラベル1

馬の蹄の音が勢いよくコダマして近づいてきたかと思うと、『ヒョウ』という鋭い音と共に矢が放たれ、板に突き刺さった。


その動作を何回も繰り返している。


一通り男達が撃ち終わり、板に集まってきてガヤガヤ騒いでいる。


「やー、やっぱり皇子様のが、一番真ん中じゃあ・・。おっ、タカシホのも、次に内側に入っとるぞぉっ・・・・。」


男の一人が叫んだ。


「タカシホ、ずいぶん腕をあげたな。」


馬上から降りて白い歯を見せながら、スキンヘッドの背の高い男が言った。


神社のような建物の縁側の階段に腰掛けていた、ナツミは思わず声を出した。


「あっ、天野先輩・・・。」


隣で汗を拭っていたタカシホは慌てて膝をついて敬礼し、ナツミに言った。


「これ、皇子様に何という物の言い方じゃ。大海人皇子様の名を、気安く呼ぶでない。」


(大海人皇子・・・?)


「まーまー、よいではないですかタカシホ。そなたも結婚したばかりというのに、もう、主人風を吹かせなくても・・・。」


奥から美しい女人が出てくると、タカシホは丁寧に頭を下げた。


そして頭を掻きなが、ら照れたように言った。 


「これは讃良(さらら)王妃様・・・あまり、からかわないで下さい・・・。」


(讃良王妃って・・・沙良先輩じゃない。だいぶ年上に見えるけど、何か、聞いたような名前だわ。天野先輩は皇子様だって言うし・・・。えっもしかして・・・。うそっ・・・。)


王妃は微笑みながらナツミの隣に座ると、化粧箱を開けた。


そして侍女に鏡を持ってこさせ、床に立てかけた。


「ほらほら、ナツメ・・。女人は結婚後、3日間は化粧をおとしてはいけませぬ。わらわがなおしてあげましょう。」


タカシホはハラハラして言った。


「そ、そんな恐れ多い・・・。」


皇子はそれを見て、笑いながら言った。


「良いではないか、タカシホもめとった女人が、きれいな方がよいじゃろぉ?」


広場に集まっている男達も、一斉に笑ってはやしたてている。


喧噪が建物にこだまする中、鏡といっても鉄か何かを磨いたものらしくボンヤリとしか写らないのであるが、それをのぞき込んでナツミは驚いた。


確かに顔はいつもの自分の顔なのであるが、髪は長いらしく、後ろでゆったりと束ねられている。


頬には厚めにお白いらしきものが塗られ、口びるには紅が小さく縁取られていた。


舞台化粧のようでやぼったく感じられたが、いつもの自分と違って大人っぽく見えた。


どこがどうとは言えないのだが、そう・・・少女と女の違いのように・・・。


「ほーら、きれいになった・・。たっぷりタカシホに可愛がってもらいなさい。あと、戦(いくさ)まで何日もないのですから・・・。」


そう言うと、侍女を連れて奥へ消えていった。

 

「戦って・・・?」


「世直しじゃ・・・。大友皇子を討つのだ。やっぱり、まだおかしいようだな。ナツメ・・・。無理もない・・・大きな雷だったものな。」


タカシホはナツミの頬に優しく触れて言った。


透き通るような眼差しである。


ナツメはタカシにそっくりなこの男に見つめられて、ポーッとなってしまった。


(タカシ・・・何て、優しい目なの・・・。) 


二人はタカシホの家に戻ると又、ナツミの足の薬草を取り替えた。


タカシそっくりな男に介抱されながら、ナツミはゆっくりと昨日からの出来事を整理してみた。


(私とタカシがトラックにぶつかりそうになった瞬間、すごい光に包まれて、一瞬フワッと身体が浮いて、空を飛んだみたいになって。それで・・・えーっ、うそー。もしかして、これってタイム・トラベル・・・?私・・・壬申の乱の時代に来ちゃったんだ。ど、どうしようー・・・・。)


やっと実感してきたのか、急に不安になって涙がこぼれてきた。


頬に水があたって、顔を上げた男は心配そうに言った。


「痛むのか?ごめんよ。ああ、化粧も流れて・・・慣れないから苦しいだろう。ほら、これで顔を洗いなさい。」


そう言うと、木をくりぬいた椀に水を入れて持ってきてくれた。


冷たい水が心地よかった。


ずっと、つっぱるようにして塗られていたお白いがおちて、ようやくナツミはホッとため息をついた。


しかし、これからの事を想うと不安を隠しきれなかった。


(どうしよう、私・・・こんな事ってあるの・・・?)


ナツミの不安を知ってか知らずか、タカシホは優しく介抱するのだった。


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