第3章 「からして」先生
「えー、で、あるからしてぇ・・・。大海皇子(おおあまのおうじ)は大友皇子(おおとものおうじ)を倒して天武天皇となったんだな。で、あるからしてぇ、この戦いを「壬申(じんしん)の乱」と呼ぶんだな・・・。」
社会科教師の高野が、黒板にチョークを叩きつけているのを見ながら、タカシは大きな欠伸をしている。
肘でタカシを突きながらナツミが囁いた。
「ちょっとー、真面目にやんなさいよ。ノートとらないの?」
「でもさー、『からして』の授業って眠くって、又、ナツミのノート貸してくれよ。」
「いやよー、いっつも私のノート借りるんだから。」
教師は黒板に書き終えると振り向き、おもむろに教室を見回して言った。
「で、あるからしてぇ・・・ここのところはテストに出るぞ・・・。こらっタカシ・・。何しゃべっとるか。壬申の乱は何年におこったか言ってみろ。」
急に名前を呼ばれ、ビックリして立ち上がるとタカシは叫ぶようにして答えた。
「ハ、ハイッ。645年です。」
「そりゃ大化の改新だ、バカモン・・・。ちょっとそこで立っとれ。」
生徒達はドッとうけて、教室中は笑いの渦が巻き起こった。
タカシは顔を真っ赤にして立っている。
自業自得といわんばかりにツーンと澄ましているナツミを見つめながら、タカシは心の中で言った。
(クッソー、からしての奴・・・。だから、社会は嫌いなんだ。)
「えー、で、あるからしてぇ・・・飛鳥浄御原(あすかのきよみはら)に都を移した天武天皇は讃良(さらら)王妃・・・後の持統天皇と共に本格的な律令国家を・・・。」
高野の授業は独特のリズムで進んでいく。
ナツミは笑いを含んだ瞳でタカシを見上げながらも、タカシがあとで写しやすいように丁寧にノートをとっている。
「えー、で、あるからして・・・タカシ、もういいぞ。今度からちゃんと聞いてるんだぞ。あんまりナツミちゃんの顔ばっかり見とったらいかんぞ。」
又教室の中に笑いが起きる中、タカシは顔を真っ赤にして座った。
教師は自分のジョークがうけた事に気をよくして、さらに続けた。
「えー、で、あるからしてぇ・・・壬申の乱については考古学の中でも高い関心があってな、色々な説が出とるんだよ・・。たとえば、ここに持っとる『壬申の乱外伝』なんだがな。少し作り話的な所は多いんだが、古代の壁画の写真もあったりして中々よくできとる。文章も読みやすいし、タカシ・・・貸してやるから読んでみるか?少しは歴史が好きになるぞ。」
又、自分に話題が触れたので慌てて手を振ってタカシは答えた。
「い、いいえ、結構です・・・。」
教室は又、笑いの渦の中に入っていった。
今日はタカシにとって厄日のようである。
シャープペンシルを置いて、頬杖をついて聞いていたナツミは心の中で呟いた。
(壬申の乱外伝か・・・。おもしろそう。私、借りてみようかな。)
ナツミは社会科が好きであった。
特に歴史の授業が。
古代に対するロマンが、乙女心を気持ち良く刺激するのであった。
(古代王朝か・・・。タイムマシンがあったら行ってみたいわ。どんな所かなー。)
やがて授業終了のチャイムが鳴り、挨拶の後の教室はざわついている。
その中でいつ迄も空想にふけっているナツミを、不思議そうに見つめていたタカシはクラブ活動の支度をしだした。
ナツミも我に返ると自分も支度をした。
いつもの放課後の風景が写し出されていく。
タカシとナツミは、それぞれのクラブに散っていった。
6月も半ばを過ぎた頃の事であった。
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