第2章 口喧嘩
「早くしろよナツミ、遅刻しちゃうぞ。」
「何言ってんのよ、アンタがいつも寝坊するからギリギリになるんでしょう。」
口を尖らせて言うナツミに一瞬、タカシはドキリとした。
赤ん坊の頃からいつも一緒で兄妹のように育ったため、今まであまり意識した事はなかったのだが、急に大人ぽくなった表情は、二人のいるクラスの中でも飛び抜けて可愛く、人気があった。
中学生になって制服を着たナツミの事が、眩しく思える時があるのだった。
「お前が来るのが早すぎるんだよ・・・。あーでも今朝の夢は気持ち良かったなー。」
「えっ、どんな夢?」
「NBA(アメリカのプロバスケットボールーリーグ)で俺が大活躍するの。優勝してタカシコ-ルが巻き起こるんだぜ・・・。タカシ、タカシってね・・。」
うれしそうに呟くタカシに、意地悪くナツミが言った。
「ふーんだ。でもそんなチビじゃ、NBAなんて夢よね。」
気にしている事を言われて、タカシは顔を赤くして怒った。
「バ、バッキャロウ。これでも4月から5センチも伸びたんだぞ。ホラ・・・。」
タカシが目の前に立って手の平を自分の頭の上にかざすと、ナツミは思わず顔を赤らめた。
いつの間にかタカシの方がナツミより大きくなっていた。
幼い頃からタカシは背が低い方で、よくナツミは姉に間違われていた程であった。
何より無邪気な顔がくっつきそうになる程に見えると、急に胸がドキドキしてきた。
「なっ何よ。それぐらい・・・。私なんかに勝ってもしょうがないでしょ。バスケット部なんだから。」
心の動揺を悟られぬよう、ナツミは歩き出した。
「でもさあ、この頃すごいんだよ。自分でも背が伸びてるのがわかるんだ。寝てる時、骨がキシキシいってんの。イテーんだよな。」
「そーよね、早く大きくなって、天野先輩みたいなキャプテンにならなきゃ・・。」
天野先輩の話を持ち出されて、タカシは少しムッとして言った。
「又それだ。ナツミはキャプテンのファンだもんな・・・。」
いたずらっぽい笑いを浮かべて、ナツミは囁くように言った。
「あら・・・タカシ妬いてるの?」
図星をつかれて、タカシは顔を真っ赤にした。
「バ、バカ。何で俺がお前みたいなブスにやきもちなんか・・・。」
「まー、ひどい。私のどこがブスなのよ。あーあ、やっぱり子供はダメね。私は天野先輩みたいに落ち着いた人がいいわ。ハンサムで、背が高くって・・・。」
両手を胸に組んでうっとりとした表情でナツミが言うと、タカシは言い返しながら走り出した。
「へーんだ。俺だってお前みたいなガサツな女より沙良(さら)先輩みたいな、おしとよかで美人の方がイーヤ。先に行ってるぞ。」
「あっ、ちょっと待ってよ。タカシー・・・。」
ナツミもその後を追って走っていった。
いやはや、仲がいいのか悪いのか・・・。
タカシとナツミの朝はいつもこうして始まっていく。
冬の間閉じ込められていた太陽が顔を覗かせた春が過ぎ、やがて力強さを増していく夏が来る。
青春、朱夏・・・。
タカシとナツミは今、青春のまっただ中である。
十三歳の夏は、始まったばかりである。
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