壬申の乱外伝~時空を超えて恋人交換?
進藤 進
第1章 朝食
ボールを持った瞬間、右足でステップを踏む。
相手のディフェンスの選手が、褐色の大きな手を広げ素早くバックステップで対応する。
すかさず左から切れ込んで、低いドリブルで駆け抜けていく。
「ヘループ。」
おいていかれた男が、後ろの選手に声をかける。
数本の大きい手が伸びて、ゆくてを遮る。
二、三度小さくステップを踏むと、ゴール下を小犬のように駆け抜けジャンプした。
男達をかいくぐるようにして、アンダーハンドから放たれたボールはあざ笑うように、バスケットネットに納まっていった。
アリーナを埋め尽くした大歓衆は立ち上がり絶叫している。
残り3秒、カウントダウンの声を一斉に叫んでいる。
7点差となるダメ押しのゴールを決められて、相手選手達は諦めたようにボールをコートに戻した。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ!」
コートの中の赤いユニフォーム達が一斉にジャンプして、控えの選手、コーチもなだれ込み抱き合っている。
タカシは大男達にかつがれるようにして、コートの中央に運ばれた。
大観衆は一斉にタカシの名前を叫び、足踏みしている。
「タカシ・・・タカシ・・・タカシ・・。」
※※※※※※※※※※※※※※※※
「タカシ・・・タカシったら、もういいかげんに起きなさい。もうすぐナッちゃんが来ちゃうわよ・・・。」
母の声に夢から覚めたタカシは、目をこすりながら起き上がった。
「フワー、お早よう。ちぇっ、いいところだったのに・・・。」
「何言ってるの、さっさと顔洗いなさい。」
「はーい。」
のろのろと階段を降りて洗面所に行き、歯を磨いている。
鏡に写る自分の姿をを見つめながらタカシは背伸びをしてみた。
「ちぇっ、もっと背が伸びないかなー・・。そしたらレギュラーになれるのに。」
タカシは十三歳、中学一年生でバスケット部に入っている。
小学校の時からやっているし運動神経が良いので、そのすばしっこい動きは早くも部内では評価されている。
しかし、背が低い為にまだレギュラーにはなれていない。
「お早うございます。」
元気の良い声が玄関の方から聞こえてきた。
幼なじみのナツミの声であった。
「あらもう、こんな時間・・・。
ごめんなさいね、ナッちゃん。今起きたとこなのよ。ちょっと上がってて。」
「はーい。今日は少し早めに来ちゃったから・・。お父さん、今日から出張なんです。」
ナツミはそう言うと、れた雰囲気で大きなバッグを持って2階に上がっていった。
ナツミはタカシと同級生で十三歳。
小学校の時は体操をやっていたのだが、今はチアガール部に入っている。
父親同士が親友で隣に住んでいるので、ん坊の頃からナツミとタカシは兄妹のようにして育った。
だが、ナツミの母は8歳の時に亡くなっていた。
それ以来、父親が海外出張の多い商社マンという事もあって、タカシの家で時折めんどうをみてもらっている。
タカシの両親も、ナツミのことを実の娘のように可愛がっていた。
実際よくナツミの父が出張中の時などに泊まり込む為、ナツミの部屋さえ別に一つ用意されているのだった。
ナツミがダイニングルームに入ってくると、タカシが朝食と格闘していた。
まだ湯気をたてている甘めの卵焼きを一箸つかんで口に放り込むと、熱々のご飯を頬ばり、赤だしの味噌汁で流し込む。
脂ののった丸干しを頭ごとボリボリ噛み砕くと、又口いっぱいにご飯を詰め込む。
旺盛な食欲で、次々とテーブルの上の料理をきれいにしていく。
「おかわりっ。」
タカシが差し出したお茶碗を、呆れた顔で取り上げるとナツミはご飯をよそい、渡した。
「いつもよく食べるわねー。何杯め?」
喉に詰まったご飯をお茶で流し込むと、返事をする前にもう一口卵焼きを頬ばりながら、タカシは言った。
「三杯・・・め。」
そう言う間も惜しむかのように、又ご飯を詰め込んでいく。
やっと人心地ついたのか、箸を置いてお茶をゴクンと飲むと「フーッ」と息をついた。
「お早よう・・・。」
テーブルに頬杖をついてナ、ツミが微笑んで言った。
「お早よう。今日は早かったんだな。」
満足そうにお腹を擦りながらタカシが言うと、その後ろを、洗濯ものを持って通りかかった母がコツンと頭を叩いて言った。
「何言ってんのよ。早く支度しなさい。まったく毎朝ナッちゃんを待たせて・・・。」
「いてーナ・・・。」
文句を言いながら支度をするタカシを見て、クスッとナツミは笑った。
いつもの朝の出来事であった。
「いってきまーす。」
元気の良い二人の声が室内にこだますると、母はため息をついて微笑みながら見送った。
(あれから、もう五年か・・・。)
制服を着た二人のシルエットが遠ざかっていく。
ナツミの母が亡くなった時、小さな泣きじゃくる女の子を小さなタカシが慰めていた。
そんな光景がついこの間の事と思っていたのに、いつの間にか中学生に成長した二人を見て、感慨深い思いを抱くのであった。
初夏の朝の日差しが、庭の木々の間から無数の針のように漏れてくる。
白い洗濯ものが、ヒラヒラと舞っている。
母は最後の干しものを終えると、眩しそうに空を見上げた。
今日も良い天気、である。
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