いつかやりたい10のこと

 温かな木漏れ日は眠気を誘う。

 ブランは大きく口を開いてくわりとあくびをした。


「眠そうだね、ブラン」

『……うむ』


 隣に座っていたアルがくすくすと笑いながら優しく撫でてくる。その膝に置かれていた本のページが風に遊ばれた。


「あ」

『どこまで読んだのだ』


 軽い紙でできた本だったらしく、瞬く間にどこまで読んだか分からなくなる。アルは暫く沈黙して、諦めたようにため息をついた。パタンと本を閉じるので読書はやめるつもりらしい。


「今日はもういいや」

『ふーん……。そもそもなんでこんな森の中で読書なんてするのだ』

「だってここ居心地がいいんだもの」


 笑ったアルが本をバッグに仕舞うのを見つつため息をつく。


『お前は読書以外にしたいことはないのか?』


 アルは森に来ると、冒険者としての仕事をするか、読書をするかしかしていない気がする。ブランからするとあまりにつまらない生き方に見えた。


「したいこと、かぁ……」


 パチリと瞬いてブランを見たアルが、首を傾げつつ空を見上げた。

 ゆるりと撫でてくる手の下でブランは目を細めて身動ぎする。ちょうどいいところに膝があるので、のそりと起きて膝の上に寝転がった。頭上で空気を含んだ小さな笑い声がする。


「そうだなぁ」


 アルが途切れ途切れに語り出すのに耳を澄ませた。


「美味しいご飯を好きなだけ食べたい」

『うむ、我も旨いものは好きだ』

「満天の星空の下で眠りたい」

『開放感のある寝床もたまには良いな』

「好きに魔道具開発もしたい」

『……すればいいんじゃないか?』

「図鑑でしか見たことのない植物を採取したい」

『……やればいいだろう』


 アルが言うことがあまりに些細なこと過ぎて返答に困る。したいと言うなら今すぐすればいいのに。


「……旅に出たい」

『ん?』

「今の立場をぜーんぶ捨てて、自由に生きたい」


 ブランが見上げる前にアルが覆い被さってきた。表情は見えないが声が苦しそうだ。


「人と関わらずに生きていたい」

『……』

「誰も僕を知らない場所に行きたい」

『……』

「いろんな場所に行って、美味しいものを食べて、探索するの」


 疲れたような呟きを聞いてブランはため息をついた。アルは気づいていないようだが、酷く寂しげな口調で語っていた。全く、手のかかる人間だ。


『我が一緒に行ってやろう。お前がしたいことを共に』

「え……」

『我は随分長いことこの森に居たからな。久しぶりに遠出するのも悪くない』

「ブラン……」

『どこに行こうか。何をしようか』

「……ふふ、ブランが居てくれるなら、どこに行ってもきっと楽しいよ」


 アルが顔を上げた。幸せそうに綻んでいる。それを見てブランは尻尾をパタリと動かした。


「ブランとずっと一緒にいたいなぁ」


 叶わない望みであるように寂しげに呟かれる言葉を鼻で笑う。


『お前が望むなら我は共にいよう』


 この言葉はちゃんとアルに届いただろうか。

 ブランは嘘をつかない。アルが本心で望んだなら、いつだって旅に出ても構わないのだ。

 アルはまだ全てを捨てきれない。だから、アルの言葉は今はまだ夢想。でも、いつの日にか、もしかしたら。


 ブランは居心地の良い場所で目を伏せた。いつの日にか訪れる日々を楽しみに、今はただのんびりと静かな日常を過ごすだけ。うつらうつらと微睡みの中――――

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