肉を食え
我が暮らす森は昼夜で変わる。昼は人間を受容し恵みを与えるが、夜は拒絶し人を食う。
長い時をこの森で過ごしてきた我は、この森で起こることを見ずとも分かる。だから、アルがやって来たことにもすぐ気づいた。
「やあ、今日はブランの方からやって来てくれたんだね」
『……ここで何をしているのだ』
木の根もとに座り分厚い本を開いているアルに、呆れてため息をついた。
たとえ人間を受容する昼であろうとも、この辺りには魔物がよく出没するにもかかわらず、アルはのんびりした雰囲気だ。
「これ、薬草図鑑なんだけどね。たくさん珍しいのが載っているんだよ」
『草ではないか』
嬉々とした様子で差し出された図鑑をチラリと見て、すぐに興味を失った。
我は草は好かん。何故こんなものを見て楽しげなのか全く分からない。人間とは奇妙な生き物だ。
「これとか、怪我した時に噛むだけでも怪我の治りが早いはずだよ?」
『……我は怪我なんてせん』
まさかこの人間は我が怪我することを心配しているのだろうか。柔な生き物と違って、我が怪我することなんてそうそうないのに。
「そう? それならいいんだけど」
『一体いくつ本を読むつもりだ?』
アルの傍らにはいくつもの本が積み重なっていた。魔物の蔓延る森で、まさか読書三昧しようとする人間がいるなんて、アルに出会うまで思わなかった。
「ああ、今冒険者用の依頼を色々受けているんだけど、やっぱり貴族教育で学ばない知識が必要なことが多くって。本で得られる知識はとりあえず全部得てしまおうと思って借りてきたんだ」
『……馬鹿じゃないか?』
森で暮らす我でも知っている。普通の冒険者は依頼に関する知識しか調べてこない。前もって全般的な知識を得ようなんて、効率が悪いにも程があるだろう。
「えー、知らなかったことを知れるって楽しいよ?」
『分からん』
にこにこと楽しそうに図鑑を眺めだしたアルを暫し眺めてからその傍で身を伏せた。
「あ、料理の本も借りてきたんだ。後で何か作ってあげるね」
『なに? 料理だと?』
「うん。これなんか美味しそうじゃない?」
『なんだこれは?』
アルが差し出してきた本には、何かの絵と文字が書かれていた。我には人間の文字は読めん。だが、その料理の絵は美味しそうに見えた。
「角兎のハーブソテーだって」
『角兎か……』
角兎はあまり美味しい肉じゃない。ふむ。折角ならば――
『我が肉をとってきてやろう!』
「え……?」
『ここで待っておれ』
これまで食べてきて美味しかった肉を思い出しつつ森の奥へと駆けた。だいたい、アルは痩せすぎなのだ。冒険者とはもっと縦にも横にもでかいものだろう。もう少し肉をつけねば、我の尻尾の一振で弾き飛ばしてしまいそうだ。
『うむ。たらふく肉を食わせねば』
後ろからアルが何やら叫んでいたが、気にせず獲物へと走った。
『ドラゴンは食いでがあるが、流石に持ち運ぶのが難しいな』
ドラゴンではなくとも、解体が面倒な魔物を狩ってきて、ブランがアルに怒られるまで後少し。
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