君の名は

 いつものようにうつらうつらと微睡んでいた。この森に我を襲うものはいない。

 だが、最近はその微睡みが途切れることが増えてきた。


「あ、いた」

『――我に用か』

「ふふ、今日も寝ていたんだ? 君、寝るのが好きだね」

『――問いに答えよ』


 我の言うことなど気にせず隣に座る図々しい人間。面倒臭いが、片目を開けてじろりと睨んだ。


「なんとなくいるかなって思って探していただけだよ。依頼品は採取できたしね」

『なぜ我を探す?』

「これ、あげようと思って」


 人間が取り出したのは、茶色の固そうなものの上に果物を潰した様なものがのっている、甘い香りがするものだった。

 無意識に体を起こし、人間の横に座る。


『くれ』

「どーぞ」


 口に放りこまれたのは妙なる甘味。尻尾が揺れそうになるのをなんとか堪えた。


「よっぽど甘いものが好きなんだね」

『――ふん』


 笑う人間から視線を逸らす。


「僕はアルフォンス。アルって呼んで」

『人間の名なんぞ知らん』

「君の名前はなに?」


 我の唸りなんて意に介さない図太い神経の人間に問われて、遠い過去の記憶が呼び起こされた。


『――そんなものはない』

「え、そうなんだ」


 過去、微かに覚えがあるのは、母の声だけ。あれは我を呼んだことがあったのだろうか。


「うーん。……シロ、ハク、ホワイト、ヴァイス、ブラン、エウペ、プティー、アルブ」

『何を言っている?』


 突然呪文のようなものを唱え始めた人間から一歩離れた。気味が悪い。


「君の名前。どれがいいかと思って」

『何故お前が我に名付けようとしているのだ』

「だって、名前がないと不便でしょ?」

『不便など存在せん』

「そう? ……じゃあ、君のことプティーって呼ぶね」

『何故だ!?』


 なんとなく可愛らしい響きに、全身の毛が逆立つ。我がプティーだと?  この人間は何を言っているのだ。


「嫌? ……じゃあ、ブラン」

『――それでいい』


 人間に名付けられるなんて気に入らない。だが、なんとなく覚えがある気がする響きに、いつの間にか頷いていた。


「ブラン、僕、また会いに来ていい?」

『――勝手にしろ』


 この人間は忙しない。来たかと思えばすぐに去っていく。


「またね、ブラン」


 頭をくしゃくしゃ撫でられる。我の頭にこうも気軽に触れるのはこの人間だけだ。


『また甘味を持ってこい。――アル』

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