24
親愛なるティーゼへ――そうはじまる手紙を前にして、ティーゼはひどく緊張していた。
邪魔をしてはいけないと判断したのか、メイドは紅茶を用意した後で部屋から出て行ったので、部屋の中にはティーゼ一人きりだ。
結婚してからはじめて受け取る夫からの手紙に、ティーゼの手は汗ばんで、読む前だというのに心臓がうるさく騒ぎ出す。
なんだろう。いったいどういう心境の変化なのだろうか。ティーゼが手紙を出したから、返事をくれる気になったのだろうか。こんなに簡単に返事がもらえるなら、紙がもったいないとか貧乏なことを言わず、もっと早く手紙を書けばよかったかもしれない。
手紙はとても几帳面な字でつづられていた。ティーゼは大きく深呼吸をすると、覚悟を決めて、イアンからの手紙を読む。
そこには、アリスト伯爵家の領地経営の助言をしていること、そのためにティーゼの父や弟に会っていること、そして理由があってティーゼに会えないことと、決してティーゼを嫌っているわけではないことが丁寧につづられていた。そして最後に、「離れていても君を思っている」の一言で締めくくられている。
読み終わったティーゼは、どういう反応をしていいのかわからなくなって、手紙を握り締めたまま茫然としてしまった。
「……ええっと」
内容はわかった。理解もできる。別に難しいことは書かれていない。だが――
(会えない理由って何? 離れていても君を思うって……今更!?)
丁寧に書かれている手紙だが、ティーゼは戸惑いしか覚えなかった。手紙を信じるなら、イアンはティーゼのことを嫌ってはいないようだ。もし結婚してすぐにこの手紙をもらっていたならば、ティーゼは小さなときめきとともに、彼が会いに来られないことを受け入れることができたかもしれない。けれども、もう五年の時が過ぎている。ティーゼは離婚を決意して、そのために一歩を踏み出した後だ。
(わたしに、どうしろっていうの?)
ティーゼは考えなしとよく言われるけれど、この手紙を読んで「そっか、じゃあ仕方がなかったのね」と五年間を水に流せるほどお人よしではない。公爵家では自由を与えられていたし、ただ贅沢だけがしたい女性ならば政略結婚で結婚した夫が戻ってこなくても気にならないのかもしれないがーー、ティーゼは淋しかった。慣れない公爵家の生活を心細く感じていた時に、結婚したばかりの夫が一度も会いに来てくれないという現実を、幼かったティーゼは簡単に受け入れることはできなかったのだ。
理由があるなら結婚したその日に教えてほしかった。
ティーゼのことを少しでも気にかけてくれているのならば、せめて気にかけているということを人伝いでもいいから教えてほしかった。
毎年誕生日に贈られていた花束も、たった一言だけの「おめでとう」のメッセージカードも、理由さえわかっていれば受け取り方も違ったはずだ。
(今更こんなものをもらったって……!)
ティーゼはぐしゃりと手紙を握りつぶした。
手紙一つでティーゼの五年がなかったことになるわけではない。手紙をくれるなら、もっと早くに欲しかった。せめてティーゼが離婚を決意する前にほしかった。
手紙をくしゃくしゃに丸めてティーゼは、それを壁に向かって投げつけようとして、動きを止める。
……手紙を書かなかったのは、ティーゼも同じだ。
連絡を取る方法が全くないわけではないとわかっていたくせに、手紙を出さなかったのはティーゼも同じなのだ。
ティーゼはくしゃくしゃに丸めた手紙を広げて、しわしわになった手紙に視線を落とす。
ティーゼに会えない「理由」。せめてそれだけでも知りたい。
ティーゼは手紙を持ってライティングデスクへ向かうと、引き出しから新しいレターセットを取り出した。
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