23

 サーヴァン男爵家に戻ったティーゼは、冷えた体を温めるために湯に入ることにした。


 有能なサーヴァン男爵家の使用人たちはすでに風呂の準備を整えてくれていて、ティーゼは借りている部屋の浴室に入ると、ローズの香りのシャボンが浮かぶ浴槽に入って、ふーっと息を吐き出す。


 返す返す、ティーゼのせいで散々な一日になってしまった。猛省だ。


(でも……、男爵の顔、赤くならなかったわよね?)


 川に落ちたティーゼを助けたときから帰宅するときまで、サーヴァン男爵の顔は赤くならなかった。どうして赤くならなかったのだろう。


 ティーゼはシャボンを両手にすくって、ふっと息を吐く。


(赤面症、治りはじめたのかしら?)


 何がきっかけなのかはわからないが、赤くならなかったのだから、治りはじめていると考えていいのではないだろうか。


(いい兆候よね? こういうのを、災い転じてなんとやらって言うのかしら?)


 こういう考え方をするから「考えなしだ」と言われるのに、ティーゼは自分に失態を都合よく解釈して、ふふふと笑う。


(この勢いで赤面症が治れば、給金十倍!)


 反省はどこへやら、ティーゼはすっかり気分がよくなって、ふんふんと鼻歌を歌う。


 そして上機嫌で風呂から上がってティーゼは、サーヴァン男爵から言われて部屋で温かいお茶を用意してくれていたメイドから「お手紙ですよ」と言われて首を傾げた。


「手紙?」


 誰からだろうか。ハーノルドは筆不精なので手紙を書くとは思えないし、貧乏生活ですっかりケチになった母もティーゼと同じく「紙がもったいない」と言って手紙などはかかない。残るは父だがーーうん、娘に手紙を書くような人ではないので、これもない。


 首をひねりながら手紙をひっくり返したティーゼは、あまりに驚いてあんぐりと口を開けた。


「え……なんで?」


 思わず疑問が口をついて出る。


 なぜなら手紙の裏に書かれていた差出人は、結婚して五年もの間ティーゼを放置し続けた、夫、イアン・ノーティック公爵だったからだ。

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