11

 イアンは自分の血がさーっと音を立てて引いていくのを感じた。


 ティーゼに早く会いたいと、急いで仕事を片付けたイアンが、彼女への手土産に甘いものでも買って帰ろうかと焼き菓子屋に入ろうとした時のことである。


 二軒隣のカフェの窓際に、美しい赤銅色の髪をした女性を見つけて、イアンはぴたりと足を止めた。見間違うはずもない、ティーゼである。


 こんなところでティーゼは何をしているのだろうか。


 気になったイアンがそっとティーゼを伺うと、愛しの妻の目の前には、収穫前の小麦のような色の髪をしたとこが座っていた。若い男である。イアンよりも若い。


(……誰だ?)


 ティーゼとその男の様子を見る限り、初対面ではないだろうと思われた。初対面の割には二人の間に流れる空気は親密そうで、せわしなく動く口元を見る限り、会話も弾んでいるようだ。


 もやっとしたものが胸の中に広がって、イアンは気づけばティーゼの入るカフェに足を向けていた。


 二人から離れたところの席に座って、じっと様子を観察する。


 声は聞こえないが、ティーゼは熱心に何かを語っていた。相手の男は気のない素振りで、「はいはい」と相槌を打っている。あの様子だと、恋人同士手はなさそうだ。当然である。ティーゼにはイアンという夫がいるのだ。彼女はそんな軽薄な女性ではない。


 ティーゼが浮気などするはずはないと、わかっていても不安になるのは、人間の性だろうか。


(あの男は誰だろう。どこかで見たことがある気がするのだが……)


 ティーゼと結婚してから、イアンはほとんどパーティーには参加していない。参加しても、断り切れないものばかりで、それも、パートナーを伴わずに出席できるようなものばかりだ。そのため、親しい付き合いをしていない貴族の顔と名前はすぐに思い出せなくなっていた。見たことがあると感じたのならば、きっとどこかのパーティーで会っているはずなのだが、誰だろうか。


 ティーゼの交友関係もそれほど広くなかったはずだから、彼女が昔から付き合いのある相手を探ればすぐにわかるかもしれない。だが、それはまるで浮気調査のような気もして、後ろめたかった。


 せめて会話の一部でも聞こえれば安心できるかもしれないのに、二人は人目をはばかるような内容の話をしているのか、内緒話のような小さな声で話しているから、断片すら聞こえてこなかった。


 もやもやする。


 イアンだって、赤面症さえ克服できれば、ああしてティーゼと楽しくお茶をすることだってできていたはずなのに。


 チリチリと焦げるような嫉妬を感じながら、イアンはティーゼたちが席を立つその瞬間まで、じーっと二人を見つめ続けたのだった。

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