第38話 『再』迷宮主との激闘



 強い憎悪を抱いていた。

 なぜかというとせっかく目の前に獲物を捕まえたのに、あの小娘の魔法ですべてが台無しになったからだ。


 あれは、体が痺れるような痛みだった。魔法耐性をつけていたはずが、当たってしまった。だが、痛みは久しぶりでいい刺激になった。死ぬもしれないというハラハラが、昔のことを思い出させる。


「######……」


 体に、獲物の体の一部が張り付いていることはわかっている。そして、それを辿って私のところに向かっている人間がいるということも。

 ならばどうするのか?

 魔物を送って殺させるのもいいが、それではこの強い憎悪は一生消えることはない。


 待つ。あの憎い人間たちが、のうのうと現れるのを待ってやる。いつでも戦う準備はできている。今度はさっきみたいなヘマはしない。

 そして、容赦もしない。



  *



 ロンベルトくんが寝て数時間後。あれからみんなで意見交換をしてある程度の作戦会議が終わった。そして私たちは、戦いに必要なものを揃えそれが一時間ほど。かなりの時間を費やしてスライムとの戦いに万全な形になった。


あとするべきことは一つ。


「起こすわよ?」


 さっきからいびきをかきながら、爆睡しているロンベルトくんのことを起こすことだ。

 一応、みんなに聞いた。

 まぁだけど、そもそもここから出るためにはロンベルトくんの許可のようなものがないと出られないから聞かなくても起こしているけど。

 

「おう」


 私の気まぐれに、大きなカバンわ3つも持っているロットが返事をした。この中で一番大荷物なのに、なんの苦言を吐かない。さすがAランクパーティーのリーダーだけある。


 一方ザイラはこれからの戦いに備えて、精神統一をしている。返事はなかったけどその様子を見て、察した。これは、死ぬ覚悟で戦うときの彼なりの儀式。


「ねぇ。作戦会議終わったわよ?」


「……じゃあ、作戦は……?」


 肩を思いっきり揺らすと、ロンベルトは目をかきながら寝言のように聞いてきた。やっぱり、爆睡していただけある。まだ意識が完全に覚醒していない。

 こんな状態のロンベルトくんに話しても、忘れて二度寝しそう。ま、いっか。話している途中で、意識が覚醒すると思うし。


「作戦は最初あなたが言っていたものと変わらないわ。私たちが、スライムのことを弱らせてそのうちにあなたが吸収する」


「行くかぁ……」


 作戦を伝え終えると、ロンベルトくんはフラフラとしながら立ち上がった。

 眠たそうだけど、やる気はあるみたいだ。そんなロンベルトくんには申し訳ないけど、体を止めた。ロンベルトくんはなぜ止まっているのかと、不思議そうな顔をしている。

 私はそんなロンベルトくんの目の前に立ち、これで意識が覚醒すると思い口を開いた。


「あなたは来なくていいわ」


 言葉に、目の前の眠そうなうっすらと開いている目がどんどん見開いていき……。


「…………? それってどういうこと?? 俺がいかないとスライムのことを吸収できないじゃないか」


 いつもの調子に戻った。

 完全に意識が覚醒したようだ。

 首を傾げながら聞いてきた。

 まぁ、急に来なくていいなんて言われたら困惑するのも無理ないか。さすがに眠気覚ましだとしても要点が掴めていないので強引だったかもしれない。


「えっとね……。私たちと一緒に出たら、余計に体力を使うことにかると思うから私が「今!」って合図したらここから出てきてほしいの」


「なるほど。なるほど……。そっちのほうが確実にスライムのことを倒せるっていうわけか」


「えぇ……。ロンベルトくんは、スライムに一矢報いたいと思うけどここは納得してくれるかな……?」


 私の言葉を聞いたロンベルトくんは、腕を組んで黙り込んでしまった。やっぱり、スライムのことを倒しにいくんだと誘ったのに戦いに参加させて貰えないというのは納得してくれないのだろうか。もしそうだったら、作戦を練り直さないといけない。


「わかった……。じゃあ、頑張ってこいよ」 

 

 予想とは裏腹に温かい笑顔とともに言ってきた。

 その笑顔が逆に、怒っているようにも捉えられるので理解はしてくれたけど納得はしてもらえているかはわからない。


 そうしてロンベルトくんを除いた私たちは、覚悟を決めスキルの中から出ていった。



  *



「なぁ……やっぱり、一緒に戦うと思ってたのに吸収だけしろなんて言われたから特に顔には出てなかったけど怒ってたんじゃないか?」


 ロンベルトくんのスキルの中から出たロットくんは、目の前にあるものを遠目で見ながら聞いてきた。 

 

 あるのは、緑色のぷにぷにしてそうな物体。そしてその周りにはベビードラゴンのような形をした魔物。早い話、私たちはなんの説明もなくスライムがいる場所に出された。


「いえ……。私たちが、移動先を指定しなかったのが悪いわよ」


 怒っていたかはさておき、指定していなかった。多分ロンベルトくんは私たちがやる気に満ち溢れていたから、気を使ってここに移動させてくれたんだと思う。いや、怒ってここに移動させたとかは考えたくない。


「はっはっはった!! そんなこと俺様にとっては小さなことだッ!! おいライラ! もう戦ってもいいんだよな??」


 ザイラは餌を待っている犬のように、落ち着きがない。


「えぇ……。あなたはスライムには挑んじゃいけないかと、ほかの雑魚は蹴散らしなさい」


「俺様に命令するなぁああああ!!」


 ザイラは指から鋭い爪を出して、魔物の群れの中に突っ込んでいった。


 言っちゃなんだけど、スライムにはかなわない。なので作戦を始める前に、スライムの周りにいる雑魚を蹴散らす役目になっている。いつもは全然役に立っていないあの凶暴性が今回は役に立った。


「ザイラって、自分勝手で本能に素直だけど強いから何も言えないよな……」


「えぇ……まぁ、勝てばいいのよ。勝てば」


 そう。勝てばいい。

 結局戦いってのは、最後に生きて雄叫びを上げたほうが勝者になる。私は一度も雄叫びなんて上げたことないんだけど。


「ははは……まぁそうなんだけどな。って、ここで雑談なんかしてる暇ないか。じゃ、あいつの背中に隠れて戦いにいっくてくわ」


「頑張って」


「は〜い。凡人なりに、死なない程度に頑張ってくるわ。お前も死ぬなよぉ〜」


 私の言葉を聞いたロットはそう言って、重たそうなバックを背負い直し、奥で魔物を投げ飛ばしたり引き裂いているザイラの方に走っていった。


 ちなみにバックの中には私がが入っている。付与したのは、ティラがスライムのことを攻撃した魔法……とは流石にいかないけど、静電気より少し強いものを付与しておいた。扱いを間違えると、ロットが骨になるかもしれないけどそこは大丈夫だと思う。


 そもそもなぜ、そんな危険なものを渡したのかというと彼の投擲技術をいかしてのこと。本人は、別に投擲がうまいわけではないと言っていたけど私はその投擲で、一度スライムの攻撃から救われたことがある。



「わ、私も行って来ていいですか!?」


 私はロットの背中を見て、希望を感じているとティラが申し訳無さそうにして聞いてきた。


 別に、そんなこと言わなくても行っていいんだけどな……。まぁ私は今ここのリーダー的存在だから仕方ないか。


「作戦会議のときに何度も言ったけど、この戦いはあなた次第で変わってくるのよ」


「は、は、は、はぁ〜……いっ!」


 ティラはカチカチに固まった体をなんとか動かして、敬礼のポーズを取ってきた。


「あっいや……」


 別に私は、圧をかけたかったわけじゃないんだよな……。


「そんなに気張らなくても大丈夫よ。まぁ、この作戦はあなた次第って言うのは嘘じゃないけど作戦は作戦。その時の流れで変わるものなの。だから、臨機応変にね」


「りょ、了解でしゅ!!」


 ティラの体の力は抜けたんだけど、噛み噛みの言葉を聞くと不安になる。

 私はティラになんかもう一回声をかけようとしたが、すたこらさっさと魔法を打つために移動してしまった。


「本当に、わかってるのかな……」


 不安だ。あんなに緊張しているのに、魔法なんて放てるのか? 魔法は、緊張するとそれ相応に威力が落ちると言われている。ティラの魔法の威力がなかったら、私たちはお手上げになっちゃう。


「って、私もちゃんとしなきゃ」


 他人の心配ばかりしている暇はない。

 ほっぺを叩いて気合を入れ直す。


「##########!!!!」


 スライムの咆哮が聞こえてきた。

 声こそ出さなかったけど、その場に飛び上がっちゃったのはここだけの秘密。


「えっとえっと……爆破、爆破、爆破」


 戦いに必要な付与魔法を自分の手足にかけていく。これをスキルの中でしなかったのは、間違えたらそこで爆破しちゃうかもしれないから。


「ふぅ〜……」


 一通り付与が完成したので、ザイラたちのことを見る。


「おぉ〜らオラオラオラッ!! ひゃっひゃっひゃっ!! お前らは俺様の気分転換の糧となれ!!」


 ザイラはここまで聞こえる大声を発しながら、ベビードラゴンらしき魔物を次々と魔石にしていっている。あの魔物、準Sランクなのに一瞬で倒されていってる。それほど、ザイラのイライラが溜まっていたんだろう。あのとき、口出ししなくてよかった。


「とりゃ! そりゃ! そりゃ!!」


 ロットは私が渡した付与された魔石をスライムの体に投げつけている。魔石はそこまで早くないけど、すべてスライムの体に当って魔法が当たっている。そして当たっている、スライムの表面が少しえぐれているのが見える。やはり、ティラの魔法が効くというのは正解だった。これだと作戦が破綻することはなくなった。


「………ぅ……………だから……」


 後ろにいるティラは、なにか小声で自分に言い聞かせている。両手に大事そうに魔法を打つために杖を持っているので、戦おうとは思っているようだ。


 うぅ〜ん……やっぱり少し不安。

 だけど、ずっとそんなことを言っているわけにもいかない。なぜならザイラとロットが身をていして今もなお、スライムの残党やスライムの攻撃から守ってくれているからだ。さすがに、ティラの心が落ち着くまで待つことはできない。


「みんな! 作戦開始ッ!!」


「おう!」

「わかった!」

「は、はいっ!」


 三人は同時に返事をして、腰を低くした。

 最初にスライムに立ち向かったのはザイラ。

 周りにいたベビードラゴンを左腕で一掃し、自身の利き腕である右腕の指先に爪を集中的に出してスライムに飛びかかる。


「まずは俺様だ!! 跳ね返されたのは忘れてねぇぞ!! 豪腕ごうわんッ!!」


「!!!!3!!?!)@???3(!?!!!」


 ザイラの渾身の攻撃にスライムの体は、弾き散った。原型がなくなり、爆発するように四方八方飛んでいった。

 豪腕ごうわん。それは、ザイラの必殺技とも言いえる攻撃。その攻撃をする一瞬だけ、この世の生物の中で一番の力を得ることができる。だが痛いのは、かなりの生命力を消費するということ。


 この技を使うということは、ザイラの本気度が伝わってくる。


「######……」


 スライムはあの豪腕をくらい、体の原型がなくなったにもかかわらず飛び散った緑色の物体が少しづつ元の場所に戻り体を修復し始めた。

 やはり、これじゃあ倒すことはできない。


「そんな無防備になったら、いい的だぜ! くらえくらえくらえ!!」


 ロットは、スライムの出来上がりつつある体の中に埋め込むように投げた。


「!!???!??!!!!3:@!!!!」


 魔法が発動し、スライムの体はピクピクと動きながら修復するのが止まった。

 やっぱりこれが正解のようだ。


「そして私の爆破の連撃!! とかいうやつ!!」


 私は追い打ちをかけるため、まだスライムの体の中に入っているめがけて殴りつける。拳がスライムの体に当たると、爆発が起きる。ちなみに私の体にはを付与しているので直接的なダメージはない。


「#########5###??!?#!」


 スライ厶はたしかに、息悶ている。

 ウニョウニョとその体を動かして、どうにか生きようとしている。


 そんなことさせるか。

 私は、スライムのことを体全体でつかみ抑え込む。ロットの投げている魔石が私の体に当たっている気がするけどそんなこと知ったことか。

 それもこれもすべて、最後のトドメを確実にするためのもの。


「ティラッ!!」


「は、はいっ! イカズチ!!」


「#?#!?#!?###1!!?!!!!」


 ティラの魔法はうまくスライムに当たった。ついでに私にも。緊張で、魔法の威力が落ちると思っていたけどこの前見たときより威力が上がってる気がする。


 って、感心している暇なんてない!


「ロンベルト! 今よ!!」


ダーク


 地面から出てきたのは、黒い物体。

 具現化したもののようだった。これを、ロンベルトくんのスキルだとわからなかったら逆にこっちの方が厄介な魔物だと勘違いしちゃいそう。


「――死ね」


 スライムは抵抗なんてできるはずもなく、ロンベルトくんのスキルによってすべて覆い隠されてなくなった。そして、徐々にロンベルトくんの体は元に戻っていきスライムがいた場所に仁王立ちしていた。


 私の場所からは、後ろ姿しか見えないので今どんな顔をしているのかわからない。

 ともかくすべてうまくいった。私はその事実に心が舞い上がり、ロンベルトくんに抱きつこうとしたが、


「――っは」


 突然顔から地面に倒れ込んでしまった。


「ロンベルトくん!?」


 私は慌てて駆けつける。

 そして、体力がなくなっちゃったのかと思い顔を上に向けようとしたが……。


「うそ……」


 ロンベルトくんの胸が上下しておらず、充血した目は開いたままで瞬き一つしていなかった。

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