第35話 明日食う飯がうまくない
「はぁはぁ……これで一体、何体倒したんだ……?」
俺は、壁に手をついて呟いた。
なぜ壁に手をついているのかというと、体のそこらじゅうがきしむように痛いからだ。
まさか、こんなものがスキルを使いすぎるとでる代償なのだろうか。ここまでスキルを使ったことがなかったのでわからない。
「さすが迷宮の深部ですね……。少し移動するだけで、こんなにわんさか湧いてくるなんて……」
ティラは、額の汗を拭いながら言った。見るにどうやら、あまり疲れていないようだ。さすが魔法使い。こういう窮地を何度もくぐり抜けてきたのだろう。言葉こそ良くないが、顔は生きている。
「……これは予想できなかった」
正直、俺は迷宮の深部だと言ってもそこまで変わらないと思っていた。こんなことになるんなら、もっと迷宮のことを調べてから来ればよかったと後悔する。だが、そんなことしていても仕方ない。
俺は、息を整えて再びスライムがいる方向に向かって足を進める。
ティラもそれに続いて後ろをついてきている。
「あの、気になってたんですが進んでる道ってスライムがいる場所を目指しているんですよね?」
ティラは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
そうか。まだ言ってなかったな。
スライムがいる場所を目指していないんなら、まさか俺が自殺にでも行っているのだと思っているのだろうか?
「あぁ。一応だが、俺がスライムに掴まったときにスキルの一部を体に引っ付けておいた。だから、進んでる道は間違いない」
「なるほど……。それなら、魔物が多くなってきているのも納得です」
ティラはこくこくと小刻みに首を縦に振って納得した。この子の動作は、小動物みたいで可愛らしい。頭を撫でたくなっちゃう。だけど、こんな場所で頭を撫でたときには変人になってしまう。
ならどうするか……? よし。みんな無事ですべて終わったら、どさくさに紛れて撫でよう。うん。それなら、なんとも思われないだろう。
「このままだと、スライムのところにたどり着く前にこっちの体力がついちゃうかもしれないな……」
俺は心のなかで変な目標を立てたのだが、こんなフラフラな状態でそれを完遂できる自身がない。
この状態でスライムに挑んだときには、本物の自殺志願者になってしまう。なのでいいタイミングで、俺のスキルの中に入って一度休みたいところなのだが……。
「――だ!」
突然、後ろから男の声が聞こえてきた。
反射的に振り返って、真っ暗な洞窟の中を見る。もちろん何もいない。だが、確かに聞こえた。隣を見ると、ティラも同じ方向を見ている。
「今、人の声が聞こえなかったか?」
「はい……聞こえました。それも聞き覚えのある声です」
ティラの声は、どこか気が抜けた声だった。
まぁ、気が抜けるのもわかる。だって、ふたりとも聞き間違いじゃない限りあの男の声は……。
「ベョララララ!!」
完全に気が抜けていると、突然襲いかかるように目の前にヘビのような魔物が現れた!
「やばっ!?」
俺は慌ててスキルを使おうとするが、もう目の前に魔物の顔があるので間に合わない。魔物が近くにいるのので、ティラの魔法を放ったら俺も巻き沿いになる。
こんなところで……。
俺は攻撃手段がないことを察し、あきらめた。
聞き覚えのある声が聞こえたからと言って、無防備に暗闇を眺めていたあのときの俺を殴り倒したい。
俺は血が出ているところを見たくないので、目をつむろうとしたのだが……。
「オラァ!! 俺様が助けに来てやったぞ!!」
怒声とともにきた謎の物体が、目の前の魔物を粉砕した。そしてまたたく間に魔物は、魔石へと変わりそれは地面に落ちる。
地面に落ちた魔石を見てその時ようやく、誰かが助けてくれたのだと気づく。そして、助けてくれた物体のほうに目を向けるとそこには……。
「ザイラ……」
ザイラは奥にいる魔物に向かって「おらおらおらおらぁ!! 俺様のお通りじゃぁ!!」と言いながら、腕を振り回している。ザイラは俺のことなんて見向きもしないで、奥にいる魔物を蹴散らしている。見間違いではないらしい。
「おいおい……何一人だけかっこいい登場してんだよ。あっ、俺とライラも助けに来たぞ。大丈夫か?」
そう言って目の前に来たのは……。
「ロット……ライラ……」
ここには3人いる。だけどサリィとボロダインと、リロの姿は見えない。もしかして、深部に落ちていった俺たちのことを心配になって応援を呼びに行ったのだろうか。ここにいないのなら、そういうことになる。
「ロットさん……?」
そんなことを考えていると、ティラが俺の背中からひょっこりと顔を出して信じられないものを見る目で問いかけた。
そんな顔になるのも無理ない。正直俺も、このまま助けなんて来ないで二人だと思っていたから。
「おっ!? ティラ! 無事だったか。よかった。本当によかった……」
ロットはティラの顔を見て安心したのか、肩から力が抜けて膝から崩れて落ちた。そして両手をティラの肩において、喜んでいる。
ティラはその様子を見て、瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。
お互い心から再会を喜んでいるようだ。
うん。俺は特に何もしてないけど、二人が喜んでいるところを見れてよかった。もう、会えなくなるかもしれなかったからな。
「ねぇちょっと! 感動の再会をするのもいいのだけど、早く上に戻らない?? 一応片足だけど、全員の戻る分の付与魔法は完成しているんだけど!」
ライラはそうこの場所を嫌そうに見渡しながらそう言ってきた。付与魔法か……。ここまでこの三人が、なんの怪我もしないで降りてこられたのはそれのおかげか……。すごいな付与魔法って。まぁ、付与魔法に感心している暇はない。
「いや、俺はここに落ちてきたスライムを倒すまで上には戻らない」
「え!? あんな化け物を倒しに行くの!?」
ライラは明らかに嫌そうな顔をしながら聞いてきた。まぁ、一度殺されかけたやつにまた挑みに行くなんて正気だと思えないだろう。もし俺がライラの立場だったら、無理矢理にでも説得して行かせないと思う。
「あぁ……。俺たちはここに迷宮を攻略するために来ているんだ。あれがいる限り、攻略なんてできないだろ?」
「まぁ、そんなんだけど……」
どうやらライラは俺の言っていることは理解できているようだ。だが、なんの勝算もないのに挑むなんておかしいと思っているんだろう。納得はできていないようだ。
俺がどうにかして納得させようと思っていると、ロットの口が開かれた。
「俺たちは腐っても冒険者。ここで足がすくんだら明日食う飯がうまくない。ライラ、俺はロンベルトと一緒にスライムを倒しに行くぜ?」
あの、バカなロットがまともなことを言っている。そんなこともあり、なぜかみんな口を閉ざして顔を見合っている。ロットはどこか誇らしげな顔で、ライラは眉を寄せて考えてこんでいる。そして、ティラはどうしていいのかわからなくなったのか再びおらの背中の後ろに隠れてしまった。
おいロット。この空気どうしてくれるんだよ。
俺はなんとかして、空気を変えようと考えていると後ろからティラが体をカチカチと緊張しているのか、ぎこちなく歩きながら俺の前に来た。急にどうしたんだ?
「わ、私も行きますっ!」
ティラはこの空気を変えようとしたのか、大きな声でそう宣言してきた。うん。俺はもともと知ってるから、行くのを渋っているライラの方を向いたほうがいいと思うんだけど。
「私だけ行かないなんて言ったら、ノリが悪いやつみたいになるじゃないこれ……」
ライラは、ティラの言葉を聞いてため息をつきながら呟いた。これって、来てくれるっていうことなのかな?
「来るのか?」
「はい。行きます。行きますとも……だけどもし、ザイラが行かないって言ったら私も行かないわよ。あんまり言いたくないけど、正直あなた達だけでは勝てないと思うからザイラに委ねるけどいいわね?」
「それで構わない」
たしかに自分自身でも、勝算がうすいことなんてわかっている。なので、ザイラが加わると俺も色んな意味で安心するので来てほしい。もし来なかったら、ライラも来ないことになるのでロットとティラと俺だけで挑みに行くことになる。
もともとはティラと俺だけで挑みに行き予想通りだと、勝算があるのでそこまで変わらない。
「ザ〜イラッ!!」
ライラはいつの間にか、ザイラがいる場所に移動していた。俺の見間違いじゃない限り、一瞬で移動した。もしかして今のが付与魔法の一種なんじゃないか? 足に付与して、移動速度を上げるとか……。
すごい! もしその予想が本当だったら、スライムとの戦いかたが大きく変わる。
「なんだぁ〜!! いま俺様は、魔物を倒してる最中なんだけど!! まさかお前、奪う気か!?」
「いえ。もうそんなことしないわよ。それより、ロンベルトくんたちがこれからスライムを倒しに行くらしいんだけどあなたも行く?」
「なんだって!? そんなの、行くに決まっているだろぉおおおお!!」
ザイラはそう言って、奥にいる魔物をなぎ倒していった。
ここからザイラがいる場所は結構距離あると思うんだけど……結構声でかかったんだな。
「らしいわ」
そう言ってライラは何食わぬ顔で、元いた場所に戻ってきた。うん、なんでなんでそんなに平然としているんだ? いや、ライラにとってこれくらい当たり前だから平然とするのも当たり前か。
「そいか……なら、一度休憩もかねて作戦会議を開かないといけないな」
この三人が加わるとなると、当初考えていた戦い方では戦えない。さっき見たライラの付与魔法も戦闘の中に組み込みたいからな。
「ここにそんな安全な場所があるのか?」
ライラは疑問そうに顔を歪ませながら、今もなお魔物を倒し続けているザイラのことを見て聞いてきた。まぁ、たしかに迷宮の深部に安全なところがあるのかと聞かれるとないと答える。だが、それは迷宮の深部だとだ。
「あぁ……あるにはある。みんな、とりあえず俺の体に掴まってくれないか?」
「えっと……それって、安全な場所に行くために必要なことなのか?」
ロットが俺から距離を取って聞いてきた。
まさかこいつ俺のことを、色んな人に体を触って欲しい変人かなにかだと勘違いしているんじゃないか? いや、しているんじゃないか。じゃなくて、完全にしてるな。どこか少しづつ体が後ろに行ってるもん。
「必要だ」
「あっそ、そう。そうかそうか……。じゃあ、これでいい……のか?」
ロットは無理矢理自分のことを納得させ、遠慮しているのか
俺服にに掴まってきた。そしてロットに続いて、ティラとライラも俺の体に掴まってきた。
「あとは、ザイラだけなんだけど……」
ザイラがいる方を見ると、まだ魔物を倒している。
あいつ、一体どれだけ魔物を倒したら気が済むんだ……?
「ザイラッ!! 後で魔物なんていくらでも倒せるし、今は無視して何も考えずに俺の体に掴まってくれ!!」
俺は、遠くにいるザイラに聞こえるように大声で呼んだ。すると、
「こへでいいのか?」
ザイラは一瞬にして俺の目の前に来て、肩を掴んできた。まさかこれも付与魔法……? そう思っていたのだが、ザイラの足を見ても何も変わっていない。あるとしたら、獣人特有のゴツくて筋肉質の足。まさか、今の速さはもともと自分が持っているものなのか? そうだったら、俺はザイラのことをかなり見誤っていることになる。
まぁ、今はそんなこといい。
「完璧だ」
俺はそう言って、みんなのことを連れて闇のなかに入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます