第13話 四条桜の足跡



 私が魔術師を志したのは、つーちゃんのためだ。



 幼い頃の朧げな記憶を掘り起こすと、そこにはどこをとってもつーちゃんが居た。


 家が隣同士で家族ぐるみの付き合いだったのもあるけれど、それ以上に私が引っ込み思案でろくに友達が居なかったから、というのが正直なところだ。


 彼女は、穏やかな性格とその可愛いさでいつもたくさんの友達に囲まれていた。

 けれど、そんな中でもだいぶ私のことを気にかけてくれていていつも学校の帰りは2人だけだった。


 今にして思えば、2人で夕暮れの中、少し距離のある通学路を寄り道しながら帰るあの時間が私にとっての原点なのかもしれない。


 学校では私が割って入る余地なんて無かったからいつも彼女たちを遠巻きに見ていた。その笑顔は、私と居るときとなんら代わらない屈託のない笑顔だった。


 それが少しだけ、嫌だった。




 中学に上がると、学区が広いこともあって一気に周りの人間が増えた。それに比例するかのように少し大人びたつーちゃんの人気もまた今までより高く、いつだって彼女の隣には誰かが居た。

 今までずっと一緒だったクラスも、とうとう離れてしまう。そんなとき。


「わたし、吹奏楽部に入ろうと思うの」


 入学して間もない時分に、ふと告げられた。

 いいんじゃない、と返す私の顔はちゃんと笑えていただろうか。


 もしかしたら、それが彼女なりの気を使った誘いだったのかもしれない。


 結局私は、音楽室へ向かう彼女を送り出した。

 

 もしかしたら、気が変わって帰宅部として私を迎えにきてくれるかもしれない、なんて希望は、部活に励む彼女を見て消え失せた。帰りも部活仲間と一緒に帰るようになってしまった。


 彼女の周りにはきらきらした人が大勢居て、どうしようもない私はその中の一員にすらなれないのか。


 私はただ、つーちゃんにそばにいて欲しいだけなのに。昔みたいに2人で笑えればそれ以外はどうだっていいのに。


 それ以降しばらく、学校に行く気にもなれなかった。そんな中、つーちゃんは休んだ分のプリントを届けに来てくれた。


「なんかこうやって話すのは久しぶりだね」


 昔から変わらない屈託のない笑顔。

 大好きだったはずのそれに無性に腹が立った。

 きっと、私の悩んでることなんてこれっぽっちも想像つかないんだろうなあと思うと悲しみの感情すら湧いてくるほどだった。


「……帰ってよ」


 心にもない言葉。ほんとはただただ一緒に居たいだけなのに。私の言葉なんて無視して、彼女自身の意思で私を抱きとめてくれることを望んでるんだ。

 

「ご、ごめんね。体調悪いもんね」


 焦った彼女は手早くプリントだけ渡して帰ってしまった。残されたのは暗い玄関に1人佇む私だけ。

 

 膝から崩れ落ちる。嗚咽が止まらない。


 私がつーちゃんのことを理解するから、つーちゃんには私のことを全部わかってて欲しい。

 

そんな私の想いはわがままだったのだろうか?




 ひとしきり泣いた後に、決意をした。

 もはや待ちの姿勢では望みは叶わないらしい。


 つーちゃんが求めてくれる人間になろう。

 そのとき被った仮面は、現在に至るまで外していない。


 それからは「明るくて頼りになる人」を目指すのになりふり構っていなかった。

 つーちゃんがいつだかカッコいいって言ってたバスケも始めたし、勉強も死に物狂いで頑張った。


 性格を偽るのは案外簡単にできた。

 やろうとも思わなかっただけで、私は元来器用なのだ。前までは話しかけて来なかった癖に、ちょっと良い人を演じたら沢山友だちらしきものができた。

 正直精神的にしんどいところはあったけど、つーちゃんのことを思えば頑張れた。


 わざわざ根を回して、つーちゃんのクラスに友達を作って遊びに行ったし、彼女にバスケの大会で活躍する私を見に来てもらったりした。


「なんだか人が変わったみたい」


 不思議そうな顔で私を見つめるつーちゃん。


「今の私は嫌い?」


「そんなことないよ、かっこいいなって思う」


 私は何も間違っていなかった。

 遠くで見ているしかなかった小学校の頃の私は愚かだった。欲しいものが有れば、何を犠牲にしてでも取りに行くべきだったんだ。




 その頃になると、もはや手段と目的が逆転して、とにかく何が何でも1番を目指すようになっていた。


「えっ、さーちゃんまた模試1位だったの?!」


「いやぁ勉強した甲斐があったよ」


「バスケも上手だし、勉強もできるしで非の打ち所がないね」


「てれてれ」


 強迫観念に近いものだったと思う。

 1番を獲ってつーちゃんの気を引き続きけないと、また前みたいに2人が離れてしまう。

 私の頑張りこそが、2人を繋ぐ唯一の鎖だと信じて疑わなかった。


 バスケに関しても、うちの学校はあまり強豪校とは言い難かったので、県でも特に強いと言われてた先輩のところまで出向いて教えを乞うていた。


 自分でも無茶なお願いとはわかっていたけど、彼女は一言、貪欲だね、と笑って休日は付きっきりで教えてくれた。


 すごく充実した時間だった。

 つーちゃんとはもう部活以外ではずっと一緒に居たし、先輩の教えもあって最初はつーちゃんへのアピールに過ぎなかったバスケも結構好きになってきた。





 そんな私にとって転機となったのは、ひとりの「天才」に出会ってしまったことかもしれない。

 その少女は同じ学校の1個下の後輩だった。


 彼女は私には無いもの、私が苦労して手に入れたものを全て簡単に手に入れて見せた。

 勉強もバスケも、学年の差なんて無かったかのように私よりもいい結果を出すのが当たり前だった。


 何よりも辛かったのはその中にはつーちゃんも含まれていたことだ。私の知らないところで2人は仲良くなっていたらしく、一緒に出かけたりと随分楽しそうだった。


 結局、つーちゃんのためというだけで保ってきた1番へのモチベーションは、嫌というくらいに刺激されたコンプレックスによって絶えてしまった。


 アイデンティティとつーちゃんを一気に失った私にできることは、取り繕った仮面を被り続けることだけだった。




 ある時、家に来ていたつーちゃんがおずおずとパンフレットを見せてくれた。表紙には「第1魔術科学校」と書いてある。


「実は……ここ受けようと思ってて」


 そう語る彼女はとても恥ずかしそうだったけどそれ以上に期待とわくわくの入り混じった顔をしていた。彼女の瞳が私の顔を捉えて揺れている。


 今度はもう間違えない。


「じゃあ私も受けよっかな」


 軽く投げかける。

 つーちゃんは驚いていたけど、さーちゃんがいっしょなら心強いな、と笑ってくれた。


 魔術という未だに謎の多い神秘的な世界。

 何の取り柄も無い私でも輝けるかもしれない。

 それもつーちゃんと同じ場所で。


 それこそが私が魔術師となった理由。


 私は、誰よりも特別でありたい。

 人間としても、魔術師としても。

 

 それこそが、つーちゃんの隣に居続けられる条件なのだから。ひとしきり過去を振り返って、改めて決意が固まった。

 



「そういうあんたはどうなの、どんな魔術師になりたいの?」


 と、あざみが問うてから随分と長い沈黙が続いた。あざみは不思議そうにこちらを見ている。


「そんな考え込む疑問だった?」


「あはは、個人的にね。私はね、あざみ。誰よりも特別な魔術師でありたいかな。替えの効かない、と言い換えても良いかもしれない。そんな人間になりたい」


「なんだか抽象的ね。私と同じってこと?」


「少し違うかな。要するにオンリーワンになりたいってこと」


 あざみは、ふうんと考え込んでしまう。

 どこか思うところがあるのか煮え切らない表情をしている。


「欲が無いのね、桜って」


「強欲は大罪とも言うじゃない」


「物は言いようね。ナンバーワンにならなくてもいい、ってことかしら」


「元々特別なオンリーワン、なんて陳腐な返しをするつもりはないよ。私とあざみでは目指してる方向性が違うんじゃないかな」


「あら、そうかしら。あたしはむしろ同じタイプの人間だと思ってたけどね。……いつだって心の底では自分こそが1番で居たいと思ってる、そんな人間に」


 あざみの目は全てを見透かそうとしているようで目線を逸らす。逸らした先に居たすみれはなんだか心配そうな顔をしている。


「……喧嘩ですか?」


 髪を弄りながら恐る恐る聞いてくる。その姿に少し笑ってしまう。


「すみれは可愛いねえ」


 ハグして頭を撫で撫で。心配して損しました、と呟いて拗ねてしまった。


「なんだか含みを感じるのは気のせいかしら?」


 あざみがじりじりと近寄ってくる。


「すーみーれー、今日のあざみは怖いよー」


「暑いんで離れて貰っていいですか?」


「そうよ、すみれはあたしのものなんだから!」


「いや違いますけど……」


 3人でぐいぐいと引っ付き合う。

 すみれはもみくちゃにされて心底迷惑そうだ。

 

「桜」


「ん?」


「なずなとつばきのところに行ってきなさいよ。2人もなんだか悩んでる風だったし」


「まったく班長業務は大変だね」


「でもあなたじゃないと務まらないわ」


 至って真面目な顔で私を送り出そうとするあざみ。さっきまでの噛みつきは何処へやら、だ。


「だと良いんだけど」


 夕食を食べ終わって早々に、浮かない顔をして出て行ったつーちゃんとなずなを追って外に出る。


 2人はこの演習を通じて、何を思い、また迷っているのだろうか。

 


 

 

 


 


 

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