第12話 あたしが選んだ生き方


  無機質な白色の光が瞼越しに覚醒を促してくる。まだ頭が働いていないせいか、周囲の声は雑音のように鼓膜を震わせているだけだ。


「さーちゃん、だいじょうぶ?」


 まるで冬の暖炉のような、暖かで優しい声。そこでようやく現実に戻って来られた。


「……つーちゃんのキスが無いと起きられないかも」


 はいはい、と流されつつ差し出された手を取って、ぐっと装置から腰を上げる。

 どうやら101班で最後に目覚めたのは私のようだ。みんなが集まってきた。


「あたしたち、102班に勝ったわよ」


 満面の笑みを浮かべるあざみ。


「そっか……うん、ほんとに良かった」


 意識が消える前、最後の記憶ではなずなが霧絵みゆを討ち取っていた。恐らくそれと同時期に、二手に別れたあざみとつーちゃんも戦闘で勝利を収めたんだろう。心からほっとした。


「私は離脱後、観戦室から見守っていましたが皆さん大変よく奮闘していました。当然の勝利です」


 すみれもそう言って少しの笑顔を見せる。

 あんた食事以外でも笑えるじゃない、とあざみに抱きつかれるや否やすぐに笑みを引っ込めていつもの無表情に戻ってしまった。


「今日で見ていた人には証明できたと思う。101班は強いんだぞってね」


 みんなで顔を見合わせて頷く。

 この勝利は101班としてはじめての、価値のある一勝だ。


「四条さん」


 不意に声をかけてきたのは玉城ゆかだ。

 その表情は悔しさに満ちたものでありながらも、ほんの少し、清々しさも感じているような不思議な顔だ。


「負けたよ、発言を訂正する。101班は、強い。私たちよりもね」


 彼女の後ろでは102班の面々が落ち込んだ顔をして控えている。とりわけ霧絵ゆかは、もう一刻も早くこの場から去ってしまいたいとでも言わんばかりに、こちらに背を向けている。


「でも負けたままで居るつもりは毛頭無いよ。この雪辱はいずれどこかで果たす」


 握った拳が私に向けて差し出された。


「もちろん、いつだって101班は受けて立つ。同じ大隊同士、これからも頑張ろう」


 拳と拳をこつんと合わせて目を合わせる。

 どうやら私たちの間には余計な言葉は要らないらしい。先程まではお互いに殺し合っていたのに、今は何故だか、彼女がひとりの人間として頼もしく見えた。


「うんうん、101班と102班のどちらが勝ってもおかしくない、とても良い演習だったよ」


 ぱちぱちぱちと拍手を打ちながら、訓練室に現れたのは、我らが大隊長である湯浅凛先輩だった。


「お、お疲れ様です」


 予想していなかった来客に少し慌てつつも、一同揃って気をつけの姿勢。大隊の人は結構見に来ているとは聞いてたけど、大隊長まで来られていたとは。居るだけで、すこし部屋の雰囲気が締まったようにも感じる。


「ああ、楽に休んでくれ。大隊の正式な演習ではないのだが、老婆心ながら君たちの先輩として講評でも述べようかと思ってね」


 かつかつかつと革靴を鳴らしつつ部屋を回って、ひとりひとりの顔を眺めて回っている。私たちは動かずに見られていることしかできない。


 開いた扉の奥では、さっきまで観戦していた先輩方が、なんだなんだとこちらを覗いている。


「まず101班、班長の四条桜を中心として、一致団結して勝利を掴んだことは大変素晴らしい。中でも、班長の判断の早さと機転には私も驚かされたよ」


 大隊長からにっこりと微笑みと共にお褒めの言葉を頂く。緊張で、はは……どうもみたいな返ししか出て来なかった。人生経験が不足していることに反省。


「とはいえ102班が劣っていたかと言われたら、決してそんなことは無いと断言しよう。全員が己の役割を遵守して班長を支え、101班をあと一歩のところまで追い詰められたのは、一重に102班が優秀であることの証左であると言える」


 横目で玉城ゆかを見るとあわあわと震えつつもありがとうございますっと返事をしていた。語尾がちょっと裏返って恥ずかしそうだ。


「勿論、改善を要する点もあるけどね。101班は班内でも魔術の練度がまちまちで、それ故一部の者に負担が偏っているようにも見えるし、102班はそれぞれ戦闘での思い込みや油断が損害に繋がったところがあるんじゃないかな?」


 笑顔はそのままに全員の痛いところ突かれた。

 全く返す言葉もございません。

 102班も思い当たる節があるようで、お互い顔を見合わせて苦い顔をしている。


「と、まあ色々口を出したけど、二班とも一年生としてはこれ以上無いくらい良くやっているよ」


 ふと大隊長が扉の外へと手招きすると、とてとてと見知らぬ先輩が大きな包みを両手に提げて歩み寄ってきた。


「何もこんな改まった場で呼ばなくてもいいじゃない」


 彼女は私たちへ遠慮がちに会釈したと思えば、大隊長を小突いている。大隊長も先程までの威厳は何処へやら、申し訳無さそうな顔をしている。その光景はなんだか夫婦のようだ。


「悪いね。大変だっただろう」


「時間はあったからそうでも、これが本職ですから。あ、一年生のみんなはどうも、三年の橋本奏はしもとかなでです。大隊本部で糧食係を担当しています」


 橋本先輩がよいしょっと大きな包みを置いた。


「君たち、授業が終わってすぐ演習に入ったからお腹空いてるんじゃ無いかと思ってね。お弁当を作ってきました」




「お弁当……ごちそうさまでした」


 自室に戻って弁当を完食。

 さすが大隊糧食係、ぐうの音も出ないくらいに美味しかった。大隊訓練が日を跨ぐ長さになれば、この食事をまた頂けると考えれば、案外訓練も悪くないかもしれない。


 すっかり日は暮れてしまった。

 深い闇の中に、寂しげに浮かぶ街頭だけが窓越しに見える。名物の桜並木も今は見えない。


 すみれはどこか悲しげに空になった弁当箱を見つめている。食が絡むとほんとに表情豊かだ。つーちゃんとなずなは食べ終わるなりどこかに消えてしまった。


 だれも何も言わないけれど、勝利したにも関わらず、なんだか101班は妙な雰囲気に包まれている。それぞれ今日の戦いで思うところができたのだろうか。


「あたしたち勝ったのよね……」


 とうに食べ終えてベッドに寝転んでいたあざみが呟く。声色からは嬉しさは感じられない。


「なにかあった?」


「いや、あたしは今回の勝利にどれだけ貢献できたのかなって。大隊長も言ってたじゃない、一部の者に負担が偏っているって。あれって多分私に向けて言ってるんだろうなってね」


「あざみが居なかったら勝てない戦いだったよ」


「……別に優しい言葉が欲しいわけじゃないのよ」


 私とは顔を合わせないように反対側に向いてしまう。その背中はなんだか悲しげに見える。


「昔から姉の様な魔術師になりたいと思ってたし、小さい頃は自分が将来優れた魔術師になってるってことを疑いもしていなかった。……ただそれはなんの根拠もない妄想だったってだけ」


 思いの強さが結果に繋がるなんて言葉は嘘だ。

 どんなに昔から強く願っていたって、1番になれるとは限らない。それこそ彼女のように。


 記憶が蘇ってくる。

 あざみは私に良く似ている。

 昔の、なんだって1番になれると思い込んでいた私みたいだ。そして私自身も同じように現実に打ち砕かれた。ある日突然、越えられない壁はやってくる。


「あざみは、どんな魔術師になりたいの?」


 その質問の意図はなんだろうか。彼女への慰めでは決して無い。ただ、どこかふらふらと迷っている自分の道筋が欲しいだけなのかもしれない。


「……笑わないでね。私は、誰にも負けない1番強い魔術師になりたいの」


 彼女は1番を求めている。特別才能があるわけじゃない、ただ誰よりも強い思いを持っているだけの彼女が、だ。


「……そっか。良いと思うよ」


 手拍子で返した言葉は空虚そのもの。

 正直言って、1番だなんてくだらない。

 みんな1番に拘って、傷ついて、病んでいく。

 かつて私がそうであったように。


「だから、もう誰にも負けたくないの。桜、もちろんあんたにもね」


 身を起こしたあざみと目が合う。

 その大きな目は、私を喰い殺さんとするようだ。


「そういうあんたはどうなの、どんな魔術師になりたいの?」


「私、は……」


 私はなぜこの学校に入ったのか。

 私は魔術師としてどうなりたいのか。


 幼馴染の顔が脳内で揺れる。

 私は――


 








 

 


 


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