第11話 ファースト・ピリオド
「東の崖から西の崖へ向かって、跳んで渡ろう」
私たちは再度北上を経て最初の開始地点、演習場南東部に戻ってきた。気が付けば空は鉛の色に染まって、軽い台風でも来たかのような激しい風に雨を乗っけて吹き付けている。
私たちが今居る東側の崖からは、道路を挟んで50メートルばかり奥に反り立った西側の崖が見える。
「まじでか……」
なずなは絶句している。提案した私自身もその気持ちはわかる。なにせ崖の高さは地上から数十メートルはあるように見える。失敗すればいくら体を強化していた所で重傷は免れないだろう。
「足を可能な限り強化して全力で助走つければいけると思わない?」
「いや思わんけど……」
「まあ敵の射線が通ってる所にのこのこと正面から突っ込むよりかはまだ現実的かもしれないわね」
「うん、言われてみればそうかも」
あざみとつーちゃんは納得してくれたようだけどなずなは難色を示している。
「待て待て、成功する可能性としてはどれくらいなんだ?」
「半々、ってところかな。実際みんなの魔術の練度的には不可能じゃないと思うんだ。ただ問題は飛んだ先に敵が居ることだけど……」
しかしながら、この嫌になるくらい降っている雨が幸いしている。雨中での探知魔術は雨粒が魔力を乱反射させてしまうせいで、その距離精度を大きく落としてしまう。
そう言った状況なら、相手はより敵影を見落とさんとばかりに崖下を見下ろす形で注意が向いてるに違いない。
「確かに……向こうに渡れさえすれば勝機はあるかも」
「ただ、応援を呼ばれて包囲されたら一気に苦しくなるから、警戒員には通信の
「最悪跳躍中に気付かれでもしたら
なずなが私を正面に見据える。どうやら覚悟は決まったようだ。
雨も風も一向に止む気配は無く、むしろその勢いを増している。鈍い色の雲はこれから賭けに出る私たちにとっては、少なくともあまり縁起は良くない。しかしながら今、背中を押すかのような追い風が吹いている。
目に強化をかけると、目算通り道路正面を警戒している一名だけを視界に捉えることができた。他は目視できないけれど、少し離れたところで守りについているに違いない。
「101班行くよっ!」
合図と共に、走り出した――
足を離した途端、宙に体が放り投げられる。
嵐のような風に吹きつけられて、手足がバラバラになってしまいそうだ。
時間にしてわずか十秒足らず。けれど体に感じる時はその何十倍にも思えた。
全てがスローモーションで見える。それこそ雨粒や散っていく木の葉さえも止まっているかのように錯覚してしまうほど。
空を舞う体。道程が半ばを越えた辺りで、跳躍の軌道が着地点へと弧を描いていることで作戦の成功を確信する。
残る最後の懸念を
三人は崖下へ真っ逆さまに落っこちていないだろうか。左右を振り返って確認する余裕は無い。
生き残ったのが、例え私だけだとしても当初の計画で事を進めるのみ。
「……くっ!」
何とか着陸は成功したはいいが付きすぎた勢いのまま、大地へ思いっきり体を放り込んでしまう。衝撃に目を回している暇は無い。すぐさま起き上がる。
警戒員は今、突如背後から現れた敵の反応に驚き戸惑っているに違いない。先に脅威を対処すべきか、それとも一度引いて仲間に連絡をいれるか。
その思考によって生じるほんの僅かなタイムラグこそがこの作戦の要。
もはや魔力残量を気にかける必要もない。
全力で大地を蹴って、銃剣を抜いて強化しつつ最高速度で斬りかかる―――!
「みゆ……っ!」
結局敵は通信を優先させたのだろうがもう遅い。
最初の一刀で喉を掻っ切った。
敵もせめてもの抵抗を見せるがしかし。
「悪いわね……!」
無事こちら側に辿り着いたあざみがとどめの一振りを入れた。二度急所を斬られたその体は力なく倒れる。
「一先ず成功って感じかしら」
「いや、一瞬だけど通信を許してしまった。不審に思って接近してくると思う」
目配せで二手に別れる。あざみとつーちゃんには南に居るであろう敵を任せて、私となずなで残余の兵に対処だ。
二人を見送り、迫ってくるであろう敵に奇襲をかけるためなずなと茂みに身を潜める。
二度目の殺傷は思ったより呆気なく、早々に慣れてしまった自分が嫌になる。降りしきる雨で、剣についた血をぬぐい落とす。
自分でも戦闘のアドレナリンで冷静さを失いかけてるのがわかる。仮想上とはいえ、殺らなければ殺られるのだ。その恐怖を脳内麻薬で誤魔化そうとしてるのだろう。
けれど、隣には仲間がいる。班長として、私はともかくこの子を死なせるわけにはいけない。
探知に敵性反応が引っかかる。雨と疲労で視界の効く範囲程度しかない探知距離。敵はすぐそこだ。
仲間の遺言を聴いて駆けつけたのだろう、接近してきた敵の大将、102班長の玉城ゆかと目が合った。
刹那――息を合わせて二人で襲いかかる。
銃を叩き落として足払いをかけ、無力化に成功。
ゆかは会敵することなんて想像もしていなかったのか、剣を抜く間も無い。そのまま体を崩れ落とすことしか出来なかったようだ。
そして無防備なまま呆気に取られる玉城ゆかの体目掛けて、なずなの刃が急所に一閃、正確な攻撃を加えた。
私たちの襲撃は不意をついたこともあって、いとも容易く成功に終わったのだ。
「…なずな?」
血溜まりになった同期の身体を見下ろして固まっており、その表情はどこか心苦しさを持っている。
「……やっぱあんま気分が良いものじゃないな」
殺害とはいっても仮想上だから、と無理矢理自分を納得させて、慣れかけた自分を見透かされているようで心がチクリとする。
私とは顔も合わせずに走りだそうとするなずな。
やけに小さく見えたその背中を追いかけようとしたその時――
ほんの僅か数瞬、探知の網の隅の方で見逃してしまいそうなくらい小さな反応が現れたと思えば。
ぱんっぱんっぱん、と乾いた音が雨に紛れて消えていく。気づけば体が勝手に動いていた。
「―――くッ……」
思いっきりなずなを突き飛ばした。
彼女へと向けられた弾丸はしかし、私の体に吸い込まれていった。
反撃しなきゃ。なのに体がうまく動かない。意識は確かなのに、体が言うことを聞いてくれない。
「桜――!」
なずなの声が何だか遠くに聞こえる。夢の中に居るみたいに、どこか現実感を失った響きだ。
膝が体重を支えきれなくなったみたいに、すとん、と曲がって、上体が地面に放り出されてしまった。
「――撃たれたんだ」
あまりにも明快な答え。
敵の接近を許してしまった私の落ち度だ。
「ゆかちゃんをよくも……!」
霧絵みゆが怒りで顔を歪ませている。
仲間の復讐だと言わんばかりに、次々と発砲を繰り返す。既に倒れた私からは興味を失って、専らなずなに照準を向けている。
なずなの顔は見えない。今彼女はどんな心持ちでこの戦場に立っているのだろう。
霧絵みゆとなずなの距離は10メートル。
どちらが先に相手に魔術を叩き込むかの勝負だ。
なずなが動く。近寄らせるかとばかりに銃弾が彼女を追いかけ回すがしかし、ただの一発すらも当たらない。
一息に距離を詰めて銃を弾くなずな。
望むところだとばかりに潔く手を離して手早く剣に持ち替えるみゆ。
そこからはもう凄まじい近接戦の応酬だった。
雨の中、お互いの剣のぶつかり合う金属音が響いている。荒々しく感情のままに剣を振るう霧絵みゆと、淡々と捌いていくなずな。
両者一歩も譲らない。
あの魔術を苦手としていたなずなが、今は同期相手に互角以上に渡り合っているのだ。
濡れた地面の上、溢れる血にぼやけた視界の中で尚、まだ気を失うわけにはいかない。
もはや勝ち負けなんてどうだっていい。
成長した彼女の戦いを見届けたいんだ。
そんな中、幾度と繰り返された剣戟は唐突に幕を降ろした。
かぁん、とそれまでより高い音が辺りに響いた。剣が宙に飛ばされて、どこかへ飛んでいった音のようだ。
「はぁ、はぁ……」
みゆは今にも息絶えそうなくらいに、荒々しい呼吸を繰り返している。嗚咽混じりの涙も見える。その身体は、今まさに崩れ落ちて地面に這いつくばらんとしている。
なずなはこちらに背を向けたままで、その表情は読み取れない。剣先を突き付けているのは引導を渡そうとしているのだろうか。
「……ごめんね、ゆかちゃん」
目を閉じて呟いた彼女を。
「……」
美しさすら感じる手つきで両断した。
なずなの勝利を見届けてほっとしたのか、意識が朦朧としてきた。視界は既に灰色に染まって、もう頭すら動かせそうにない。
もう魔術も練れなくなったからか、さっきまでは弾いていた雨風に服が濡れて真冬のように寒い。
遠くからあざみとつーちゃんの声が聞こえる。
何を言ってるかはわからない。叫んでいるのは聞こえるけど、脳は音素を拾ってくれない。
それを最後に、眠るようにブラックアウトした。
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