第10話 戦場は踊る、されど進まず


 

「霧絵みゆ、か」


 私たちを襲撃し逃げ延びた一人。 

 固有魔術、心読魔術コールレジェレの使い手。


 彼女が相対したすみれ達の心を読んで、こちらの作戦が漏れたとするならば――


「いや、問題ないと思う」


「で、でも相手が地雷あるって分かっててひっかかってくれるのか?」


 なずなの疑問は当然だ。当初私たちは地雷に誘導することで102班の撃破を目論んでいた。これは相手がこちらの手の内を知らない前提の作戦だ。


「いや、地雷には掛からなくてもいい。あるかもしれない、って向こうが思っているならそれで全然構わないんだ」


「……ああ、見せ剣として使うってことね」


 あざみは意図を理解してくれたようで、こくこくと頷いている。


「相手からしたら地雷があるなんて情報は足枷にしかならないってことよ。寧ろ知ってしまったが故にもう迂闊な行動は取れなくなるんだから」


「そういうこと。地雷を恐れてい集した敵を包囲して一網打尽にできるかもしれない」


 すみれを失ったのは余りにも大き過ぎる損失だけれど、それを嘆いていても始まらない。今の状況、今居る人間でどう戦うかを考えなくてはいけない。


 四人で今一度気合を入れ直す。


「すみれに勝利を持って帰ろう!」


「「「おおー!」」」




 この演習場では日が沈まない。仮想空間の設定がそうなっているからだ。


 鬱陶しいくらいに頭上では太陽が輝いている一方で、私の腕時計が示す時刻は20時、状況が開始してから3時間ほど経過している。すみれを送り出したのは開始してから40分ほどだったか。


 あれ以降、索敵をかけつつ演習場内をくまなく縦断して敵影を求めているが一向に鉢合わせることがない。


 現在位置はフィールドに広がる三叉路を北から南下している。道路上は遠距離火力の的になりやすいが故に避けるのが無難ではあるけども、一向に会敵しないのに痺れを切らして、探知魔術クアエリテが阻害されにくい開けた道を通っている次第だ。


「……こんなに会わないっていうのはあるのか?」


「お互い気づかない距離でぐるぐる回ってたりしてるんじゃない?」


 なずなもあざみも疲れからか投げやりな会話だ。

 つーちゃんに至っては無言で警戒し続けている。

 いつ不意に出くわすかわからない状況が数時間も続いているんだから仕方がない。


 私の魔力量も探知魔術クアエリテでじわじわと減っていって、もはや地雷なんてとてもじゃないけど作れそうにない。


 ――そんな弛緩した空気はしかし、不意に頭上から降り注ぐ弾丸によって打ち破られた。


「銃声!」


 すぐさま全員で散開して、道路脇の林縁に身を潜める。追撃は不要との判断か、それっきり銃声は止んだままだ。


「崖上……!高所で守りを決め込んだか!」


 探知魔術クアエリテは術者本人の位置が高いほど、遮蔽物に邪魔されず、また見通し距離を稼げるため探知距離が長くなる。地上の探知距離外から私たちの動向を掴んだんだろう。


 幸い班員に怪我は無い。しかしながら、これはまずいことになったかもしれない。


「さーちゃん、崖上に回り込む?」


「いや……」


 盲点だった。地雷の脅威を消し去るには、動かずに陣地を築いて向こうから攻め込ませれば良いとの判断に違いない。


 102班からすれば、守りを固めても尚相手が攻めてくるなら防御側の有利を活かして戦えば良い。


「やられたよ、はっきり言ってかなり苦しい」


 恐らく崖上では四名が四周を警戒しつつ、いつでもお互いの射撃支援ができる体勢でいるに違いない。


「じゃあ私たちは死を覚悟して飛び込む他無いってことか」


 諦めの入ったなずなの声。他二人も同じ考えに至ったのか、押し黙ったままだ。


 森林の中までは索敵が届かないのか、一向に撃ってくる気配が無い。

 敵は守りを固めたが故に追跡してくることは無い。まだ余裕はある。


 考えよう、この圧倒的不利な場面を覆す一手を。


 相手が居る位置はフィールドの南東部に南北に伸びる崖だ。道路を挟んで向かい側の西側、私たちの開始地点も崖となっており、東西の崖で道路を挟んで隘路を形成している。


 この崖は東西両側ともに北に進むにつれて、なだらかになっていき、最終的に三叉路の付近で坂となって地上と接続する。


 まず道路の側から崖を一気に登り切るのはどうか?考えるまでもなくこれは困難だ。そのような行動を、崖上に陣取る102班は見逃さないだろう。蜂の巣にされるオチが見えている。


 では次に、北の坂から南に駆け上がって、崖となった高所に到達するのはどうか。これが一番現実的かもしれない。ただし、その最も容易に考えつく策を102班が見逃せば、の話だが。


 ならば第三の選択肢は――


「あざみ、貴方が102班で崖上に居るのなら、四人それぞれをどういう配置で警戒させる?」


「そうね、道路を見落ろす形で一名、予想できる接近経路である北側に二名、一応南側に一名ってところかしら」


「まあそうなるよね……」


「桜、その顔はなにか思いついた顔だな」


 なずなに指摘される。私ってそんなに顔に出やすいのだろうか。


「……まあ正直上手く行かなかったら全滅もあり得るけど」


 ふと、以前自分にかけられたすみれの言葉が蘇ってくる。


――「戦いというのは元よりそういうものではないでしょうか。常に安全択を押せるのは我が彼よりも圧倒的強者のときのみです」


 今の圧倒的強者は102班。彼女達は安全択を押してるだけで負けないという状況だ。ならばリスクを冒した大胆な行動で、場を引っ掻き回す他に勝ち目は無い。


「これから最後の賭けに出るよ」


 内心の恐れを抑えて笑みを浮かべる。


 班員は私を信頼して決断を求めている。


 ならば、賭けの攻勢に出よう。101班の反撃だ。




 先程までの鬱陶しいくらいの晴れ間は何処へやら、いつの間にか鼠色の積乱雲によって空が覆い隠されていた。

 そして追い討ちをかけるかの如く、雨粒が木々の葉を打つ音ばかりが辺りに木霊する。


 もっとも、荒れた天候なんてものは適応魔術アコモデーシオを扱える魔術師にとっては、視界や探知距離が狭まることを除けば、あまり大した問題ではない。雨滴だろうが雪だろうが、少したりとも服に触れることなく活動することが可能だ。


「はぁ……」


 とはいえこの見知らぬ土地で雨が降りしきる中、いつ来るかも分からない敵を待つというのは、精神衛生上あまりやりたくないことだ。


「ふぁ……」


 いくら戦場とは言え待ってる身は退屈だ。 

 時計は既に21時を示している。今頃観戦室では一向に動かない状況に退屈した人間で溢れているだろう。大変申し訳ない限りだ。


 取り決めでは時間制限を22時に定めたので、もう少しこの膠着が続けば、演習は打ち切りになる。


 打ち切り、と言ってもその内容はこうだ。

 「102班の強固な守りに、哀れ101班に攻め入る隙はなく残念ながら時間切れ」

 恐らく観戦側もそんな印象を抱くだろう。

 事実、先程の銃撃で101班はもう近づいてすら来ないではないか。

 恐らく無理だとは分かっていても諦め切れずに、何とか策を生み出そうとしているのだろうが、後手に回った時点で101班の敗北は確定しているようなものだ。


 しかしまあ101班も筋は良かった。

 心を読めるみゆが居なければまんまと地雷に引っかかっていたに違いない。敵ながら天晴れだ。


 そして日向先輩とお近づきになるんだ……!

ああ、ファンクラブの同期に先輩方。抜け駆けして申し訳ない。私、玉城ゆかはお先に先輩とお話しするご光栄に賜ります――


「うわあ……」


 気づけば隣にみゆが来ていた。しかもめちゃくちゃ残念そうな目でこっちを見ている。


「なに?なんか言いたいことあるなら言いなよ」


「え、気持ち悪いなあって」


「次心読んだらマジで眉間撃ち抜くからな」


「前から思ってたんだけどゆかって私の扱い雑じゃない?これでも貴重な固有魔術持ちなんだし労って欲しいなあ」


 警戒中の癖にぐいぐい体を寄せてくる。いったいこいつのパーソナルスペースの狭さはなんなんだろう。しかもそれは主に私にしか発揮されないんだからますます謎だ。


「お前を煽てたら調子に乗るからな。雑なくらいが丁度いい」


「ぴえん」


 密着してくるみゆを押し返して持ち場に戻らせる。それでもなおちらちらと構って欲しそうに見てくるが全て無視する。


 そんな時だった。


「ゆか――」


 道路側を警戒していた班員から通信が入るも即座に切れてしまった。


「あー魔力切れったかな」


 そろそろ状況開始して4時間と少し、みんな探知をフルに使ってたせいで魔力量が少ない者は底をついてしまったのかもしれない。


「みゆー、北側の監視は任せた。私は道路側の警戒と交代してくる」


「えー、ゆかとじゃなきゃ嫌だ」


「ワガママ言わないの」


 言い残して走り出す。万が一にも魔力切れのままで会敵するのはまずい。


 雨でぬかるんだ獣道を一人翔ける。富士の麓というだけあって、火山灰質の砂が足を深く沈ませる。

 激しい雨に加えて風も強くなってきた。

 木々は雨に風にと揺さぶられて悲鳴を上げているかのようだ。

 立ち並ぶ樹木や草花の間を掻い潜った、その先の開けた場所が警戒位置となっている。


 ――はずだった。


「は?」


 あまり広くない私の探知範囲には敵の魔力反応が2つ、味方の反応はゼロ――


「て――」


 敵襲、と叫ぶ間も無く鈍い色の刃の下に斬り伏せられた。視界がひっくり返る。血の流れ出す感覚はあるが、痛みは無い。

 仰向けに倒れた私を、悲しげな目で見下ろしている少女が居る。視界が霞んで誰かもわからない。ただぼんやりと、左右に括られた髪が強風に揺れているのを見つめることしかできない。

 

 結局、その少女はとどめを刺さないうちにどこかへ消えてしまった。……まあ魔術も練れない重体の人間の為に手を汚したくないのかもしれない。




 どれくらいの時間が経っただろうか。消えゆく意識の中で、最後に瞳に映ったのは、泣き叫びながら剣を振るう霧絵みゆの姿だった。

 

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