第9話 状況開始!


 視界の暗転。しかしそれも一瞬のことで、気がつくと見渡す限り深い森の中に居た。

 先程まで訓練室を橙色に照らしていた夕日は何処へやら、太陽は昼間のように南中に来ている。


 地図を広げて周りの地形を元に場所を確認すると、事前の打ち合わせ通り、正方形に切り取った演習場の南東の位置に居る。フィールドの外へは行けないよう現在地よりさらに南東の方角は透明の壁で遮られている。


 さて今回の地形はそこまで複雑では無い。

 著名な地形として上げるならば、フィールドの南限界の中央から、北にかけて幅の広い道路が一線通っており、それがフィールド中央よりも更に北で二股に分かれる。


102班は私たちと対角、つまり北西の地点から開始している。その辺りは低地で移動し易いので、なるべく早く接敵したいところだ。


 二股以南の道路の両端はやや切り立った崖のようになっていて侵入は容易では無い。隘路、と呼んだほうが適切かもしれない。


 一方崖の上、今私たちがいる位置は、群生する木々の中で、辛うじて人が通れるくらいの獣道が続いている。恐らく西側も等高線の間隔からすると同様だ。


「すみれ、警戒の目を頼んだ」


「了解です」


 私たちは作戦通りに索敵役のすみれを先頭にして獣道の北上を始めた。




「とはいえ、相手を見つけない限りはどうしようもないな」


 なずなが呟く。実際その通りだ。索敵、発見後追い込んで爆破が今日の作戦だからだ。鬱蒼と茂った木のせいで視界は殆ど効かないので、すみれの索敵だけが頼りだ。


「わたしたちは索敵しなくてもいいんだよね」


「うん、三人は戦闘になるだろうから少しでも魔力を残しとかないと」


 私自身も魔力の大部分を地雷魔術レンドマインに充てるせいで索敵に加われないのが辛いところだ。


「……桜!」


 すみれの声で一気に場の空気が引き締まる。各々剣を抜いて襲撃に備える。


「北から加速しながら接近する魔力反応が2つあります」


「いくらなんでも早過ぎ!……全員森へ散開!」


 遠距離火力で負けている相手に開けた場所でぶつかるのは危険と判断して、林内へと班を散らばらせる。


――直後、私たちが進んでいた道沿いに弾が空を掠める音がした。


「……危なかった。私たちの経路を読んで威力偵察に来たってわけね」


 ほっとしたのも束の間、今度は林内に手当たり次第弾をばら撒いてきた。


――ダダダダダダ!!!!!!!


 魔力で精製された弾が、唸りを上げ樹木を次々に貫通して土を抉り取る。生身の人間がその身に弾を受けてしまえばひとたまりも無いだろう。身を伏せたすぐ側にも雨のように降り注ぐ。


「桜! どうする?!」


 あざみが通信を飛ばしてくる。

 轟音が鳴り響く中で考える。

 この深い森の中で、目視できないとはいえ索敵を掛けて弾を当てられない、ということはつまり、相手の探知魔術の精度は大したことない。だからこうやってある程度あたりをつけて弾を連射することしか出来ていない。ならば――


「101班、被弾覚悟で逆襲をかけるよ。最悪押されるようであればここで地雷魔術レンドマインも切る」


 通信を飛ばす。

 どれだけ射撃の腕が良かろうと、森の中で移動する五人の急所を撃ち抜くのは不可能だからだ。

 班員の了解の声を聞いて、一気に合図を出す。


「101班つっこめええええ!!!」


 身を上げて瞬時に索敵を掛ける。

 真っ先に見つかった一人は、数十メートル先、私たちが歩いていた獣道に無用心にも体を晒している。全身にありったけの身体強化魔術アスポルターレをかけて宙を駆けるように一気に接近した。


 どうやら敵は私たちは銃に怯えて出てこないだろうと鷹を括っていたらしく驚愕に瞳が揺れている。それでも尚反射的に銃口が私を狙う。しかし発射されるその前に――


「くっ……!このッッ!!」


 銃を蹴り飛ばして真上に空撃ちさせ、無防備な腹部を目掛けて剣を突き立てた。


 流石に仕留め切れず、銃を捨て逃走の構えを見せた相手はしかし、


「――ごめんなさい」


 背後からのつーちゃんの一刺しで崩れ落ちた。


 気づけばもう1人は索敵外に消えていた。

 一呼吸して、激しい息とドラムのように脈打つ心臓を落ち着ける。


 その場に残ったのは血塗れの同期の体だった。




「みんな大丈夫だった?」


 ひとまず戦闘を切り抜けたので、班の状況を確認する。


「あたしとなずなは無事だけど……すみれが」


 見ると肩からの出血が酷い。応急的に包帯で緊縛止血はしているものの、既に白の包帯が真っ赤に染まる有様だ。


「平気です。索敵には支障ありませんから」


 痛みが無いので本人の自覚は無いかもしれないが、このまま行動を続けたら間違いなく死ぬだろう。それも数十分もすれば。


「つーちゃんは、大丈夫?」


「うん、問題ないよ」


 どこか遠い目で頷くつーちゃん。その体は血に染まっている。私も腹を貫いた時のなんとも不快な柔らかさが手に残っているけど、無理矢理考えない様に、頭の隅に追いやる。


 こちら側の被害はかなり大きく相手とトレードオフとはいかなかった。なんせこちら側の索敵能力と近接火力は半減に近い。


「……すみれはここで撤退させる。私が索敵を引き継ぐよ」


「しかし桜、それでは」


地雷魔術レンドマインの威力と範囲を落とせばそれくらいの魔力は捻出できる。どの道、すみれはもうこれ以上戦闘に参加させられない」


 すみれは何か言いたげだったが、みんなの表情を見て察した様で、言葉を飲み込んだ。


「……力になれず申し訳有りません」


「なーに言ってんの、あんたが居なかったら最初の銃撃で被害甚大だったわ」


 あざみがすみれの頭を撫でる。その瞳は優しげだ。


「敵も満身創痍のすみれに制圧されかけてびびって逃げ出したからな」


「そうね、あたしとなずなが不甲斐ないばかりにね」


 すみれの無表情は崩れないけれど、目に宿る闘志は消えていないのはわかる。けれども班長としてはここで撤退させない訳にはいかない。


「……わかりました。では後は任せます」


 そう言い残して、その体は消えていった。


 CMTCでは任意で現実世界に戻ることができる。特に負傷して後送すべき人間は戻すのがマナーだ。現実の戦闘では死亡を前提としたゾンビアタックなんて戦術は取られないが故に、仮想と現実の乖離を防ぐ為である。


 よし、と気合を入れる。すみれの思いを引き継いで、何としてでも勝利を掴み取らなければ。


「桜、ちょっと待ってくれ」


 なずながいまいちすっきりとしない顔で呼び止める。


「さっき襲撃してきた奴なんだけど――」





地雷魔術レンドマインって……あいつらそんなもん考えてたの?!」


 偵察から帰ってきた霧絵みゆから報告を受けて愕然とする。そんなの、教本の後ろの隅っこに乗ってるような当分見ることもないだろう魔術と思っていたのだけど。


「火力で私たちに勝てない以上それで何とか挽回を図るつもりで習得したんだろうねえ」


 くすくす、と笑みを漏らすみゆ。仲間は死んで自分も手痛い反撃を喰らったのに随分呑気なことだ。


「101班の皆さんも頭に血が昇って自分たちから私に接触してくれたから、心読むのも簡単だったよ〜」


「その点は感謝するよ。……ったく危うく爆殺されるところだった」


 しかし厄介なことになった。敵の目を潰したのは良いが地雷なんてよくわからない代物、どう運用してくるんだろうか。


「私の心読魔術コールレジェレは記憶を読むわけじゃないからね。そこまで万能ってわけでもないんだよ」


「だから心を読むなって。……ただそうなると二人の襲撃で地雷を切ろうとしたのかもね」


 結局は二人とも身体強化魔術アスポルターレだけで撃退されたので行使はされなかった。そう見るのが自然かもしれない。


「みゆ、あんたならどう地雷を活用する?」


「そうだねえ、地雷っていうくらいだから、相手に踏ませないと意味がない。なら不意の強襲で追いかけ回して誘導するって感じかな?」


「もしくは追い回されてるかに見せかけて誘導するか、だね」


 困ったことになった。地雷があると分かった以上接敵にはリスクが伴う。深追いすれば痛手を負うのはこっちだ。その威力、数、範囲がわからない以上慎重に行動するしかない。


 「101班が、私たち102班に地雷魔術レンドマインを知られている前提で立ち回る」これが私たちにとっては最悪の状況だ。どこにあるかもわからない地雷のせいで、身動き取れずに殲滅されるハメになる。


「――いや、まだ手はあったか」


 地雷を無効化しつつ、こちらが圧倒的優位に立てる戦術。


「わあ、ゆかってほんとに性格悪いね!」


 みゆは背中に乗っかってほっぺたをぐいぐい押し付けながらきらきらした声ではしゃいでいる。


「だーかーらー心を読むな」



 ああ、101班の皆さんご愁傷様です。

 今すぐリタイアしてくれれば日向先輩の前で恥をかくことも無いだろうに!

 

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