第7話 戦闘準備発令中
誰も居ない寮の自習室でひとり、頭を動かす。
102班に勝つ為にはどうすればいいか。タイムリミットはちょうど一週間後。それまでに相手を撃破する方法を考えつかなければならない。
勿論魔術の練成は必須だけれども、ただでさえ遅れを取っている我が班は、限られたリソースをどこに割り当てるかを詰めないことには始まらない。
まず手をつけるべきは自軍の戦力を分析すること。まっさらのキャンパスノートに一人ずつ書き出していこう。
班長の私、四条桜。
使えるのは五大基礎を初級まで。中でも
次いで
そして五人目が――
魔術素養検査は導入されてまだ日が浅く、検査の方式そのものも魔術師たちの経験則に近いデータを元にしているため、あまり検査結果の詳細は求まらないらしい。わかるのは大まかな適正。あとは魔術科学校で見極めてね、と言った具合だ。
ただ、先輩の経験を信じるならば、なずなはこれ以上ない101班の矛となれるかもしれない。
彼女のことは一旦置いておくとして、次に演習の流れを整理しよう。
今回の演習形式は殲滅戦。101班と102班のどちらかが全滅するまで続く、いかに魔術をぶつけ合うかといった総力戦だ。演習場はCMTC上で東富士の一角を5km四方に切り取って行う。
状況が開始した段階で、お互いの班は最も遠く離れた正方形の対角の位置に割り当てられる。そこからお互い森やら丘やらを越えて接敵するという具合だ。
いかんせん、正面切ったまともな戦闘はこれが初めてなので戦訓に乏しい。相手よりも先に
ただ、少なくとも
とはいえ心配なのは火力面だ。
不安しかないのは遠距離火力。うちの班は基礎魔術習得に時間を割いたせいで、射撃魔術は実戦レベルには到底達していない。一方で102班は揃って射撃場に向かう姿を何度も見かけたので、これに関しては完敗に近いと思う。
しかしながら近接火力では対等以上に戦える可能性はある。私とすみれが格闘術式をある程度修めているので、102班がこれから格闘術式にリソースを全振りしない限り、一対一の形に持ち込めばかなり有利に進められる。
ただ、向こうは全員が平均的に
「随分頭を抱えてますね」
ふらっと音も立てずに現れたのはすみれだ。もしかしなくても、なかなか帰ってこない私を心配してくれたんだろう。
「この劣勢を覆す逆転の策を考えていてね」
教本を眺めながら答える。足りない火力をどうやって補おうか。私とすみれで各個撃破が理想だけれども勿論そう上手くいくはずがない。
キャンパスノートに纏めた現状に目を通すすみれ。流石読書家というべきかほんの一瞬で読み切ってしまった。
「私が探知魔術の練度を上げて、桜が――そうですね。地雷魔術を習得するのはどうでしょう?後の三人には
「概ね同意見だけど、
そこまで言ってはたと気づく。以前はその難度の高さにやろうとも思わなかったけど、自分が
「それなら課題だった火力面はなんとかなるかもしれない。でも、
「戦いというのは元よりそういうものではないでしょうか。常に安全択を押せるのは我が彼よりも圧倒的強者のときのみです」
迷いの断ち切れない私を気持ち良いくらいに断ち切ってくれた。仲間がそこまで言うなら、少しは自分の武器である器用さを信用してみてもいいかもしれない。
「すみれに言われたからそうするんじゃない。すみれの意見を聞いて私が決断した」
「ええ、期待してますよ。班長」
これは指揮官の私が決断した作戦で、全責任は私のモノだ。こればかりはすみれに譲るわけにもいかない。
「すみれが索敵してあざみ、なずな、つーちゃんが私の地雷まで誘導。よしこれで行こう」
これでグランドラインは完成した。後は地図と照らし合わせつつ細部を詰めて、本格的に魔術の錬成、修得に励むしかない。
一方で、先輩から来たメッセージの内容がいつまでも頭の中で反芻していた。
――なずなちゃんは、身体にかけられる魔力負荷の許容量がケタ違いに大きい。うちの学校ですらちょっと見たことの無いほどに。
今の彼女の術式では活かしきれないけれども、もっと洗練されれば、もしかしたら。
滝のような汗が噴き出す。
明鏡止水が如く研ぎ澄まされた集中力はしかし、断続的に走る強い痛みとともにあっけなく終わりを迎えた。
万が一にも爆発させて部屋を大変なことにしたくは無いため、外でひとり錬成している。私自身は身体強化で覆ってあるので大丈夫だけれど、冷たい夜風をひとりで浴びるのは少し寂しい。
勘に頼った魔力操作のみでは失敗する。かといって確実に動作する様に、小刻みに術式に分けてサクラ・マギアに通すと、生成過程の魔力ロスでパフォーマンスが一気に落ちる上、時間がかかりすぎる。
魔力を圧縮して体内で留めたまま、地雷本体の術式を構築し、その二つの術式を掛け合わせる。言葉にすれば簡単そうな響きもするが、これがどうしてなかなか難しい。
しかも、一回毎に魔力を根こそぎ持っていかれるので練習すらもままならない。本番では二回挑戦できたら良い方だ。器用さは私の取り柄だけれど、今回ばかりはそうとんとん拍子にはいかなさそうだ。
すっかり魔力を空にし、シャワーを浴びて戻るとなずな以外はみんな疲れ果ててぐっすりだった。前の特訓の時もこうだったなあと思い出して布団を被せてやる。
「なずな、ただいま」
「――ああ、おかえり」
「意識飛んでたでしょ。もう休んだ方が良いよ」
「ん、そうする」
はあ、とため息ひとつ。彼女もまた自分を限界まで追い込んでいたに違いない。
「ん……」
少し虚ろな目をしたなずなが一直線にこちらに向かってきたかと思えば、ソファに腰掛けた私の膝の上に腰を下ろした。
特に前触れもない事だったので少し驚いていると、彼女が真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてきた。指は遠慮がちにやんわりと肩を掴んでいる。
お互い何も言わないけれど、なんとなくして欲しいんだろうことはわかる。
「みんなが見てないところでは甘えんぼうだね」
軽く額にキスをすると照れたようにそっぽを向いてしまう。その姿がすごく可愛らしい。
「……今日私、いっぱい頑張ったから褒めて」
「ん、なずなは偉いよ」
そのまま正面から強く抱きしめて頭を撫でる。もし妹がいたらこんな感じだったのかも。どうも私はストレートな愛情表現に弱いらしい。
「疲れたしもうこんなことしたくない」
「うん」
「ほんとは血なんか見たくもないし、他人を傷つけるのも嫌だ」
「うん」
「でも、私頑張るから、ちゃんと見ててね」
「なずなが頑張ってるところずっと見てるよ」
感情が昂ったのかじゃれるように首元にキスの雨を降らされて、変な声が出そうになるのをすんでで抑える。
「……っ!もう、今日は寝よう? なずなも疲れたでしょ」
「もうちょっと、甘えたい。だめ?」
ずるい、そんな顔でねだられたら断れるわけがない。
「……あと10分だけね」
「ありがとう、桜」
いつもそれだけ素直ならあざみとも仲良くできるだろうに。なんてことを考えながらも、結局その後もしばらくなずなの甘えは止まらなかった。
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