第6話 絶対に負けられない
普段私たちが生活する寮から少し離れたところにある隊舎――三年生寮に集められたのは、各学年の班長たち、総勢十八名。
上級生は談笑する余裕すらあるけれども、学校ヒエラルキーの底辺に位置する私たち一年生としてはあまり居心地が良いものではないので、あまり長居したくないのが本音だ。
この部屋には寮だというのにベッドや生活用品は置かれていない。何故かといえば、ここは第1大隊のトップたる大隊長が隊務を取り仕切る場、大隊長室だからだ。
そんな部屋で唯一、私たちの正面にチェアーで腰掛けているのは勿論、我らが大隊長たる
大隊本部の人間をかき集めたかのような顔触れに、私たち一年生は何が始まるんだ?と顔を見合わせる他ない。授業はとうの前に終わって、急な集合で呼ばれて行ってみたらこれである。
「課業外にわざわざすまないね。早速だが本題に入らせてもらおう」
先輩から何枚かにまとめられたプリントが手渡される。1枚目にはでかでかと『百花繚乱作戦』と銘打たれている。右上に「注意 大隊限り」と判子が押されていることから、なんとなくだけども予想がつき始めてきた。
「ゆり、敵影は?」
「無し、我々の魔術反応のみ」
「了解、引き続き警戒を」
ゆり、と呼ばれた人はそのまま扉に相対する形で
しかしながら、その探知距離や分解能は個人の技量によってまちまち。けれど、この小さな部屋に人が密集したままでも正常に機能して敵味方を判別できるのは、それこそ特級相当の能力なんじゃないだろうか。
「一年生はこれが初めてだからすこし驚かせてしまったかもしれないね。ただ、大隊対抗の演習はいざ始まるその準備の段階から既に、戦いは始まっているんだよ」
不敵な笑みを浮かべる大隊長。手に掲げたプリントをぱんぱんと叩きながら言葉を続ける。
「いわば情報戦というやつだね。君たちに配ったこれも、帰って班で共有した後は他の大隊の目につくことがないよう燃やしてくれ」
シュレッダーはいかんぞ、再生できるからな。と注意を飛ばす先輩。そんな魔術があるとは思いもよらなかった。
「今年こそ我が大隊は悲願であった、第1魔術科学校全大隊での総当たり演習――「桜海杯」で首位を取る。そのために今年の計画が暫定的ではあるが定まったので集まってもらったわけだ」
桜海杯……確か教官も授業で少し触れていた気がする。何でも我が校の伝統ある競技会で、全九個大隊の魔術師が血で血を洗う熾烈な戦いを繰り広げるとか広げないとか……話半分には聞いていたけどどうやら本当にあるらしい。
「よって本計画を以後百花繚乱作戦と呼称し、その内容は他に漏らすことのないよう気を付けてくれ」
ぱらぱらと中を覗くと、それぞれの試合に合わせた
「さて、予定表を見てもらったらわかるように、我々の初試合は第4大隊と5月末を目処に調整中だ。実質もう1ヶ月を切っているな」
一気に部屋内に緊張が走る。いくら何でも急すぎやしないだろうか、誰も口にしないまでもそんな空気が辺りに漂っている。
「あまり気負うことはない。条件は相手も同じさ」
そんな空気を察してか、優しく微笑む隊長。幕僚の先輩方もうんうんと頷いていることからも、大隊本部は同じ意思で統一されていることがわかる。
「作戦は立て次第、各係を通じて各員に通達する手筈となっている。しばらくの間は各人自己研鑽に励んでくれ」
予想に反して端的かつあっさり会合は終わってしまったので他の一年生と一緒に寮へ戻る。
「なんかここ数年1大隊って最下位争いの常連なんだって。だから今年こそはって三年の先輩方は燃えてるみたい」
そう言いつつ、102班長の玉城ゆかは少し意地悪そうな目で私を見ている。勿論そう見られるだけの理由には残念ながら心当たりはあるのが悲しい。
「じゃあ101班が戦果を挙げれば先輩方は大喜びってことだね」
「くくっ、四条さんって冗談が上手いね」
どうも101班は前回の失態でぽんこつか何かだと思われてるらしく、他の班長からも失笑されている始末だ。101班はねえという声があちこちから聞こえて来る。
流石にカチンと来た。同期を馬鹿にされて黙っていられるほど長い気は持っていない。売られた喧嘩は買うのが四条桜だ。しかしながら、魔術で売られた喧嘩は魔術で返すべきでは無いだろうか。
「前回は不覚を取ったとはいえうちの子はみんな優秀だよ……多分102班よりもね」
これ以上ないってくらいの笑顔で告げた瞬間、空気の凍る音がした。玉城さんも笑みを崩さない。例えるならお互い笑顔のままテーブルの下で蹴り合っているかのような雰囲気だ。
他の班長たちはすっかり萎縮してしまい、ことの成り行きを固唾を飲んで見守っている。
「それこそ冗談が過ぎるってものじゃないかな?102班は101班程才能に恵まれない人の集まりじゃないんだよ」
言葉の応酬は激しさを増すが笑顔は意地でも崩さない。これはただの会話であって必死になった方が負けだ。いつだって余裕のある態度こそが強者の証なのだから。
「まあ
「前半部分については同意しかないね。ならいっそ試してみる?101班と102班、どっちがより優れた魔術師か」
挑戦的で勝利を確信しているその瞳を思い切り睨み返す。要するに彼女はこう言っているのだ。
――班対抗で演習をして白黒ハッキリつけよう、と
「と、言うわけで、先輩に頼んで来週の頭に演習入れてもらったから頑張ろう」
「いや何がどう言うわけだぁーーーー!!!!!」
なずなの突っ込みが炸裂する。部屋に着く前から演習のことばかり考えていたせいでそれしか頭になかった。反省。
とりあえず、今日の会合から102班との対決に至るまで全員に伝えた。
「桜海杯かあ、なんだか大変そうだね」
「CMTCの予定がぎっしり……嫌なこと思い出しちゃったわ」
つーちゃんとあざみは紙をぺらぺらと何度も見返している。二人とも前回の演習ですっかりトラウマになってしまったのか表情が暗い。嫌でも慣れなきゃいけないんだろうなあという諦めすら感じる。
「いや桜海杯もそうだけどさ……」
なづなが難しい顔でこっちを見ている。
「なんで102班なんかの挑発に乗っちゃったんだよ」
「え、だってみんなのこと馬鹿にされて悔しかったし」
「良い班長!理由が理由なだけに攻めづらいな!」
「あたしは桜のそういうところ大好きよ。そんなやつらには二度と舐めた口聞けなくしてやらないと」
あざみは俄然やる気のようだ。
「いやでもさあ、負けたときのこと考えるとなあ。どうせCMTC使用だろ?」
「まあ魔術演習を生身でやる訳にもいかないしね」
「はぁ……まあ仕方ないか」
渋々といった形だけどなずなも乗ってくれた。つーちゃんはというと浮かない顔のままだ。
「なんかごめんね。勝手に決めちゃって」
「あっ、ううん。いいの。わたしたちのために怒ってくれたのは嬉しいから」
ただ、と言葉を詰まらせる。その体は少し、震えていた。
「今回はちゃんと、その……倒さないといけないんだよね、102班を」
その言葉に、全員がはたと気づいた。
つーちゃんの言葉の通り、CMTCを用いるということは即ち、仮想上の世界とはいえ自らの手で相手を殺すということになる。……それも同級生を。
前回はただやられる側だったから意識することは無かったけれど、言葉にされてみて初めてその重さを実感する。いわばヒトとしての禁忌を犯すのだ。
今更になって後悔する。何で私はこんな当たり前のことにすら気づけなかったんだ。
「ま、遅かれ早かれいつかは手に掛けないといけないからな。それが少し早まって来週になったってだけだ」
意外にも冷静だったのはなずなだ。しかしながら、首から下げたサクラ・マギアを忙しなく何度も握って放してを繰り返している。
それきり部屋には沈黙が訪れる。自分が彼女らをどんな方法であれ殺すことを想像するのは筆舌に尽くしがたいものがある。
「……皆、本当にごめんなさい。あの時の私、皆の気持ちまで考えられていなかった」
完全に頭に血が昇ってしまっていた。要するに私のしたことは、例え仮想上とはいえ班員に不必要に手を汚せと言っているに過ぎなかったのだ。
それを割り切って戦うことができるなんて勝手な願望をみんなに押し付けて溜飲を下げるなんて。
申し訳無さで胸がいっぱいになる。班長こそが一番班員を理解していないといけないのに。
「まあ、いいんじゃないですか。花園さんの言う通り、いつかはやらなくてはいけない日が来ますから」
珍しくすみれが口を挟む。本は伏せられていて真っ直ぐに私の目を見つめてくる。
「そうだね。さーちゃん、わたしこそごめんね。こんな弱気じゃいけないよね、うん」
つーちゃんは私の空いた手をぐっと握りながら、力強い目線で見つめ返してくれた。その手はもう震えが止まっている。
「その通りね。第一、馬鹿にされたままの方があたしは気に食わないわ」
不敵な笑みを浮かべるあざみ。
「まあ、そういうことだから。あんまり桜が気に病む必要はないんじゃないか」
なずなはそっぽを向いてぶっきらぼうに言い放ったけれど、こちらを慮るような温かみを感じずにはいられない。
「……うん、皆ありがとう。絶対に勝とうね」
潤んだ瞳を拭って誤魔化す。班員に覚悟を決めさせたからには、何としてでも勝利への道筋を建てるのが班長の役目だ。
出来ること、使えるモノ、考えられる全てを活かして勝利をもぎ取る。
――絶対に負けられない。全ては101班の名誉の為に。
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