第5話 休息日
私たちの寮の屋上、そこからは海を挟んで遠くに富士を一望できる。学校が海に隣接しているためだ。
海を日常的に見ることのなかった土地に住んでいたので、未だに潮の香りだったり、干した洗濯物を攫っていきそうな強い海風であったり、海面を反射する光の波への新鮮さは消えていない。
とある文豪は道端に咲く月見草こそが富士に似合っていると表現したけれども、私に言わせればこの大海こそが最も富士と似合っているのではないだろうかと思う。
もっと手前をぐるっと見廻すと辺り一面が学校の敷地となっている。やや散りかけているが、まだまだ力強く花開かせている桜並木が目に入る。
学校案内は口頭で済ませられたせいで未だに普段の教室と寮以外はどこに何が入ってるかよくわかっていないけども、まあ必要な時期が来れば知ることになるだろう。
土曜日の朝だというのに、ランニングに励んでいる人もちらほらいる。昔は私もやっていたなあと敬礼。あれは眠気に負けそうな自分との戦いである。
しかしながら、やはり休日は休日らしく安らかに過ごしたいものだ。
「さて、どこ行こうか」
最初の休日は魔術の特訓で潰えたので、実質これが初めての外出だ。
やはり海沿いの街だから海産物なんかは美味しいものが食べられそうだ。確かマグロなんかは有名だった記憶がある。
学生といえど身分は軍人なので、それなりに給料も出ている。寮では食事も出るし家賃もかからないので、はじめての外出でぱーっと使ってしまいたい気分だ。
「わたし折角だしお寿司食べに行きたいなあ」
「つーちゃんわかってるね」
つーちゃんとお互い目を合わせて頷き合う。私たちがここまで仲が良いのは、性格もそうだし、基本的な価値観とか行動基準がお互い一致しているというのも大きい気がする。
すっかり私服に着替えたなずなも寿司いいねーと賛同してくれている。
すみれに至っては無言ながらも、いつもの無表情が少し崩れて少し微笑んでおり、その目は爛々と輝いているようにも見える。微笑ましい反面、班員が苦労の末ようやく基礎魔術を習得したときよりもよほど嬉しそうなのがすこし悲しい。
「え、マックで良くない?」
そんな中に一つ爆弾が放り込まれた。皆目を合わせて頷き合う。まじかこいつ……と。
「あざみちゃん、それはちょっと……」
とつーちゃんがやんわり指摘し。
「あんた、海外旅行行っても日本食食べてそうだな」
となずなが煽り。
「
すみれが冷たい目でトドメをさす……っていや追い詰めてどうする。
「ちょっと待って、そこまで言われる?!」
3人から否定されて涙目のあざみがこっちを見て助けを求める。申し訳ないけれど、私もみんなと同じ気持ちだよ。首を横に振る。
「もしかして、モスの方が良かった?」
「いやそういう話じゃなくてね……」
「そういうことなら初めから言ってくれたらいいのに。私地元が海近いからそこまで海鮮に惹かれないのよ」
「そうだったんだ。なんかごめんね」
5人揃って停留所でバスを待つ。他にも学生と思しき女子が多数並んでいるので、外にいるのに学校内にいる気分だ。
「それにしても、電車乗るためにバスに乗らなければダメとはな……しかも30分に一本しか来ないし」
なずながため息を漏らす。私もつーちゃんも地方とはいえ政令指定都市の出身なので、確かにここの交通アクセスの悪さは焦ったい。
「魔術で飛んでいくか」
「人生を代償に時短したいとは思わないなあ」
なずなの冗談に苦笑する。特例を除き、軍の敷地外での魔術行使は目も当てられないくらいの罰を負う羽目になる。
「そういえば目的地に一瞬で行ける術式とかってあるのかな?」
つーちゃんの素朴な疑問。確かにゲームの魔術師なら使えているのが当然な感はある。
「探しましたが、高速移動が限界のようですね」
すみれが答えてくれる。正直その答えよりも、調べたんだ……という気持ちの方が強い。彼女が興味を示す対象が良くわからないけど、この学校に来たのならそれなりに魔術に興味があってもおかしくはないか、と納得。
「技術の進歩を待つしかないね」
そう呟くつーちゃんの声色は普段と変わらない。入校してからというもの日に日に魔術に対する理想のメッキが剥がれ落ちているので、正直もう魔術が万能だなんて幻想は霧の如く消え失せてしまったのは私と同じようだ。
バスと電車を乗り継ぎ揺られること数十分ほど。
到着したそこは、いかにも軍港の街らしく、街中まで潮の香りが漂ってくる。
異国情緒溢れるこの街では、外国人向けにドルでの支払いもできますよ、と看板を掲げているのがちらほら見える。立ち並ぶハンバーガーショップが到底食べきれないようなサイズを目玉にしていたり、外国の方が家族で連れ立っていたりとなんだか異国に来た気分だ。
早速、市内では一番の繁華街に出て食事にショッピングにと忙しく駆け回った。
「つばき!『魔法少女♡うみかちゃん』の新刊あったぞ!」
「ほんとだ……先週買えなかったからまだ残ってて良かったよ。店舗特典もまだあるみたいだし」
なずなとつーちゃんはアニメや漫画の趣味が合うようで、テンションが通常比から倍くらいには上がっている。
私も二人ほど詳しくはないけれど、いくつかつーちゃんから借りて読んでいたので、なんとなく見覚えのあるものも多い。気になっていた漫画の新刊を買うのも良いかもしれない。
「あんたたち騒ぎすぎよ」
あざみはあまり興味が無さそうだった一方で、すみれはというと、横目で私たちを伺い見たと思えば、一直線にガールズラブの棚に向かって駆けていき、さっと棚から本を抜いてレジに通していたのを私は見逃さなかった。
「すみれ、それって……」
「何ですか桜私に用ですか」
かつてない捲し立てるような言葉に圧を感じて、な、何でもありませんとしか言えなかった。まあ人の趣味趣向は自由だし本人が触れてほしくないのなら触れないのが道義だろう。
途中昼食を挟みつつ、あざみの強い希望でいくつかアパレル店にも寄って春服を探す。ここではあざみが一番楽しそうだったし、私もつーちゃんもファッションには細かい方なのでついつい盛り上がってしまった。
「あんた、それ母親に買ってもらった服でしょ」
「わ、悪かったな。私には服とかってよくわからないんだよ」
「なずなは素材がいいからおしゃれしたらもっと可愛くなるよ。ほら、試着室に入った入った」
あざみと私でなずなを試着室に叩き込み勝手にコーディネート。まずもって彼女のファッションの方向性について二人で揉めに揉めて、結局間をとってややガーリー系に寄せつつも、カジュアルなスタイルに落ち着いた。
でもこれ買うお金で漫画いっぱい買えるし……と購入を渋るなずなに、私たちで半分出すからと説得してなんとか買ってもらった。着替えた後のなずなの緩んだ顔を私とあざみは見逃さなかったのだ。
つーちゃんはすみれにどうしても白のワンピースを着せたいらしくいかに似合うかを熱弁、渋々と言った形で折れて着替えたすみれをパシャパシャとカメラマンのように撮影していた。こっちも大概だ。
結局昼と同じく夜も海鮮になってしまったけど特に反対意見も出なかったのでまあ良しとする。
「うーん、魚ってどれだけ食べても飽きが来ないね」
「同意します」
あざみが呆れたような目でこっちを見てくる。私とすみれが箸を止めること無く食べ続けているからかもしれない。
「なんか今日一日ですみれちゃんの印象だいぶ変わったかも」
すっかりお腹も満たされて眠たげなつーちゃんが、とろんとした目ですみれを見つめる。確かに今まであまり自己主張してこなかったすみれは我が班でも少し存在が薄かったけれども、今日過ごしてみてその印象は払拭された。
「そうね、最初会ったときは無口でマイペースなよくわからないやつだと思ってたけど、結構可愛いとこあるじゃない」
あざみがすみれの頬をつんつんとつっつく。それすら全く意に解さず淡々と箸を運んでいる。
「はぁ……私はずっとこのままですが」
すみれは不思議そうな目をしている。どこまでもマイペースなのが基本スタンスなすみれからしたら、私たちの見方が勝手に変わっただけだと言いたいらしい。
「最初出会った時から一番変わったのはなずなかもね」
「そうね、敬語でおどおどしてて、取って食わないでください!って感じだったわ。それがいつしかこーんな生意気になっちゃって」
「あざみうっさいばーか」
「何を!」
ぎゃあぎゃあと言い合いが始まるのももはや風物詩だ。つーちゃんは疲れたのかうとうとしてるし、すみれは尚も食べ続けている。
外は20時を回ってすっかり暗くなっていた。明日からの訓練や授業のことを思うと少し憂鬱だ。出来ることならもうしばらくこの雰囲気に浸っていたい。騒がしくも落ち着くこの雰囲気に。
結局、走って寮に帰り着いた時には外出時間の制限ちょうどになってしまった。
そんな我々101班を待っていたのは、なかなか帰ってこない私たちに痺れを切らして冷ややかな笑顔で腕組みしている当直担当の3年の先輩だった。
結果、ホールで他の班の好奇の目に晒されながら、当直の先輩に「時間に余裕を持った行動をしなさい」と、しっかり怒られてしまった。
しかしながら、どういうわけかあまり後悔はしなかったのは、胸に広がる充実感のせいなのかもしれない。
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