第4話 がんばれ101班
「えー、それではこれより第1回101班集中訓練を開始します」
初めて魔術に触れた日から数日後。
あの後も魔術基礎の授業は何度かあったけれども、我が班の三名は苦戦を重ねていた。
教官は意外にも優しく、焦る必要は無いと言ってくれたけども、焦らざるを得ない理由がこっちにはあるのだ。
場所は101班居室。既に初級を認定されているすみれ以外はみなバツが悪そうに肩を落としている。
「自分の不甲斐なさに腹が立つわ……」
「面目ない……」
「はは、なーにが推薦組だ。基礎魔術の一つも満足に扱えないのか……」
「はいはい、落ち込むのは後にして。来週の月曜日までには最低でも
101班の基礎魔術習得の進捗率はあまり芳しくない。大隊幕僚の先輩も、毎日私たちの練度を確認(シャープペンシルの芯をポップコーンのように弾き、部屋中を真夏のような温度と湿度にして見せたり、ノイズ混じりの雑音で通信できますと言い張ったり)する度に苦い顔で帰っていく。どうも一年生の班で習得が終わっていないのはこの班だけのようだ。
私たちは普段授業や訓練を受けるいわばクラスである「区隊」の他に、全学年で構成された縦割り組織の「大隊」が存在する。
1-1、2-1、3-1の学生が第1大隊として、9区隊まであるから第9大隊まで存在している。
そして大隊内での演習のような規模の大きな訓練では1大隊の101班として行動することになる。
つまりどういうことかと言えば、怖い先輩方の立てる作戦を遂行できないなんてことはあっちゃならないのだ。
というかもう「あいつらまだ基礎魔術も使えないのかよ。作戦が建てられないだろうが」とぷんすこしていてもおかしくない。
「とりあえず一日でも早い習得のため、本日は講師を呼んでおります。先輩、お願いします」
きいっと扉を開けて入ってきたのは、ナチュラルショートの黒髪と長身に、整った顔が映える様はまるで王子様。そこに居るだけで場の雰囲気が甘ったるくなるような、そんな人間。
「はは…どうも」
「日向先輩?!」
なずなが見たことのないような顔で赤面しつつも驚いている。あざみとつーちゃんも先輩の美貌に釘付けでぽかんと口を開けている。
「あれ、なずな知り合いだった?」
「い、いや。一応私、その、日向先輩のファンクラブ入ってるし……」
「入学して間もないのにそんなの入ってたの?!」
「へえ、噂に聞いてたけどほんとにファンクラブってあったんだ」
くつくつと口元を押さえつつ上品な笑いを漏らす先輩。なずなは感激からか小刻みに震え始めた。
「えっと、じゃあ桜ちゃん。この子達に基礎魔術を教えてあげれば良いんだね」
ジャズシーンのアルト・サックスのような甘い声になずなが声にならない声を上げる。確かにそのかっこいい見た目に反して声はやや高めかもしれない。何というか、聞くものを惑わすような色気のある声で、ファンクラブなるものが出来るのも頷ける話だ。
「はい、よろしくお願いします。講師役が私とすみれじゃどうも役者不足みたいで……」
「あわわわっわわわわ」
「あんたいつまで動揺してるのよ……確かにイケメンだけど」
「すごい、王子様みたいだね……」
先輩には課業後なのに時間を取らせてしまって申し訳ない限りだけれども、私が頭を下げて何とかなるならそれに越したことはないだろう。
「さて三人は先輩に任せるとして……すみれ、私と外で組手でもしようか」
身体強化魔術も細分化すれば様々な個々の魔術に分かれており、その中の一つに格闘術式がある。やや中級よりの内容にはなっているが、これを扱えれば、一切の格闘経験がなくても、魔術で体を制御して戦闘に即した格闘をこなせるようになる。
「ええ、構いませんが……よく先輩の協力を得られましたね」
「あはは、やっぱり気になる?日向先輩はちょっとした前からの知り合いでね。だから半分友達感覚」
「コネクション、というわけですか。納得です。」
そんなこんなで大隊訓練を翌日に控えた夜。
「ごめんね桜ちゃん、手は尽くしたんだけども」
部屋のベッドには燃え尽きたかのような白い灰と化したなずな。他のみんなも、なずなの魔力が空になるたび分け与えていたので疲労困憊だ。
「謝らないでください先輩。ほんとは101班でどうにかすべきことなので」
先輩の尽力もあって、つーちゃんもあざみも何とか習得は間に合ったものの、なずなの通信魔術だけが間に合わない結果となってしまった。
「僕がこんなことを言っちゃいけないんだけど……まあ余程のことがない限り上にはバレないと思うよ。1年生に大任を負わせるほど1大隊は落ちぶれているわけでもないし」
「あはは、日向先輩が同じ大隊で良かったです」
軍隊の規律を要求されるこの場所では、先輩に話しかけることすら正直躊躇われる。だからこそ、話しやすい先輩が居るというだけでとてもありがたい。
「それにしても桜ちゃんが班長か……」
「む、私じゃ務まらないと?」
「いいや、適任だと思って。なんだかんだ101班は君を中心として纏まっているからね。前から思っていたんだけど、桜ちゃんは人の上に立つのに向いているのかも」
「だと良いんですけどねえ」
辺りから寝息が聞こえる。みんなはとっくに疲れ果てていたんだろう。なずなは布団すらかけずに倒れていたので起こさないようにそっとかけてあげる。
外はすっかり日も暮れて、月が顔を覗かせていた。少しの間沈黙が場を支配する。しばらく会っていなかった人といざ二人きりになると、どこから切り出したら良いものやらわからなくなる。
何が面白いのか、先輩はにこにことした笑顔で私の顔を見つめている。それが少し恥ずかしくって顔を背けた。昔からだけど、精神的に大人であるこの人の前では、何もかもが見透かされていそうでつい子どもじみた態度をとってしまう。
きっとファンクラブの人とやらはこの笑顔に胸を射抜かれたのだろうが、生憎こちらは耐性が付いている。
「今でも思い出すなあ、君とバスケしてた日々のこと」
やけにしんみりとした声で語りだす先輩。
「懐かしいですね。もう2年以上前になりますか」
先輩は懐かしむように目を細める。ソファに腰を下ろして、冷め切ったに違いないコーヒを啜った。
「そのくらいだね。……あの頃の桜ちゃんはもっと貪欲というか、尖っていたようにも思えるけれど、丸くなったものだね」
「……昔の話はやめて下さい。先輩こそあんなにバスケに熱中してたのに山ほど来てた推薦蹴って魔術師になるって聞いたときは心底驚きました」
なんせ、最近会ってないなと思い連絡したら既に入学していたのだ。しばらく子どものように拗ねて既読無視してたのは内緒だ。
「どうやら変わったのはお互い様らしい」
すっと立った先輩は、女子にしては身長の高い方だという自負のある私すら見下ろしてしまう。
そのままくしゃ、と頭を撫でられる。
「また何か困ったらいつでも頼ってよ。桜ちゃんは色々と抱え込みがちだからね」
「そーやってカッコつける癖は相変わらずですね」
なんだか子ども扱いされてるようでむず痒い。昔はそんな手をすぐに払いのけていたものだけど、今はなぜだかそうする気にはなれなかった。
「誰にだってしてるわけじゃないさ」
そう呟いた先輩は明日の訓練がんばってね、と言い残して去ってしまった。
とっくに寝入ってしまった皆のために、消灯には少し早いけれど電気を消す。
ベッドに入って目を閉じると、先輩のせいか昔の記憶が蘇ってくる。
――あ、あの!
――えっと、どちら様?
――私と一緒に、練習してもらっていいですか!
思わず笑みが溢れそうになる。今思えば無茶苦茶だ。いくら上手な人が居るからと言って他校の先輩に声をかけるなんて。
自分の中に満たされない何かがあって、それを満たすことになりふり構わなかったあの頃。
いつだって自分こそが世界の中心だと傲慢さを隠そうともしなかったし、望んだものは何でも手に入れてきた。けれども――
中学時代は楽しかったけれども、辛い記憶もある。それも吐き気がするほどの嫌な思い出が。
隣のベッドですやすやと寝ているつーちゃんの寝顔を見ると、心がすっと落ち着いていく。何だか精神安定剤のようだ。
嫌な思い出が蘇ってこないように記憶の再生を打ち切って眠りについた。
――記憶を消せる魔術があったらいいのに。
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