第7話 大きな森の小さな来訪者


『しかし、すごいなキルファンの技術は』


『あざっす』


 感心しきりなドラゴに、照れたような顔で克己が笑う。


 昨日、ドラゴは一周年記念に小人さんから義手をもらった。

 地球のような人体に酷似したモノではなく、熊の手にはめるガントレットタイプ。骨格標本みたいな指が人工の透明なスライムスキンでコーティングされており、普段使わないときはガントレットの中に収納されている感じだ。

 ドラゴは両手をみつめながら、おもむろに魔力を流す。すると、ジャキッと音をたてて指が飛び出した。手の甲をおおった部分の先端から、熊の手を包むように生えた金属の指。

 艶消しされていても煌めくソレは、なんと天下のミスリル製。


 .....どれだけ高価なんだか。


 でも、それに見合った性能を持っている。滑らかに動く関節やまるで指の延長のように感じる触感。この再現度は素晴らしい。


『これって本当に障害を持つ人達にも使えますよね』


 魔法が復活してまだ数百年。金色の魔力が失われた今、その恩恵も知れていた。

 精霊を喚ぶほどの力量を持つ者も少なく、四大属性に秀でた者も滅多にいない。

 大抵は生活魔法が精々。貴族あたりで、ようやく媒体の針水晶を変化させられる程度。

 魔法文明が復活したものの、小人さんが暴れていた当時のフロンティアから見たら、実際の魔法文明は大きく後退していた。

 部位欠損を癒せるような魔術師もフロンティアに数人いるくらい。ついでに言えば、定着してしまった古傷は癒せず、よほど運が良くない限り、足りない癒しと自然治癒で治すほかなかった。


 それでも魔法はモノをいう。生活全般に使われるし、そのため新たな文明も育っていない。


 キルファンやフロンティアから多くの技術が発信されても、それを受け取る土壌が他国に育まれていないのだ。そしてキルファンも、理屈は理解しているが実践が全く足りていない。なので埃をかぶり日の目をみない技術も多くあった。

 魔法で事足りる部分を面倒な技術で補おうとは考えないのである。


 魔法と技術。双方中途半端などっちつかず。それが今のアルカディアだった。


『けど、これは凄いぞ。使える道具だな』


『ですね。今は誰でも魔法が使えますし。魔力を神経代わりに使うコレは、きっと役にたちます』


 何を話しているのか、やけに賑やかな熊と鴉。暢気な光景に眼を細めていた小人さんの耳に、どこからか泣き声が聞こえる。


 .....? 子供?


 皆も気づいたのだろう。誰ともなく顔をあげ、宙を見つめていた。


「.....ゃぁぁあっっ!」


 不思議な泣き声はみるみる大きくなり、はっと振り返った小人さんの視界で、子供蜜蜂が何かを抱えて森から飛び出してくる。

 それは千尋と変わらないくらいの年齢な子供。男の子のようだ。


「ぎゃぁぁーっ、助けてーっ!」


 うわんうわん大泣きする子供。それを小さな家の前に置き、蜜蜂達は小人さんの周りに集まってきた。

 ぎゃーっと雄叫びのように泣き叫ぶ男の子。

 薄い青色の髪に、灰青の瞳。見開いてボロボロと涙を零す大きな眼に、ふと小人さんは懐かしさを感じる。

 すっとんきょうな顔で、いきなり現れた子供を凝視する熊と鴉。

 何事かとやってきたメルダが子供蜜蜂達に話を聞くと、どうやら一人で森の奥まで入り込んできたらしい。


「えー? なして一人で?」


 たまに迷いこむ冒険者らはいたが、こんな小さな子供がどうして?


 ちょこんと座り込み、千尋はわんわん泣く子供の頭を撫でる。身形の良い男の子だ。きっと誰かが探しているだろう。


「どこから来たん? 迷子? お母さんや、お父さんは?」


 同じくらいの子供に見える少女を見て、少し安心したのか男の子はひっくひっくと嗚咽をあげ、上唇を噛み締めた。


「.....ぁー。ぁ、あなたが、ひぐっ、もりの、いんじゃ.....っ、さま、?、ぁー」


 盛大な嗚咽でとぎれとぎれだが、少年の言葉を察するに、彼は小人さん目的で森を訪うたようだ。

 ちーんっと鼻をかませ、千尋は詳しい話を聞く。


「ちちうえが.....っ、にげろって。もりのいんじゃさまをたよれと」


「ちちうえ?」


 そこでようやく千尋は少年に抱いた既視感の正体に気づく。


「あんた、千歳の息子かっ!」


 十年ほど前森に突撃してきた黒髪金目の王太子。友人を救うためやってきた彼は、王家所縁の花嫁を迎え、その婚儀に小人さんも出席していたのだ。


 袋トーストで結ばれたか細い縁。


 その花嫁が紫の髪で灰青な瞳をしていた。ぽやんと穏やかな女性で、どことなくミルティシアに似た容貌の彼女を小人さんはよく覚えている。


「おしろが..... おしろがぁ.....」


 ぁー、と突っ伏してすすりなく少年。

 何があったか分からないが、ただごとではないようだ。


《子供らが言うには、王都に火の手があがっているようです。この子が森に飛び込んできて、それを追う男達がいたとか》


 子供と女の子の味方な小人さん。それをよく知る蜜蜂らは男どもを蹴散らし、急遽、少年をここに連れてきたらしい。

 要領を得ない男の子をドラゴにあずけ、千尋はポチ子さんに飛び付いた。


「見てくるっ! その子をたのんだねっ!」


 言うが早いか、あっという間に空へ消えていく小人さん。

 呆気にとられて見送った熊親父だが、次には、はたっと我に返り、克己へ少年を押し付ける。


『俺も行くっ! 頼むな!』


『えっ? ちょ、ちょ、待って、ドラゴさんっ!!』


 慌てる克己の視界の中で、けたたましい足音をたてながらドラゴは森の中に消えていった。その後をついて飛ぶ蜜蜂達。

 ぽつんと置き去りにされ、あわあわする克己だが、その羽の中でさめざめと泣く子供を放ってもおけず、仕方無しに溜め息をついた。

 鴉といっても魔物だ。克己の大きさは地球でいうダチョウほどもある。身体の大きさだけは。

 なので、すがりつく子供を羽根の下に抱き込み、優しく撫でてやった。


『子守りなら慣れたもんさ。.....規格外な双子に振り回されたからな』


 ぽむぽむと柔らかな羽毛に撫でられ、少年はいつの間にか眠ってしまう。泣きすぎて疲れたのもあるのだろう。

 乾いた涙で張りつく髪の毛を嘴で取ってやりつつ、克己は空を振り仰いだ。


 頼んだぞ、千尋。


 克己の見守る空を翔抜け、小人さんは王都からもうもうと上がる煙に眼を見張る。


 いったい、何が起きてっ?!


 駆けつけた王都は阿鼻叫喚の嵐。人々は四方八方へと覚束ない足取りで逃げていた。

 その後ろには見慣れない鎧姿の男達。

 彼等は片っ端から人々を捕まえ、どこかへと連れていく。

 そっと後をつけた小人さんは、信じられないモノを見た。


 中央広場である場所には何十台もの大きな馬車が並び、捕まった人々がどんどん押し込まれていたのだ。

 それに抗い、抵抗する人々。止めようともがく大勢が広場にいたが、鎧の男らに悉く叩き伏せられ、そんな人々も馬車へと入れられる。

 そして一杯になった馬車に、奴等はあろうことか火を放った。


 燃え盛る焔に炙られ、絶叫が広場一帯に轟いている。


 アホかぁぁーーーっ!!


 思った瞬間、小人さんは動いていた。


 魔力を両手に集め、全身を跳ねあげて思い切り打ち放つ。


 それは大量の水魔法。


 濁流のように渦をまき暴れまわる水は、大きくうねり、あっという間に広場中の焔を消し去った。

 さらにはそれに使われただろう油や薪も台無しにする。

 それでもそこいらじゅうから聞こえる悲痛な呻き声。いったい、どれ程の人々が犠牲になっていたのだろう。

 無傷な人間らは、火の消えた馬車を必死に叩き壊して中の人達を救おうとしていた。


 鎧の奴等は茫然自失。何が起きたのか分からず、ずぶ濡れなまま微動だにしない男どもに近寄り、小人さんは地を這うような声で唸りを上げた。


「あんたら何しとんじゃ? なあ? 今、何してたんだ?」


 ギリギリと奥歯を噛み締めて眼を剥く少女。

 いきなり現れた子供を呆けた顔で見つめ、鎧姿の男達は空恐ろしいことを口にする。


「.....焼却処分だ。魔力などという呪いを受けた国を滅ぼすために」


「はあっ?!」


 どんっと重く漂う空気。絶対零度の殺意に満ちた空気に凍りつかされ、鎧の男達は思わず瞠目した。


 .....動けない? なにが.....


「魔力が呪い? どっから出た戯れ言だ、それっ!」


 先ほど襲ってきた大量の水がいつの間にか凍りつき、男達の行動を妨げている。

 突然の異常事態に顔色を失ない、鎧の男らは小人さんに尋ねられるまま、事のしだいを説明した。


「ま.....っ、魔力は悪魔の力だとっ、そう言われているじゃないかっ! しかも伝染するのだっ! 魔力を持つ者の近くにいる者にも魔力が発現する。恐ろしいことだっ!!」


 だから焼却処分して根絶やしにしなくてはならない。鎧の男達は、そう小人さんに説明する。


「それ、本気で言ってんの? ねぇ? 魔力は洗礼で授かるものだよ? 神々の祝福だよ?」


 唖然と呟く小人さんを、鎧の男らは飛び出しそうなほど眼を剥き、睨みつけてきた。


「神は人に平等だ! 優劣などつけないっ! 個人で力の差が著しい魔力などを与えるわけはないっ!! 洗礼はまやかしなのだ、悪魔の所業だっ!!」


「そうだっ! 放っておいたら、世界中が呪いに汚染され、大変なことになるぞっ!」


「魔力を持つケダモノを魔物という。ならば、人間も同じだっ! 人に害をなすケダモノだっ!!」


 口々に叫ぶ鎧の男らの話を総合すると、生活魔法しか使えない魔力の低い者と、治癒などの高度な魔法を使える者の差に憤りが生まれているらしい。

 そんな依怙贔屓なことを神々が許すわけがない。きっとこれは悪魔が呪いをかけているのだ。その証拠に、魔法の達者な者の近くにいる者も魔力が高くなる。

 つまり魔力とは質の悪い伝染病のようなモノ。殲滅しておかねば、いずれ世界中に呪いが蔓延するに違いない。

 これが彼等の言い分である。


 唖然と口をあけたまま、千尋は彼等の言い分に呆れた。


 魔力が高くなる? あり得ない。魔力の高さは生まれつきだ。後天的に何とかなるものではない。


 だが小人さんには心当たりもあった。


 魔力操作だ。魔力操作が拙い者と慣れ親しんだ者では魔法の精度が違う。それをひとくくりに、奴等は魔力と勘違いしているのではないだろうか。


 未だにぎゃあぎゃあ言う鎧の男どもを視線で黙らせ、千尋の瞳に憎悪の焔が宿る。

 ギラリと睨めあげる三白眼の少女に、鎧の男たちは竦み上がった。

 なぜ、こんな小さな子供に全身が震えてしまうのか。脳天まで突き抜ける悪寒が彼等を心まで戒める。


「.....ようもまあ、アタシの国で好き勝手してくれたなぁ」


 不均等に歪む、少女の口角。


 千尋は広場をゆっくりと見渡して、大勢の重軽傷者に痛ましげな眼をした。


 騎士団は? 王宮は何やってんだ? こんな暴挙を許すなんて.....っ!


 ぐっと拳を握り、小人さんの身体が仄かに発光する。

 その光は波紋のように波打ち、広がり、煌めく金色の帯が広場全体を温かく包んでいった。

 すると火だるまにされて呻いていた人々の様子が変わる。


「.....痛く.....ない?」


「ああ、髪がっ、焼け爛れた髪が元通りにっ!」


「俺もっ! ほらっ! 皮膚の熔けた腕がっ!!」


 わああぁぁっ!!っと怒涛の歓声が物理的に広場を揺らす。

 運の良いことに、小人さんが駆けつけたのが速かったのだろう。幸い、死者はいないようだった。


 間に合って良かった。あの少年様々だな。


 顔をぐしゃぐしゃにして助けを求めてきた男の子が千尋の脳裡を過る。


 そして、目の前で起きた奇跡に絶句する鎧姿の男どもを振り返り、彼女は悪びれた顔で首を斜に構えた。


「森の主に守られたフロンティアを襲うとは。いい度胸だ。その喧嘩、高価買い取りするよ?」


 鋭い眼光を放つ少女の瞳。それを見て、ようよう鎧の男らは彼女の正体に気がついた。


「.....光彩? まさかっ! フロンティアの王族っ?!」


 無様にも震える声。


 その言葉に、にぃ~っと悪い笑みをはき、小人さんは敵とみなした男達に宣戦布告する。


「主達を敵に回す覚悟があってのこととお見受けする。その意気やよし。全力で御相手いたします」


 彼等は知らなかった。森の主という生き物を。小人さんという金色の王の存在を。


 突然起きた中世魔女狩りのような不条理。


 何が発端となり、誰が暗躍しているのかは知らないが、小人さんに穏便や妥協の二文字はない。

 敵対する者は完膚なきまでに叩き潰す。


 久方ぶりの戦場の匂いに、千尋の胸は躍る。悪い意味で。


 御互いの間に一触即発な危うい空気を横たわらせ、小人さんは鎧の男どもを水のなわでくくり、一路王宮へと向かった。


 後に駆けつけた熊親父が人々に恐怖の絶叫をあげさせるのも御愛嬌。


 新たに持ち上がった何か。それを打破するため、再び千尋は表舞台の階段に足をかけた。


 困った時の小人さん。


 過去に同じ肩書きを勝手に背負わされていた旦那様を思い浮かべつつ、今日も小人さんは元気です♪

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