第8話 大きな森の小さな竜巻


「千歳ぇぇーっっ!」


 ぼすっと音をたてて天窓から飛び込んできた幼女を見て、中にいた人々が眼を見張る。

 大きな音がしたのは何人もの兵士を吊るしていたから。強かに足を窓辺で打ち付けたらしい兵士が、床に落ちた途端もんどり打っていた。

 フルプレートの兵士だ。心配にはおよばないと、小人さんは部屋の中を見渡した。


「ここは広間のはずだよね? 千歳は? なんでいないの?」


 多くの人々に囲まれ、千尋はふと眼をすがめる。


 .....人が多すぎるのだ。


 まるで王宮中の人々が集まったかのように、雑多な職種の者らがひしめき合っている広間。騎士や兵士。白いコックスーツは厨房の料理人だろう。


「誰か説明出来る者っ! 挙手っ!!」


 腕組みをして仁王立ちな幼女から醸される凄まじい覇気。どんっと重くなった空気に圧され、何人かの手が上がった。


「あ..... 貴女様は?」


 突然現れた得体の知れない幼女。しかしその双眸に煌めく金色の瞳が幼女の出自をこれでもかと知らしめていた。


「王家所縁の者だよ。幼い王子殿下の頼みにより馳せ参じた。千歳は何処にいるの?」


 言われて気づいた数人。彼等は国王の結婚式に参加し、近くで見守っていた者らだ。


「覚えております。十年ほど前、国王陛下の結婚式に参加なさっていた..... え? でも、あの時も今のような年齢ではなかったですか?」


 極々稀にしか発現しないフロンティアの光彩。次の王になる方だろうかと、参加していた貴族たちの耳目を集めた幼女。

 だがその日以来、彼女の姿を見た者はおらず、国王に尋ねても歯切れの悪い返事しかもらえず、人々が首を捻るなか、この幼女の記憶は薄れていった。


「説明っ! 何が起きているの?」


 はっと顔を見合せ、事情を知る者らが話を始めた。

 要は、隣国と会談に向かった国王が騎士団ごと相手国に捕らえられたという。


 国際連盟が発足し国際法が履行されて数世紀。


 結びつきの強い辺境列強七ヶ国が主体となり、中央区域六ヶ国が追従する形で始まった国際連盟は、長い年月をかけて辺境と中央の力関係を逆転させてきた。

 金色の環が完成し、アルカディア大陸全てに魔力が蘇りはしたが、主の森の恩恵を賜る辺境の豊かさは傍目に見ても歴然とし、中央区域は不満を募らせる。

 さらには金色の魔力が薄れていき、完全に枯渇したのは小人さんが儚くなった百年ほど後。それに伴い、辺境の魔力事情も変わっていった。

 徐々に魔力が薄くなり、その威力も低くなる。だが過去を今に伝えていたおかげで、試行錯誤を重ね、辺境は魔力操作の練度を上げることで、それを補ってきた。

 それでも魔法が弱体化されていくのは止められない。

 辺境は千尋が巡礼に回り、魔法の専門家らがレクチャーしたため弱体化も緩やかだったが、元々魔法にわかだった中央区域は、フロンティアの支援を得るチャンスを棒に振った経緯もあり、あっという間に弱体したらしい。


 結果、国際連盟国同士に著しい差が浮き彫りとなり、中央区域は劣化の一路を辿った。


 劣化といっても魔力も魔法もある。生活魔法程度だが、その恩恵は計り知れないはずだ。

 しかし、一度、それなりの魔力や魔法の利便性や脅威を知った中央区域は、その味を忘れられない。

 自分達が失いつつあるモノを辺境は維持している。それは許しがたい屈辱だったのだろう。嫉妬の火花が業火に変わるのは容易かった。

 そんな経緯を経て、中央区域には新たな信仰が生まれた。


 魔力は悪魔の力だと。


「教会が?」


「いいえ。.....何処から現れたか分からない者達です。真っ白な髪と我々より白い肌の者達でした」


 その彼等は言ったらしい。


 自分達に魔法は使えない。魔力もない。これが在るべき人間の姿なのだと。魔力や魔法といったまやかしの力に依存させ、甘やかし操るのは悪魔の常套手段だと。

 魔法が弱体化しつつあった中央区域の権力者達の耳には、よほど心地好い説法だったに違いない。

 あれよあれよという間にその論理は受け入れられ、中央区域では魔法を排除するよう世論が動き出す。

 しかし、そんな中にも心ある者はいた。

 中央区域の識者達は、あの手この手で世論を覆そうと努力する。学び、鍛え、魔法の在るべき姿を示した。だが、権力者どもは、それをねじ曲げ利用したのだ。


 魔力は伝染性を持つ悪魔の力だと。努力の結果を感染による呪いの悪化のように周知した。


 識字率百%を誇るフロンティアや他辺境国のように、知識を拡散していない中央区域。知らぬ者なら信じてしまう。権力者の言うことを。


 こうしてじわじわと拡がり始めた悪魔理論。数世紀たった今では、辺境vs中央の図式で反目しあっているとか。


 それでも国際連盟は機能していた。少なくとも実利があるうちは敵対しないだろうと、辺境国が中心となって中央区域への支援を惜しまなかったからだ。

 一時難民の流出が激しく、酷い混乱を招いた中央区域もしだいに落ち着いた。皮肉なことに悪魔理論が定着したため、魔法を排除する傾向が功を奏したとも言える。

 魔法を使わない=無茶なことが出来ない。になり、中央の森へ突撃をかけることもなくなったからだ。

 正面、側面、反面と、トータルした場合、悪魔理論の存在が、上手く中央区域暴挙のストッパーになったともいえる。言えなくもないが、納得いかない小人さん。


 複雑な顔で天を仰ぐ幼女に、広間の人々が核心の説明を始めた。


「そういう一触即発な関係だった中央区域と辺境なのですが。チィトゥーセ様は諦めず、交渉を続けておいでだったのです」


 蒙昧な迷信のごとき屁理屈を、己の優位性のためだけに信じる愚かな中央区域。それを説得しようと。せめて不可侵で御互いを尊重出来まいかと、千歳は長く話し合いを求めていたらしい。


 チィトゥーセって..... なんか懐かしいな。


 相変わらず日本語の名前は間延びして呼ばれるようだ。妙な親近感に苦笑いしつつ、小人さんは話を聞く。


「なんとか二ヶ国会談の席を設けられ、こちらはフラウワーズ。あちらはガジェル国が立ち合いとなり、ライガーン王国北の荒野に天幕を建て、話し合う予定でしたのに.....」


 くっと喉を詰まらせる宮内人。周りも似たような顔を曇らせている。


「.....奴等に謀られました。あちらは話し合う気などなかったのです。天幕を制圧し、チィトゥーセ様は捕らえられました。フラウワーズが天幕の異変に気づいた時は遅く、チィトゥーセ様を盾にされ、手出し出来なかったとか」


 聞けばフロンティア騎士団も一網打尽されたらしい。


 いったい、どうやって? 音に聞こえる猛者の集まりなフロンティア騎士団だぞ?


 その答えは周りから聞こえる。


「魔法が効かないんです、あいつら。悉く霧散して、チィトゥーセ様を奪還出来ませんでした」


「変な感じでした。こう、水に手を突っ込むような..... ぬるりとした気持ち悪い感触で。魔力が失われるんです」


 ライガーン王国北から進軍してきた中央区域の軍。フロンティア国王を盾にされ、ライガーンもキルファンも手が出せない。

 増長した相手国に言われるがまま物資を渡し、奴等は悠々フロンティアまで辿り着いた。

 当然、フロンティア騎士団も両手を捻られたようなモノ。チィトゥーセを盾にした軍隊を止める術はなく、ほとんど全ての人々が王宮内に閉じ込められた状態のようだ。

 騎士団の面子は城門あたりに待機しており、城壁外周に中央区域の軍が取り囲んでいる。


 何かあれば千歳を指先から刻むとか脅され、誰もが手を拱いていていた。


 説明を聞き終わり、胡乱に宙を見つめる小人さん。


「..........渡る世間は馬鹿ばかりか」


「そのように思います。なぜに我々の話を理解してもらえないのか」


 頑迷な中央区域の者達に忸怩たる思いなフロンティアの宮内人ら。そんな彼等をギラリと睨めつけ、千尋は、違うと低く呟いた。


「あんたらも込みでだっ! なんで大人しくしてんのっ? 奴等が王都広場で何やらかしてたか知ってるっ?!」


 いきなり怒鳴り付けられ、唖然とする広間の面々。


「あいつら、広場で馬車に人間詰めて火をかけてたんだよっ? 処理だってさ、呪われたフロンティア人の。.....おまえら、ここで何やってるんだっ! 貴様らは何のために、ここに在るっ!!」


 ざんっと仁王立ちし、腹の底から叫ぶ幼女。

 吹き荒ぶ猛吹雪のように心胆寒からしめる恫喝が、広間の人々を凍りつかせた。


「千歳は何のために、ここに在るっ? フロンティアの足枷になるためかっ? 民に犠牲を強いるためかっ? 我が国を焦土と化すためにかっ?!」


 剃刀のごとく切れ味の良い言葉の数々。それに全身の焦燥を削ぎ落とされ、みるみる広間の人々の眼が見開いていく。


「起てっ! 千歳が守るべきモノはなんだっ? 貴様らがやるべきことはなんだっ?!」


 民のために首を懸けるのが王である。王のために民が犠牲になっては本末転倒。

 ようやく思い出したかのように、広間の人々は幼女を凝視した。その瞳に宿る真摯な焔。


「王を救うのは二の次だ。幸い王子殿下を保護している。最悪はない。最善を目指せ。いいな?」


 すがめられた金色の眼に見据えられ、無意識に頷くと、人々は其々の思う最善に動き出した。

 それを確認して、千尋はポチ子さんに掴まり敵軍を目指す。


「どちらへっ?」


 慌てて声をかける騎士に、千尋は人の悪い笑みで答えた。


「最善はボーダーラインさぁ。アタシは我が儘なんでね。最良を選びたいにょん♪」


 最良?


 唖然と見送る人々を余所に、空を翔る小人さん。


 相変わらずな真の我が儘者は、全てを得るため努力を怠らない。


 ふっざけんじゃないわよ、本当にっ!! 一人残らず叩き出してやるわっ!!


 全身に闘気を漲らせる幼女。小人さんの指令で王都中を飛び回り不埒な敵を取っ捕まえる蜜蜂達。

 いきなりの襲撃で焼け出され、逃げ惑う人々の集まる教会に、なぜか炊き出しをしている熊親父がいたりして。


 相も変わらずな小人さんワールドに、神々も溜め息しか出てこない。


《.....まあ、なるようになる》


《そうだな。まさか、アレらが出てくるとは思わなんだが》


 下界を眺めていた双神の足元を小さな熊がまとわりつく。それを抱き上げ、カオスは微笑んだ。


《そうか、御飯だな》


《父御がシチューをこしらえていたな。美味そうだった。アレにしよう》


 良いな。と同意し、二人は自宅へと足を向けた。彼等の自宅にはアドリスがいる。言えばシチューをこしらえてくれるだろう。

 小人さんの料理に興味津々な双神はアドリスをスカウトしたのである。報酬は千尋を見守る権利。


『そなたに現世での永遠や記憶の継承は与えられない。天上界にあるならば、我等の権限で魂を据え置けるが』


 それでも良いと彼は頷き、魂を天上界に固定する代わりに双神の料理人となったのだ。


 虚仮の一念な人ばかりな小人さん関係者。


 これを千尋が知るのもしばらく後の話。


 文字通り空から見守る誰かの存在を、今の小人さんは知らない。

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