第5話 小さなお家の食卓


『むむむ.....』


『もっと気楽に..... 力んでも操作は上達しないですよ?』


 なぜか緊張感の漂う食卓。


 目の前で展開される《一人でできるもん》に、小人さんは生温い眼差しを向けている。


 可愛らしい外見に、似つかわしくない皺が浮かぶ小熊の眉間。手に添えたフォークを爪の隙間に挟んで、じっとガン見するドラゴ。

 そこにあるフォークはカタカタと震えながら、まだ柔らかい小熊の肉球に力なく張り付いていた。

 プルプルと小刻みに揺れるフォークの先を見つめながら、克己ガラスが神妙に呟く。


『爪の先に延長して指がある気持ちで..... そうそう、魔力が指の形になるように』


 繊細な魔力操作。


 アルカディアの四大魔法は属性によって効果はそれぞれだが、そのどれもに共通するのが魔力操作である。

 フロンティア騎士団が捕縛に水の縄を操っていたように、属性を伴う物質は魔力によって形どられていた。

 なので物質を伴わない中にも魔力はある。それを利用して克己はドラゴに魔力操作を教えた。

 小熊なドラゴが得た属性は土と焔。元々生活魔法を日常的に使っていたドラゴだ。焔の火加減など繊細な魔力操作も無意識にやっていた。

 だからコレも、コツさえ掴めばイケるだろう、


 そう思って始めた克己だが。


『うおぅぅっ!』


『あーーっ!!』


 ガチャンっと滑るフォーク。床に落ちたソレは、先端が見事に曲がっている。

 がっくりと項垂れる小熊親父。元来、彼は器用な方ではない。好きこそものの上手なれ。たんに料理と相性が良かっただけなのだ。

 曲がって落ちたフォークを拾い、小人さんは呆れたように首を傾げる。


「カーツ。なしてトーちゃんにカトラリー持たせるん? テーブルに座って手掴みでも良いじゃない?」


 床でと言わないあたりは千尋だが、やはりドラゴをただの熊としか思っていない彼女に、ドラゴの葛藤は分からないらしい。

 切なげに千尋を見上げて、くぅぅーんっとか細く鳴く小熊親父様。


『.....俺が嫌だ。ちゃんと食事をしたいし、料理も作りたい』


『千尋は気づいてないから。気持ちは分かりますよ、ドラゴさん』


 項垂れる小熊親父の背中をポンポンと羽根で叩く克己ガラス。

 メルダの言ではないが、たしかに人間臭い仕草の二匹だ。顔をしかめて眉尻を下げる小熊の哀愁が可愛らしく、思わず笑みが零れる小人さん。


「無理せんかて、ええんよ? フォークが犠牲になるのも何だし。あんまり数ないからさ」


 そう。千尋一人しかいない小さなお家には、カトラリーが三本ずつしか置かれていないのだ。新たに木で作ることも可能だが、必要あるか疑問なモノを量産したくもない。

 しかも木でということになると、曲がる前に壊れてしまう。それは願い下げである。

 だがそこで、克己が持ってきていた風呂敷から、颯爽と新しいフォークを出した。

 こんなこともあろうかと、食事で魔力操作の練習をさせるつもりだった克己は、街へ訪れ大量のカトラリーを購入してきていたのである。


『ふふんっ、備えあれば憂いなしさぁ♪』


 自慢げにフォークを振る克己ガラス。それに感嘆の眼差しを向け、新たなフォークを手にして練習を続ける小熊親父。


 .....どうやって買ってきたんだか。ほんと不思議な魔物よなぁ、カーツも。


 予想外の事ばかりをやらかす鴉に、軽く眼を見張った小人さんだが、なんのことはない。彼は元人間だ。文字も読めるし書ける。

 魔法石をこさえてはソレを握りしめて雑貨屋の扉を叩き、欲しいモノと物々交換をねだる鴉の魔物の存在は王都で有名だった。

 質の良い魔法石を持ち込むため、城下町の人々は克己ガラスの来訪を待ちわびるほどである。モノノケ慣れしている王都独特の感性だ。 


「今日は何が入り用だい?」


 やってきた克己に、商品の一覧を差し出す店主。それをじっと見つめて、嘴で、コレとコレと..... と、購入品を指し示す鴉様。


 そんな微笑ましい交流が城下町で日常化しているとは知らない小人さんである。


 不思議顔な千尋の前で、二匹は未だ奮闘していた。

 真剣な面持ちの二匹だが、その姿は小熊版一人でできるもんでしかない。傍らに寄り添う鴉の姿もあいまり、まるで童話のような風景。


 おかげで毎回、食事のたびに肩を揺らして笑いを堪える小人さんだった。




「いやーぁ、もう、可愛いよねぇ、うちの子たち♪」


 満面の笑みで笑う小人さんに、メルダは釈然としない顔をする。

 あれらは確かに魔物だ。突然変異したばかりな幼い魔物。しかし、魔物となった生き物が一番最初に行うのは殺戮である。

 自分よりも弱い者を狙い、魔力を食らう。

 魔物となったことで著しく増えた魔力上限。それを埋めるべく足りない魔力を求めて暴れるのだ。

 だが彼等にはソレがない。鴉の時にも思ったが、いなりやってきた奴は、最初から魔力の啜り方を知っていた。

 一見してまだ生まれたばかりだと分かる若い魔物なのに、妙に落ち着きがあり賢かった。

 人間のこともよく知るようで、なんの違和感もなく小人さんの暮らしに紛れこんできた。

 勝手に小さなお家の屋根で巣を作り、どや顔で居座った謎鴉様。

 一人暮らしだった千尋はたいそう喜び、新たな隣人を歓迎していたが、メルダは気に食わない。


 .....何かあれば細切れにしてやろう。王には知られぬように。


 怪しげな二匹を爛々と見据える巨大蜜蜂様の双眸。


 そんな不穏な視線も知らず、ドラゴと克己は試行錯誤していた。




『うーん..... 悪くはないと思うんですが、どうも馴染まないみたいですね』


『見えない指ってのが分からん。想像も出来ん.....』


 魔法は想像力だ。


 そういった才能に乏しいドラゴは初手からつまづいていた。

 う~んと頭を悩ませる二匹。そんな姿も千尋の楽しみになっていて、今度は何をやらかすのかとニヤニヤ見守る。

 ほのぼのとした生温い視線の中、ドラゴは土に魔力を流した。小熊の小さな手の内で、モゾモゾと形を変える土。


『.....人間のころよりは、よく使えるんだがな。魔法。前はこんなこと出来なかったもんだが』


 箸にしたり器にしたり。馴染み深いモノを土で作る小熊。これもまた遊んでいるようで可愛らしく、千尋の眼福になっている。

 土いじりで作ったモノはどれも脆く、実用に向かない。これをこのまま使えたならどれ程楽だろうか。

 手慰みで魔法を使い、ふぅっと小さな溜め息をつく小熊親父に、克己ガラスは眼を見張った。


『ドラゴさん、それっ!』


『ん?』


 何の気なしで顔を上げたドラゴの手の間には数珠繋がりな小石。

 さすがに石の形を変形させることは出来ないが、石とて土の形違え。操ることは可能だった。


『ソレですよっ! それでいこうっ!』


『うん?』


 じゃらじゃらと繋げた小石を振り回すドラゴを連れて、克己は小さなお家へと駆け込んでいった。




「なるほど、そうきたか」


 真四角な食卓に並ぶ二匹の魔物。二人はそれぞれカトラリーを器用に動かして御飯を食べている。

 鴉は元々魔力を駆使してカトラリーを使っていたが、小熊は両手にじゃらじゃらと小石をつけていた。

 真ん中に穴をあけて紐を通した複数の小石を、木で作った腕輪にぶら下げており、それらを魔力で指のように動かす。

 二センチくらいの小石が七つほど繋げられたソレは、流された魔力によって器用に動き、フォークやナイフを掴んでいる。

 あれだ。地球の工業ロボットみたいなアーム状。

 爪で操作しているようで、くいっくいっと動く短い指が妙に可愛い。


『小石だけで操れるようになるまで頑張りましょう』


 御飯を頬張りながら、うんうんと頷くドラゴ。


『美味いな、ちゃんとした食事は格別だ』


 今にも感涙が零れ落ちそうなほど満足げなドラゴ。

 魔力が少ないうえ操作も覚束ないから、小石を連結させるのと、動かすのとを両立出来ない。その苦肉の策として、克己が風魔法で小石に穴あけ、紐を通して繋げたのだ。ソレを何本か作り、簡易的な腕輪に取り付ける。

 あとは魔力を流して動かすだけ。

 きゃっきゃと嬉しそうに何かを話す二匹を微笑ましく見つめ、小人さんは一人でない幸運を噛み締めた。


 一人でも楽しく暮らしていたけど、こういうのも悪くないね。


 《一人でできるもん》を惜しげもなく披露してくれる二匹の姿は、子育てを経験してきた千尋には、懐かしく眩しい光景である。


 こうして一つずつ問題を乗り越えていく小熊親父。


 努力する彼に約束されたはずの素敵な未来に乾杯♪

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