第4話 大きな森のスライム(変異体)


『ぬあああぁぁぁっっ!』


『ひーっっ!!』


 雄叫びをあげて駆け抜ける小熊。それを誘導するようにかっ飛ぶカラス。

 必死の形相の二匹の背後から迫るのは、無数のスライム達。まるで雪崩のように迫り、押し寄せてくる。


『なにやってんですかぁっ、ドラゴさんーっっ!!』


『すまんっ! こんなことになるとはーーっ! うぎーっ!!』


『四足、四足っ! なんで二足歩行で走ってんのっ!!』


『はっ!!』


『はっ、じゃなぁぁあーいっ!!』


 どたどたと二本足で走っていたドラゴは慌てて四足歩行に切り替え、全力で森を疾走する。


 事の起こりは数分前。


 克己はドラゴの魔力を上げさせるため、大きな湖に案内した。そこには煌めく透明な水と水面を行き交う水鳥が穏やかな風景を作っている。


 如何にも長閑な森の一幕。


 しかし忘れるなかれ。ここは主の森。しかもその樹海最奥。普通の野生動物より魔物や魔獣が数多に跋扈する場所だった。

 その湖の畔に降り立ち、克巳はドラゴを振り返る。


『ここの湖にはスライムが沢山いるんですよ。魔物の中でも比較的弱い奴です。こう、真ん中辺りに核があるんで、倒してソレを食べれば魔力が上がります』


 まだ魔物になったばかりな小熊では、圧倒的に含有魔力が足りない。その上限も低い。だからまずは、魔力を増やすことを克己はドラゴに提案する。

 魔力に馴染み操作が上達すれば、相対する相手から魔力をすすることも可能だが、今のドラゴには無理だった。


『ここは森の深部。魔力に満ちた場所です。慌てなくても、ここで暮らしていたら魔力は上がっていきますよ?』


 少し不安げな上目遣いで、克己はドラゴを見上げる。


『いや、俺は少しでも早くチィヒーロの力になりたいんだ。だから.....頼む』


 ちんまりと頭を下げる小熊親父。その背中に過去の己を見て克己は苦笑した。

 

 彼も小人さんの元を訪れてから、一緒に暮らすようになって初めてトライしたのは魔力向上である。

 やはり今のドラゴと同じことを考えた。少しでも強く、千尋の足手まといにならないように。手助けが出来るようにと試行錯誤し、がむしゃらにアレコレと試したモノである。


 赤っ恥なこともやらかしたよなあ。魔力酔いとか。.....思い出したくもねぇ。


 前世の人間時代、苦渋を飲んだ魔法関連。魔物となったことで、地球のラノベのようなことが可能になり、千尋を余所に、はっちゃけてしまった克己。

 うひょぉぉーぉっと空を翔け回り、魔法を連発し、体内魔力がボーダーラインを下回ったら、その辺の魔物から魔力をすすり、夢中になって魔法びたりな生活をしていた。


 .....モノには限度があるというのに。


 結果、酷い魔力酔いとなり、ふらふらな半死半生で小さなお家に辿り着く。

 痙攣を起こし引っくり返るカラスを窓辺に見つけ、絹を裂くような小人さんの悲鳴を聞き付けたメルダが、呆れたように克己の足を掴んで持ち上げたのも御愛嬌。


《.....魔力酔いですね。体内含有魔力の上限以上の魔力を貪ったのでしょう。身体が拒絶反応を起こしております》


 逆さまに吊るされたことで限界を迎え、おろろろろっとキラキラを撒き散らした愚かな自分。


 思い出すたびに、未だに赤面する克己である。


 過ぎたるはなお及ばざるが如し。昔の人は良いことを言ったものだ。


 馬鹿をやらかした過去に思いを馳せていた克己は、小熊親父の行動に気づいていない。

 ドラゴは湖をじっと見下ろして、スライムとやらを探していた。


 スライムか。素材は見たことがあるが、現物は初めてだな。たしか、不定形のゼリーみたいな生き物だと冒険者から聞いた覚えが.....


 そう考えつつ、キョロキョロと視線を巡らせる小熊の視界に、あるモノが止まる。

 それはうにょうにょと動く水。まるで、もったりとしたソースのように、たぷたぷと動く水を見て、思わず手を伸ばしたドラゴ。

 ドラゴの手が謎な生き物に触れるのと、眼の端で動いた何かに気付き、克己が振り返るのは同時だった。


『? ーーーーーっ! ストップ、ドラゴさんっ! それはダメぇぇーーーっ!!』


『え?』


 思った時には、もう遅い。


 がぱあっと大きく持ち上がった水が、高波のようにドラゴへ襲いかかってきたのだ。


『んなぁぁぁーーーっ?!』


 真ん丸目玉で絶叫する小熊親父様。襲ってきた水の塊に痛烈な風魔法を御見舞いし、克己は声を荒らげる。


『逃げてくださいっ! コイツは変異体のスライムですっ! 数百が繋がり、一個の魔物となって襲ってきますっ!!』


 間が悪かったとしか言えない。何十年に一度くらいしか見ない変異体に当たってしまうとは。

 しかし、知らなかったとはいえ、こんな不気味な変異体に触れようとしたドラゴの神経も分からない。

 ぶよぶよな気持ち悪い水である。普通ならおぞけて近寄りもすまいに。

 脱兎のごとく逃げ出した二匹を追うため、変異体のスライムは分裂した。デカイ塊では速度が出ないためだ。存外、賢い生き物である。


『なんで、あんなんに触るんですかぁぁーっ! せめて一言聞いてくださいよぉぉーっ!!』


『いや、だって! 水が勝手に動いていたんだぞっ? 気になるだろうっ?』


『あーっ、もーっ! あんたら、親子だよーっ!!』


 好奇心の塊な小人さん。血の繋がりもない頃からそっくりだった二人は、相変わらず似た者同士のようだ。


 ひーっっと駆け回る二匹。


 克己一人なら空に逃げられるが、ドラゴを置いていくわけにもいかない。そして克己の属性は風と焔だ。水属性のスライムとは相性が悪い。

 足止めくらいは出来ても、決定打に欠ける。

 追いすがるスライムの群れに魔法を打ち込みながら、克己はドラゴを逃がそうとあちこちの木を切りつけて枝を落とした。

 だが焼け石に水。全てを食らうスライムらの餌になるだけ。

 ジリジリと距離を詰めてくる無数のスライムども。


 こうなりゃ自棄だっ! 死にはしないだろうっ!!


 神々の祝福を賜り、めったなことでは死なないはずの克己。彼はドラゴを逃がすため、玉砕覚悟でスライムの群れに突っ込もうと翼を翻した。


 だがそこで、スライム達の動きがピタリと止まる。まるで見えない壁でもあるかのように微動だにしないスライム達。


 何事かと戸惑う克己の耳に、鋭い羽音が聞こえた。

 見上げる空に散開するは、この森の災厄達。ぶぶぶぶっと甲高い音をたてて、傍若無人に森を徘徊してきたスライムどもを威嚇している。

 怯えひるんだスライムは、すごすごと踵を返していった。


『た..... 助かった』


 無我夢中で駆け回っている間に、どうやら二人はいつの間にかメルダのテリトリーに辿り着いていたようだ。

 へなへなと力なく大地に溶ける小熊とカラス。

 そんな二人の前に降り立ち、メルダが剣呑な眼差しを向けた。


《.....貴殿方は何をやっているのか。あんなけったいな生き物を、ここまで連れてくるでないわっ!!》


 怒り心頭なメルダ様の言葉は分からずとも、その醸された憤怒に気圧され、二人は抱き合いプルプル震える。


『すっ、すまん.....』


『すんませんしたぁぁっ』


 うるうると眼を潤ませて、恐々見上げてくる小さな二匹に溜め息をつき、メルダはむんずと二匹の首根っこを掴むと空に飛び上がった。


《チヒロ様に叱っていただきますからね? 覚悟しなさい》


 ひーっと情けない声を上げて、大空に消えた三匹。それを追うように子供蜜蜂らも空に溶ける。

 

 後に残されたのは何事もなくさざめく森の梢のみだった。


 


「変異体スライムぅぅっ? ダイジョブだった? あかんよ、あれはっ!」


 変異体は数あれど、スライムほど質が悪く狂暴なモノはない。

 他の魔物なら、どんなに大きくて狂暴でも核や心臓は一つだ。倒すのも難しくはないのだがスライムは別。

 スライムの変異体は何百も集まった集合体。核も数百あり、一つ一つ壊していても間に合わない。各々の核を壊しても、連結する仲間に吸収され、また復活する。一気に全部壊さねば倒せないのだ。ある意味、無敵。不死。


 そんな質の悪いモノに出会うとは。運がないにも程があろう。


 心底心配そうな小人さんに、克己とドラゴも意気消沈。


 しかしそこでメルダが口を挟んだ。


《チヒロ様に様っ! なぜに叱りませぬかっ! 危うく森の中が丸裸になるところだったのですよっ?!》


 そう、相手は数百からなるスライム様。あれらが森を暴走したら、木々も草花も舐めるように溶かされてしまう。

 発生を見つけたら即座に討伐せねばならぬ魔物を、怒らせ暴走させ、森の深部まで招いてきた二匹に、メルダ様の怒りが爆発する。


《来なさいっ!》


 再び二匹の首根っこを鷲掴み、どすどすと足音をたてて扉を出ていくメルダ。


「メルダっ?! なにを.....」


《仕置きですっ! しばらく謹慎させますっ!!》


 あわあわする小人さんを置き去りにして、メルダは大空に消えていった。




『.....ぅー』


『生きてます? ドラゴさん.....』


『生きてる。生きてるがぁぁぁ』


『キツいですよね、これ』


 んのぉぉぉっと苦悶の雄叫びがメルダの巣に鳴り響く。


 あれから巣に連れてこられた二人は、メルダの子供らと謹慎を申し渡された。


《御世話は子供達がします。貴殿方は反省していなさいっ!!》


 そういうと二人は其々別の巣穴に閉じ込められ、びっちりと入り口を塞がれる。

 中には数匹の幼虫がモゾモゾしており、たっぷりの蜂蜜で泳ぎ、きゃっきゃとはしゃいでいた。


 .....ここで謹慎? 


 訝しげな小熊親父。そしてしばらくしてドラゴは空腹を覚え、盛大な腹の虫を鳴らす。


『腹が減ったな。飯はもらえるのだろうか』


 胡乱げに入り口をみるドラゴ。だが、その呟きを理解したかのように、幼虫達がてこてことやってきてドラゴの前に蜂蜜を差し出した。

 短い手足に絡まり、ポタポタと滴る金色の雫。


『え?』


《はいっ!》


 眼は口ほどにモノを言う。


 つぶらな瞳の幼虫様に、ほれほれと蜂蜜を押し付けられ、困惑しつつも口にするドラゴ。


 .....美味いな。甘いけど。


 蜂蜜はある意味万能食でもある。糖分過多だか。


 そんなこんなで数日が過ぎ、二匹は疲労困憊で巣穴の中にいた。

 ギトギトな蜂蜜まみれで喘ぎながら。


『もういい、もう蜂蜜はいらん..... ぅー、ベタベタするぅぅぅ』


『ですよねぇ。美味いんだけど、飽きるというか..... 何より羽根が..... 俺の羽根がべちょべちょぉぉ.....』


 克己は謹慎が初めてでないらしい。巣に連れてこられた彼が、黒い顔を真っ白にさせていた理由をドラゴは痛感する。

 情けない二人の雄叫び。それでもかいがいしく御世話をしようとする幼虫様。


《はいっ!》


 と、満面の笑みで差し出される蜂蜜。


『『勘弁してくれぇぇっ!!』』


 か細い悲鳴のような絶叫がメルダの巣に谺した。


《.....少しは懲りましたかね?》


 二人のやらかしを、ただの悪戯が過ぎただけだと考えたメルダ様。腕白坊主らをお仕置きし、うっそりと笑みを深める。


 思わぬやらかし、思わぬお仕置き。右往左往しつつ森の暮らしに慣らされていく小熊親父。


 こうして今日も賑やかな、小さなお家である♪

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