見覚え

理夏から社員のスカウトを頼まれた翌日、私はスカウト方法を考えようと一人で落ち着いた雰囲気のある喫茶店に来ていた。しかしながら方法を考えるためとはいえ、ただ座っているだけでは申し訳ない。何か注文しよう。

「すいません、メロンソーダ一つお願いします。」

私がそう店員さんに呼び掛けると、店員さんは大慌てで私の座っているテーブルに向かってきた。そこまで慌てずとも私は逃げないのにと思うほどに必死になって向かってきたのだ。その慌て様に私は思わず声を掛けてしまった。

「あの、大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です。」

店員さんは息も絶え絶えで、顔をひきつらせながらそう答えた。明らかに大丈夫ではないが、本人が大丈夫だと言うのであればまあ大丈夫なのだろう。その慌て様を見かねてか、エプロンを着た店長らしきお爺さんがその店員さんに向かって心配そうに声をかけた。「谷坂君、ちょっと休憩してきたらどうだい?君はちょっと頑張りすぎだ。君が少しくらい抜けても店は大丈夫だから。」

「え、でも。」

谷坂さんはこれまた慌てた様子で首を横に振った。しかし店長らしきお爺さんは、「良いから、良いから休憩してきなさい。」と谷坂さんを説得した。谷坂さんは凄く申し訳なさそうにスタッフ専用口に入っていく。店長らしきお爺さんはそれを見て安心したのかほっと息をついた後、私に小さく会釈をして業務に戻った。それにしてもあの谷坂さんと言う人、どこかであった事があるような気がする。私は首をかしげるながらメロンソーダを一口飲んだ。

 翌日、結局何のスカウト方法も思い付かなかった私は、広すぎるオフィスで一人理夏に頼まれ求人を作成していた。理夏はその間に会社を正式に立ち上げる為の手続きをしてくれているらしい。本当に頭が上がらない。私は自分に出来る仕事を全うしようと、巻いていない筈の帯を締め直し、求人の作成に取りかかった。暫く作業を進めていると求人の作成以前にやることがあると言うことに気付いた。求人を記載する為に必要な会社のホームページを作っていないのだ。私は大急ぎで理夏に電話をした。

「理夏、どうしよう求人を記載する筈のホームページ作ってない。」

「ああ、それなら大丈夫。お父さんの会社の人が作ってくれたから。だから望は今送ったこのリンクにアクセスして、求人を貼って。変更権限付与してくれたみたいだから。後は貼るだけだよ。じゃあがんばってね望。」

驚いた、理夏の仕事が物凄く早い。流石は社長だ。私も頑張らなくてはと思い、ハイペースで求人を仕上げたのだった。

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