転機

玄関で私が泣いている間、理夏はずっと私の背中をさすってくれていた。本当に優しい人だ。暫く経ってやっと気持ちが落ち着いた時、私の脳裏に浮かんだのはあのセクハラ上司のにやついた顔だった。今泣き出したのは、あの上司が原因だったのだと私は悟る。あの時のように辛い今の私に、理夏が寄り添ってくれるのが分かったから泣き出したのだと。私は理夏に思い切って助けを求める事にした。

「理夏、相談があるんだけどいい?」

「うん、何でも聞くよ。それでどうしたの?」

私は理夏に上司からセクハラを受けている事を相談した。

「そんな事があったんだ、辛かったね。」

理夏はそう言って、また私の背中をさすってくれた。理夏の手の温もりが嬉しかった。

すると、理夏は何かを思い付いた様子で目を輝かせながらこう言った。

「あ、それならうちの会社にくれば?」

「それって、どういう事?」

「言葉の通りだよ、うちの会社に来てって言ったの。」

「理夏の会社って何?良く分からないよ」

「ほら、私のお父さんって会社経営してるでしょ、その傘下に新たにデザイン系の会社が加わるの。」

「まさか、その社長が?」

「そう、私ってわけ。今日は元々望をスカウトしようと思って家に来たの。説明が遅くなってごめんね。で、どう来てくれる?聞く所だと上司もろくな奴じゃないみたいだし、待遇は絶対うちの方が良いと思うよ。」

「その話は凄くありがたいけど、上司に許してもらえるかどうか分からないよ。」

「それは大丈夫だと思うよ、良いこと思い付いたから。」

「いいこと?何それ?」

「それは秘密だよ。まあとりあえず明日は退職願持って出勤する事、いい?」

「わ、分かった。」

 私は何が何だか分からなかったが、理夏の言う通り退職願を持って出勤した。私は出社して直ぐ上司のデスクに向かった。

「課長、退職をしたいのですが退職願を受け取って頂けますでしょうか。」

「退職って、何か不満でもあるのぉ?望ちゃん?」

「そ、それは。」

「何か困った事があるんだったらいつでも相談に乗るよぉ?」

課長は私の尻をそっと触りながら、にやついた顔でそう言った。空言だ、戯言だ、ふざけるな。そう言いたい気持ちを堪えて私はセクハラに耐え続ける。やはり退職所の話ではなかった、誰か、助けて。

「その人に何をしている、課長。」

後方から聞き覚えのある低い声が聞こえた。

「社長!?ど、どうしてここに!?」

「質問に質問で返すな、まず私の質問に答えろ。それが礼儀と言うものだろう。それでで、君は何をしているんだ?」

「こ、これは誤解なんです!決してセクシャルハラスメントではなく!」

「誰もセクシャルハラスメントをしているなどとは言っていないだろうが。今の君の言動から察するに、君はセクシャルハラスメントをしている自覚があり、それを隠蔽していると言うことかね?」

「そう言う事ではなく!行動の弁明をしただけでございます故、どうかお気になさらず!」

「そうか、もしセクシャルハラスメントをしているのであれば直ぐに報告してくれたまえよ。」

「は、はい!それはもちろんですとも!それで、退職だったかな?もちろん大丈夫だ。手続きがあるから少し先になるけどいいかい?」

「は、はい。」

課長の態度が急変し、退職の了承が出た。何故こんな所に社長がいたのか分からないが、ともかく助かった。その日、私は久し振りにいい気分で家に帰ることができた。

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