大切な家族

かむヨン

大切な家族

 私には、5歳下の弟がいる。

 弟は、小さい頃から病弱で病院生活をずっと強いられてきた。

 そんな弟が、私は可哀想で毎日のように花を持ってお見舞いをしに行っていた。

 何時か、普通の生活を一緒に過ごせるように、ピンクのカスミソウを手に訪れていた。


「姉さん、毎日来なくてもいいのに。高校生最後の年なんだから友達と遊んできなよ」


「いいの~俊と話していた方が楽しいもの!それに、本をいっぱい読んでる俊から勉強も教えてもらえるから、私からしたらラッキーよ!」


「ちゃんと学校行ってる姉さんの方がバカなのってどうなの?」


「バカは酷いよ…」


「ははっ、ごめんごめん」


 からかわれながらも、笑顔を絶やさない俊に私はいつも穏やかな気持ちでいられた。

 他の子よりも、ベッドにいる時間が長いのに一切、私たち家族に苦しむ姿を見せなかった。

 そこに物寂しさを感じたが、心配させまいとしていることはわかっていたので、何も言わなかった。

 私も、俊に秘密にしていることがあるため、余計に。


「そういえば、旅行の引換券が当たったんだって?」


「そうそう!くじ引きしたら、なんと2等賞!すごくない~?

 ペアチケットだから、お父さんたちに譲ったんだ!」


「……姉さんが彼氏と行けばよかったじゃないか」


「私に彼氏はおりません。俊君、わかって言ってるのかい~この~!」


「彼氏いないの…?」


「どうせ寂しいひとり者よ…」



 私の返答に、”そうなんだ”と伏し目がちに返す。

 たまに、俊が何を考えているかわからない時がある。

 姉弟なのに、俊のことをすべて理解してあげられないのが歯がゆく、心が締め付けられる。

 そう、姉弟なのに…


「ということなので、うるさい私が残りまーす!お父さんたちにはお土産いっぱい買ってきてもらうおうね!」


「そうだね…」


 呆れながら儚い笑顔をする俊に、私も目を離さず笑顔を見せる。

 少しだけ見惚れてしまったことを気づかれないように、頭を撫でながら。



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 お父さんとお母さんが、旅行先で事故に合い死んでしまったことを知ったのは、その一週間後のことだった。

 二人が死んでしまい、それからの生活は一変して忙しい日々を過ごすことになった。

 葬式やなにやらはいろんな人たちに手伝ってもらい、なんとかなったが、俊や私をどうするかで親戚同士言い争いになってしまった。

 ここに俊がいなくてよかったと、どんなに思ったか。

 親戚同士の醜い争いは、私がもうすぐ高校を卒業して仕事をするので引き取らなくて大丈夫、と伝えたことで止まった。

 それからというもの、高校を卒業するまでは両親の財産で入院費を賄うことになり、卒業してからは仕事づくめで入院費を稼ぐ生活になった。


 俊のお見舞いを毎日行っていたのに、仕事を始めてからは週に一度や結構な日を空けてしまったりとなっていた。

 今日は、久しぶりのお見舞いで前に持ってきていた花が完全に枯れているのが目に入る。

 看護婦さんは、お花代えてくれてないの?そんな疑問を抱くが、ベッドで上半身を起き上がらせながら、冷ややかな目を向けている俊に思考が傾く。


「姉さん、最近寝てる?クマが酷いよ」


「寝てるよ~これは最近流行りのメイクなの!」


「…馬鹿だね」


「もう~!だから、バカは酷いって…」


「あんたは、大馬鹿やろうだよ」


「俊…?」


 いつもだったら、笑顔を向けてくれるはずなのに目を鋭くさせ、初めてあんたと呼ばれた。

 久々の俊は、見ない間に大人の男となっており、厳しい目線を向けられているのにも関わらず、場違いにも胸を高鳴らしてしまった。

 そんな胸の高鳴りを紛らわせるため、首を左右に振り再度俊に向き合い、ベッドの端に座る。


「どうしたの俊?日が空いちゃったから怒ってるの?

 ごめんね…今日は、俊の好きそうな本買ってきたから許して…」


「もう、ほっとけよ…いつまで僕の面倒を見るつもり?」


「いつまでって…そんなの…」


「他人のことなんて捨て置いて、いい加減自分を大切にしなよ」


 俊の他人という一言に、目を見開いてしまった。


「僕はずっと昔から、あんたとは血がつながってないことなんて知ってたよ。」


「なんで…」


「知ってる理由なんて、どうでもいいでしょう。事実なんだから。

 僕が言いたいのは、父さんたちはもういないんだから、赤の他人のためにあんたがそんなに必死に頑張る必要が、もうないってことだよ。」


「私たちは姉弟だよ…血なんて関係ない…」


「僕はあるんだよ!!」


 こんなにも大きく声を上げて怒鳴る俊は初めてで、言葉が詰まってしまった。

 それと、同時に私の努力は俊にとって迷惑だったのかなと思ってしまい、視界が揺れる。


「…順調に体が健康になってきてるから、もうすぐ退院らしい」


 退院という単語に怒鳴られたことも忘れて、祝福の言葉を掛けようとしたが、そのあとに絶望へと突き落とされる。


「退院したら、あんたとは暮さないで一人でやってく。丁度お金を稼ぐ方法もみつけたしね」


 尚も冷たい眼差しで言ってくる俊に私は、唇を噛み締めて下を向く。


「そんなに私は、煩わしかったの…?」


「……」


「仲のいい姉弟だと思ってたのは、私だけだったの…?」


 私の問いかけに一言も返さずにいる俊に、とうとう一粒の涙が零れ落ちる。

 このまま、ここにいたら本格的に泣いてしまう…最後まで俊にめんどくさいと思われたくなくて、謝罪をして部屋を出ようと立ち上がる。その寸前、腕を引っ張られてベッドに押し倒される。


「僕は…、僕は…!あんたを姉だなんて一度も思ったことない!」


「…っ」


 追い打ちのように言われ、顔を歪ませ涙をこぼす。


「ずっと、ずっと、あんたを一人の女性として愛したかったんだ!」


 もっと罵声を浴びせられると身構えていたのに、予想外なことを発せられた。


「誰が…好きな人の苦しんでる姿をみたいって思うんだよ…

 あんたには、幸せになってほしいんだよ…!負担になりたくない、でも他の奴のものにもなってほしくない…いつも、ごちゃまぜな感情が僕を満たしていくんだ。」


 流れ落ちていた涙を、俊は頬に手を添えながら親指で拭う。その際の表情は、私と同じように歪んで見えた。


「僕のために花を持ってくるあんたが好きで、好きでどうしようなくて。来ない日が続けば、あんたが持ってきた花をずっと枯れようとも眺め続ける…僕の心を占めるものは、全部あんたなんだよ…」


 腕を引っ張った手も片方の頬にあて、額同士をくっつけさせられる。


「これ以上、こんな情けない僕を見せたくないんだ…

 だから、弟にしかなれない僕のことは、もうほっといてくれ…」


「無理だよ…」


 悲痛な声を出す俊に私は、その願いを断る。それに対して俊は、瞼をきつく閉じて更に声を出そうとする。

 そこにつかさず、自分の唇をそっと合わせ離れる。


「…っ!?」


 困惑したであろう俊は閉じていた目を限界まで開かせる。


「…私だって、弟として毎日お見舞いに来てたわけじゃないよ。」


 ずっと前から…お父さんの連れ子として、出会った時から私は…


「私も、俊のことが大好きなんだよ。

 本当の姉弟じゃないことを知らない俊に、この気持ちは隠しておこうとしてたに…

 こんな風に想いをぶつけられたら、我慢なんて出来るわけないじゃないの」


 まだ、混乱していそうな俊の首に腕を回して抱きしめる。


「私だってこんなに好きなのに、突き放さないでよ…

 好きな人の傍にいさせてよ…」


 懇願する私に、俊も倒れこんだまま抱きしめ返してくれた。


「好きな人のために私は頑張ってたんだよ?

 ちょっと頑張りすぎていたのは確かだけど、俊の傍にいたかったから…

 俊がいつか私と普通の日常を送ってほしくて…!」


「ごめんっ…ごめんっ…!僕は、あんたに男だってわかってもらえるようにしたかったんだ…!退院したら、他の奴らと変わりなく、それ以上に立派になって、会いに行くつもりだったんだ…!」


「そんな風に離れていこうとしないで…やっと、元気になれるんだから…一緒に築きあげていこうよ…

 俊といられれば、私は幸せだから…!」


 時間がかかるかもしれないけど、一緒なら俊や私が思い描く日常を送れる気がするんだ。

 だから、一人が頑張ろうとせずに、二人で紡いでいこう幸せな毎日を









































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