第24話 武器を物色

「またかい」


 腰を浮かす俺とベルヴァに対し店主は呑気にはあとため息をつく。


「またって。今の音は普通じゃないぞ」


 「なっ」とベルヴァと顔を見合わせ頷き合う。これに近い音を最近聞いたよ。

 巨体だった駄竜が天井をぶっ壊した時だ。あの時は目の前で聞いたので、今の音より大きく聞こえてきたけど距離を考慮するに同じくらいの規模じゃないのかと推測している。

 何で距離まで分かるのかって? 思慮深い俺を舐めてはいけない。

 勘だよ。勘。ふ、ふふふ。

 不敵な笑みを浮かべる俺に怪訝な顔でベルヴァが上目遣いで俺を見上げてきた。


「どうかされました?」

「いや、誰かから突っ込まれた気がしたんだ。疲れているのかな、俺」

「ずっと、その、跳躍してらっしゃいましたし?」

「ジャンプは軽い運動だよ。問題ない」

「か、軽い運動ですか……」


 気まずい空気が流れる。

 何か変なことを言ったかな、俺……。

 アイテムボックスの中で数えるのも馬鹿らしくなるくらい跳ねたからなあ。

 何が普通で何が異質なのか分からなくなってきている。といっても、異世界の常識と俺の常識じゃ、そもそも違うので更に混乱に拍車をかけてしまうんだよな。

 う、うーん。堂々巡りして迷宮に入りそうだ。

 

「ベルヴァさん」

「はい」


 あからさまに話題を変えるも、優しいベルヴァは口元に微笑みを讃え静かに返事をしてくれる。


「武器は何がいんだろう?」

「ヨシタツ様の武器を角から作成されるのでは?」

「あの大きさだったら、ベルヴァさんのも作れるんじゃないかな。完成するまで、ここにある武器をどれか選ぶのがいいんじゃないかと思って」

「それでしたら、槍があります」

「あの槍……柄も木製だし、穂も所々錆が浮いているよ……」


 「うぐう」と口を半開きにして可愛らしく唸るベルヴァは囁くような声で「だ、だって。錆を落とそうとしても、何もなかったんだもん……布で拭いてはいたの……」とか呟いていた。

 全部聞こえているからね。彼女の言い訳する姿がいじらしくてつい頬が緩む。


「で、ですが、ヨシタツ様が先です」

「いやさ。俺も武器が欲しいのはやまやまなんだけど、ほら、見てなかったかもだけど俺の投げた斧がどうなったか」


 思い出したのかベルヴァの顔からさああっと血の気が引く。

 あの様子だとちゃんと見ていたようだ。


「粉々になっておりました……ね」

「そうなんだよ。斧は粉々、だけど、俺の拳は平気だった。同じような武器を用意しても、余り意味がないんだよ」


 駄竜の鱗が斧より硬かったから粉々になった。じゃあ、道中であったモンスターだったらどうかというと、そろっと投げた錆びた槍は壊れずに済んでいる。

 拳より距離が稼げるからマシと言えばマシなのだけど、それなら、石でも拾って全力で投げた方が良くないか?

 自分の力に耐えられない武器を壊れないように使うくらいなら使い捨てのそこらの石の方があと腐れなくていいというのが俺の結論である。

 自分で言っててもやっとするけど、職人さんが丹精込めて作った一品を破壊してしまうのは気分が良くないものだぞ。お金もかかるし。

 

 せっかく空気を変えるために話題転換したというのに、また微妙な空気にになってしまった。


「ほら、これなんかどうだ」


 壁に立てかけてあった両手斧を手に取る。

 値札がついているけど、数字が読めない。「言葉の赤」は話し言葉が分かるようになるだけで、文字には効果がないのだ。

 

「そいつは品質が悪くはないけど、普通の鉄の斧だよ。あんた、そんなに細いのに斧を振るうのかい?」

「いや、俺じゃなくて」


 ベルヴァに目くばせすると、彼女は唇を結びかぶりを振る。

 

「斧は……」

「ごめん、斧は取り回しが悪かったかな」

「お薦め頂いたのに申し訳ありません。斧を握るとあの時のことが頭をよぎり、本当に申し訳ありませんでした」

「いや、あれはファフサラスが命じただけで、ベルヴァの意思じゃないだろう。君はただ竜の巫女としての役目を果たそうとしただけ」

「……ですが……」

「あの時の顔を見れば誰だって分かるよ。ベルヴァさんはどういった武器が好みなんだ? 剣、それとも槍?」


 正直、アイテムボックスの中での時間が長すぎてベルヴァに斧を向けられた時のことは恐怖を覚えたような、そうじゃなかったような……くらいの朧気なものになっている。

 あの時、俺の頭の中にあったのは斧を構えるベルヴァではなく、巨体のドラゴンをいかにして倒すかだけだった。


 「さあ」と彼女の背中をポンと叩き、「色んな武器があるなあ」と殊更明るく振舞う。

 

「ベルヴァ……でいいんだったかい。ドラゴニュートのお嬢さん」


 俺たちのやり取りを見守っていた店主が「ちょっと待ってな」と扉の向こうに引っ込んだ。

 すぐに戻ってきた彼女は1メートルくらいの反り身の片手剣とそれと同じくらいの長さがある幅広の片手剣、1.2から1.3メートルくらいある両手でも握れそうな剣を持ってきた。

 剣を三本も軽々と持ってくるなんて、この女海賊……じゃなかった鍛冶職人はなかなかの力持ちのようだ。

 鍛冶は力仕事だし、見た目以上の筋力を持っているのかな?

 

 一方でベルヴァは店主がテーブルの上に並べた三本の剣に触れようともしない。

 剣はあんまりだったのかな? 

 ところが、彼女の考えていたことはまるで異なった。

 

「この剣、全てミスリルですよね」

「そうだよ。そっちのお兄さんもどうだい? ミスリルなら鉄より硬いよ」


 ほうほう。これが噂のミスリル。ぱっと見た感じ、ステンレスと同じに見えて区別がつかんな。

 持ってみたら、軽い。チタンの塊かよと思うほど軽い。

 

「軽すぎて、俺にはあんまりかも」

「ヨシタツ様。もう少し丁寧に扱われた方が……」

「すまん。軽くて振り回してしまったよ。ミスリルって高いの?」

「はい。とっても」


 値札が付いていたけど、もちろん読めない。

 なので素直に店主へ聞いてみることにした。


「いくらなんだこれ?」

「そいつは20万ゴルダだね。私は使いこなせる奴にしか売らないんだ。ベルヴァなら売るよ。あんたには売らない」

「一言多いな。買える買えないは別にしてミスリルより駄竜の角の方がいい」

「あんたはベルヴァが心酔するほどの術師かもしれないけど、立ち振る舞いからして斬った張ったは素人だ。そんな奴は護身用に鉄で十分さ」


 アイテムボックスの中で俺なりに動きの特訓をしたのに。やはり、師匠もマニュアルもなければ仕方ないことか。

 しかし、俺はどのような達人でも一夜にして超えたのだ。

 と、どこかの石仮面を被った人のようなことを考え、自分を慰める。

 

「すまん。ベルヴァさん。ミスリルは思った以上に高かった。鉄の武器で我慢してもらえるかな」

「もちろんです! 反り身の剣を頂けますか?」

「あいよ」


 快諾した店主は表に出ている反り身の剣ではなく、奥から持ってきてくれたものを売ってくれた。

 そんなこんなで、依頼した品物ができる頃にまた来店すると言い残し、鍛冶屋を後にする。

 駄竜の角は半分くらいでぽきっと折って、残りはアイテムボックスに収納した。置いておいても邪魔だしな、うん。

 角を折った時の駄竜の顔が面白くて声をあげて笑ったら、炎で反撃してきやがった。

 なんだよもう。未練がないって言ってたじゃないかよ。

 と突っ込んだら、それはそれ、これはこれとかどこぞの政治家みたいなことをぬかす。

 

 食材や塩をはじめとした調味料を購入して宿に戻ったら、辺りはすっかり暗くなり始めていた。

 しかし、その日の晩、事件が起こる。

 

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