第20話 自動翻訳装置
『元は秘宝「世界の書物」に込められた技術だったそうです』
『秘宝……ですか。そのようなものが100ゴルダで?』
『ご安心を。冒険者ギルドカードは秘宝ではありません。ギルドカードの製法は広く一般的に知られています』
『誰でも作成できるものなのですか?』
『確かな技術を持つマジックアイテム作成の職人であれば可能です。今となっては必要のない技術も込められているのですよ』
『ドラゴニュートの文字で見える、というものですよね?』
『おっしゃる通りです。工房の場所はこちらです』
チップを受け取った受付嬢が薄茶色の用紙に地図を記入する。
受け取ったベルヴァはペコリとお辞儀をして、俺にそれを手渡した。
外に出た俺たちはさっそくマジックアイテムの工房へ向かう。工房は噂の岩窟の中にある。
ワクワクしながら御者台で街の様子を眺めていたら、ベルヴァから提案があった。
「××××××」
『先に宿を取りませんか?』
「馬車かな?」
「×××××」
『お考えの上でしたか、申し訳ありません』
「ううん。馬車を収納してしまおうと思ってたんだ。人気のないところ……路地裏より更に離れた方がいいか」
都市化した岩山を回り込むようにして木々が生い茂る辺りに出る。
岩山が天然の城壁とされているようで、この辺りには城壁がなかった。ここから街に出入りできるんじゃないかな。
不法侵入したい放題だな。うん。いや、崖の傾斜が70度くらいあるから、ちょっと頑張らないと無理かも。
少なくともモンスターが登攀して街に侵入することはなさそうだ。
ここで馬車とケラトルを収納し、いよいよ噂の岩窟都市へやってきた。
「うおおおおお、こいつはすげええ」
つい、叫んでしまった。自分の浅はかさにかなりへこむ。
今の俺の叫びは数人の人に聞かれてしまったはず。ギルドであれほど喋ることを注意していたのに。
仕方ない。仕方ないんだ。
岩窟都市に対して叫ばずにいられなかったんだよ!
岩をくり抜いたというので洞窟の中みたいなもんだろと思っていたのだけど、良い意味で度肝を抜かれた。
中は整備され、ボコボコした地面じゃなくて岩肌に薄く板状にした岩が張り付けられている。板と板の隙間を埋めているのは漆喰かな。
天井も同じように整えられていて、大広間に入ったかのようだった。
壁の端にはいくつかの露店が並び、露店の前には簡易的なテーブルと椅子まで置かれている。
入口の大広間だからか天井も高い。ゆうに10メートル以上はあるんじゃなかろうか。
ぼんやりと光っていて文字がギリギリ読めるほどの明るさだけど、外から入る光もあり何ら問題はない。
大広間から多くの道が伸びていて、地図を頼りに工房を目指す。
奥へ行くほど狭い路地もチラホラとあった。その分天井も低かったけど、大広間と同じように天井が光っているからランタンを使う必要もない。
天井が低いとその分光も下まで届くからね。ところどころ広間があるのだけど、そこは街の入り口でみた綿毛の街灯が置かれていて光を補っていた。
終始ワクワクが止まらない。来てよかった岩窟都市。
岩窟都市内で住んでいる人は多数いる。ここの住居は屋根がある家ではなくマンションの一室的な感じで壁で仕切られた個人用のスペースとなっていた。
外に比べたら空間が限られているため、一人頭の居住面積は狭そうだ。角部屋と言っていいかどうかは悩むところだけど、岩壁に接した部屋ならば窓を通じて外からの光は入る。
おや、なんか看板が出ている住居があるな。これまで露店や住居を改装したお店は見かけた。どれもがお客さんを誘うためか、間口が広く商品を外に並べていたりしたのだけど、ここは違う。レストランかもと思ったが、チョークで描かれたメニューが軒先に置いているわけじゃあない。
「なんだろう、ここ」
「××××」
『ボルタ―の宿と書かれています』
「宿か、今晩はここに泊まらない? お値段次第だけど」
「×××××」
『承知しました。先に入りますか?』
「そうしよう。予約をするなら早い方がいいよな」
カランコロン。扉を開けると子気味よい鈴の音が鳴る。
はいはい。と奥から真っ白な髪をした老婆が出てきてカウンター奥からこちらにやってきた。
老婆はとても小柄ではあるが女性にしては体ががっしりしているように思える。ゆったりとした服を着ているから首と腕回りからだけの判断なので、実は違うってこともありえるな。
別に彼女と戦うわけでもないので、華奢でもがっしりしていてもどちらでもいい。出会えば戦いになったモンスターと対峙した時の癖になっているな。相手の様子を窺うことは。
「××××××××?」
『一晩泊めて頂きたいのですが、空きはありますか?』
『ドラゴニュートのお客さんとは珍しい。そちらの人間の男の子とあんたのペットも一緒かい?』
ペットという言葉に反応した駄竜を羽交い締めにして黙らせる。
危険なドラゴンを連れていますなんてありのままに答えたら、泊めてくれなくなるだろうが。
意趣返しか駄竜がもっともな皮肉をのたまってきた。
『お主、アイテムボックスの中で宿泊すればよいだろうが』
「さりげないところからボロが出るかもしれないだろ。街の中ではちゃんと宿に泊まった方がいい」
『そんなもんか』
「そんなものだ。少なくとも馬車の中で寝泊まりをするより快適なんじゃないか」
『ふかふか?』
「それは分からん」
街に行ったらふかふかクッションを見繕ってやると約束していたのを覚えていたか。
俺の冒険者ランクが低くなっているから、ホイホイとモンスターの素材を出すことに対しては慎重に行った方がいい。
俺は慎重かつ思慮深い男だからな。ははは。
いつものごとく駄竜とすったもんだしている間にベルヴァと宿の店主のやり取りが続く。
『ドラゴニュートなら歓迎だよ。今、物騒でね。村から行商に来たのかい?』
『いえ、私たちは冒険者です』
『そうかい、尚更歓迎だよ。ひょっとして依頼を受けてきたのかい?』
『いえ、依頼は受けておりません。長旅でしたので、屋根のあるところでゆっくり休もうと宿を探しておりました』
『そうだったのかい。事情が事情だから安くしておくよ。相部屋でまとめて400ゴルダ。朝食付きでどうだい?』
『それでお願いします』
おおお。さすがベルヴァ。もっともらしいことを言ってくれた。
物騒だとか依頼という言葉から察するに、岩窟都市内で強盗の類が出ているのかもしれない。
俺たちには盗まれるものなんて何もないけどな。全部アイテムボックスの中だし。
多少の路銀はベルヴァが持っているけど、盗られたらポーションを売るなりして凌げるから。
その際は緊急事態ってことで、ギルドを使わず族長の書状を使って行商をしよう。
店主に前金で全額を支払い、置く荷物も無かった俺たちは宿を後にする。
そこから歩くこと20分くらいで目的の工房へ到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます