第21話 ウサギ族
工房というので工場のようなところを想像していたのだけど、こじんまりとしたお店だった。
こう、ライン作業で次から次へとギルドカードを作成しているのかなって。
お店の棚には置時計とかオルゴールのような箱やらが置いており、カウンターのガラスケースに色とりどりの指輪やネックレスといったアクセサリー類が整然と並べられている。
これが全部マジックアイテムなのかあとわっくわくになっていたが、店主を見た瞬間にその想いは完全に砕け散った。
だってさ、店主がウサギだったんだもの。
ふっさふさの薄い茶色と白のマーブルカラーにつぶらな黒い瞳。お客である俺たちを見つめる精悍な顔のおひげと鼻が揺れていて、触れたくなる衝動を抑えるのに必至だ。
ウサギはカウンターの向こうに腰かけているのだけど、人型の手足があって頭と同じで全身フサフサの毛に覆われている。
ベルヴァから聞いていた8種の種族のうちの一つ、獣人ってやつなのかも。動物が人型になったような姿が特徴ってところか。たまらんな。
「いらっしゃい」
小刻みに口を動かしたウサギが紡いだ言葉が日本語に聞こえた。
しかし、彼の口の動きと発声が全然合っていない。彼が喋る言葉が日本語に変換されて聞こえているのかもしれない。
ということは、求めていたマジックアイテムがここにある!
「×××××」
『ドラゴニュートの言葉が分かるのですか!』
ベルヴァにはドラゴニュート語で聞こえるらしい。こいつは本物だぜ。
ウサギさんが全ての鍵を握っている。
「冒険者ギルドカードをここで作っていると聞いて来たんです」
「ギルドカードをお求めですか? 申し訳ありません。直接はお売りできないんです」
「いえ、目的はギルドカードそのものではなく、今あなたが使っているマジックアイテムを売って頂けないかと」
「使っている、と申しますと……?」
やっぱり日本語が通じるぞ! いやあ、直接喋ることができるって何て素晴らしいんだ。
ハテナマークが浮かんでいるウサギさんの半開きになった顔がキュート過ぎて心臓が止まりそうになった。
ハムスターとウサギは何か通じるものがある。特に口元と鼻。口が半開きになっているってのに鼻とヒゲは小刻みにヒクヒクしているんだぞ。
異世界に来て踏んだり蹴ったりだけど、お喋りするウサギとかでっかいハムスターなんかに出会えたことは嬉しい驚きだった。
俺はそこまででもないけど、爬虫類好きだったらベルヴァの尻尾とかケラトル、ドロマエオに萌え死するかもしれない。
おっと、ウサギさんの口元に見とれている場合じゃないぞ。あの口にニンジンを突っ込んでみたい。
……っは!
首をブルブルと振り、頭をガシガシとかく。
「ええと、何とお呼びすれば。店主さんでいいですか?」
「はい。店主でもウサルンとでもお好きにどうぞ」
「ウサルンさんというお名前なんですね!」
「は、はい……」
カウンターに乗り出してウサギさんことウサルンににじり寄る。
喰いつき過ぎた。ウサルンの額からタラリと冷や汗が流れ落ちた気がする。
もふもふしているから汗は流れないんだけどね。
「……失礼しました。つい。口元を見てしまいまして」
「口元……ですか?」
本音が出てしまったと焦っていると思ったよね? そうじゃないぞ。そうじゃないんだぞ。
見とれていたのは事実だけど、口に出して言うほどおまぬけさんではない。
「俺と相棒のベルヴァさん。それぞれ母国語が違うんですが、あなたの言葉が母国語に聞こえたんです」
「なるほど。それで口元と。これはギルドカードの技術を応用して作ったあるマジックアイテムの効果です」
「お、おおおお! それ、俺にも譲って頂けますか!? もちろん、お金は支払います」
「お客様は人間でいらっしゃいますよね。言葉のマジックアイテムが必要なのですか?」
「必要なんです!」
あ、声が大き過ぎたらしい。ウサギの長い耳が半分ほどで折れ曲がり、両目をつぶっている。
コホンとワザとらしい咳をして、ベルヴァと顔を見合わせた。
取り乱している俺に対して彼女は柔らかな笑みを返してくれる。すーはーと深呼吸を……よし、落ち着いた。
「ごめん、落ち着けるように俺の手を握っててもらえないか」
『そ、そんな畏れ多い』
おずおずと差し出してきた彼女の手をぎゅっと握る。
彼女のひんやりとした手の感触が俺の頭まで冷やしてくれるようだ。
ここまでやっちまったからにはウサルンに隠していても仕方ない。
「ウサルンさん。俺は遠い異国の出身でして、この国の言葉が分からないんですよ」
「ドラゴニュートの方ともドラゴニュート語で会話されてるのですね。確かに、ドラゴニュート語と王国語はかなり異なると聞きます。私どもウサギ族も独自の言葉を持っています」
「そうなんですね」
「ええ。この口です。王国語の発音自体ができないのですよ」
二本の伸びた歯を見せ、それを指さすウサルン。見えた。肉球が。
指は五本あってフサフサしている。手の平には肉球を備えているなんて……や、やばい。ベルヴァの手をぎゅっとして冷静さを取り戻す。
この思慮深き男、良辰をここまでかき乱すとは、恐るべしウサルン。
心得たとばかりに指を立てた彼はその指を口に当てる。
「そういうことでしたら、言葉のマジックアイテムを準備いたします。生憎在庫を用意しておらず、都度都度作るようにしております」
「どれくらいかかりますか?」
「急いで二日。その分費用がかかりますがいかがいたしますか?」
「お値段はいかほどに?」
「15000ゴルダになります」
手持ちじゃ余裕で足りないな。
しかし、金で解決できるなら、是非とも手に入れたい。
ゴルダはこれまで見聞きした情報を頼りにすると1ゴルダで10円ほどかなあ。
翻訳のマジックアイテムは日本円にして15万円程度か。どんな人とでも日本語で会話が可能なアイテムにしては破格のお値段と言っていい。
「ベルヴァさん、族長の書状を使おう」
「××××××」
『ギルドで道中集めたモンスターの素材を売ることもできますが、商店で取引をするのですね』
「うん。Dランクの俺が、とまた変な勘ぐりされると思うから。ギルドは避けたい。ギルドはあくまで商取引の許可証を得るためにしたい」
「×××××」
『賛成です。ギルドはヨシタツ様を……』
ギリリと言う音が聞こえてきそうなベルヴァの態度にひやりとする。
切れ長で凛とした感じのする彼女が無表情で拳を握りしめると、周囲の温度が二度ほど下がったように感じられるのだ。
これで舌打ちなんてしてみろ、怖いってもんじゃないぞ。
俺に見られていることにハッとなった彼女は目を泳がせた後、にこりと微笑む。
「ウサルンさん、お金はすぐ準備します。モンスターの素材を引き取ってくれるお店を紹介して頂けたりしないでしょうか?」
「隣は鍛冶店なのですよ。そこでしたら、モンスターの素材を買い取ってくれます。取引許可証はお持ちですか?」
「はい。ドラゴニュートの族長の書状を持っています」
「でしたら問題ないかと。ドラゴニュートの方も稀に訪れていると聞いています」
そんなわけで、お隣の鍛冶店に向かう事となった。
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