第18話 いけないレシート

 馬車に入り、周囲の様子を確かめてから馬車扉を閉じる。待っていたケラトルは離れた時と同じ場所で丸くなり休んでいた。

 暴れる様子もなく、ベルヴァの言いつけをしっかり護っていたことを後で褒めてやりたい。ケラトルは草食らしいので、草を一杯与えることで報いようと思う。

 今は先に片付けたいことがある。

 馬車の中であっても、いつ近くに他の人が馬車を停めにくるかもしれないってことで小声で会話を始め……ようとしたら先に駄竜が割って入って来た。

 

『お主の力を表示したあのカード。おかしいだろう! 本当の力を我の前に示せ!』

「別に俺は気にしてない。というより好都合とさえ思っている」


 レベル9の表示が気に喰わなかった駄竜が「早くしろ」とまくし立てる。ステータスを表示したらベルヴァが閲覧できるんだったか。

 転移してくるなり「ステータス」をって言ってたもんなこいつ。

 睨み合う俺と駄竜と異なり、ベルヴァはすんと鼻を鳴らし両手を膝の上に乗せ背筋を伸ばしたまま発言する。

 

「××××××」

『当然です。人間の仕組みでヨシタツ様を計ることなどできようはずがありません』

「そっちかよ」


 レベル表示に拘る駄竜が今度はベルヴァに絡む。

 

『ヨシタツのレベルが計測できないとは?』

「×××××」

『蒼竜様はもはや私の主人ではありませんので、答える義務はありません』

『なんだとお! むぐう』


 暴れそうになった駄竜を押さえつける。

 ところどころでベルヴァの駄竜に対する態度には気が付いていた。感謝の意を示す時も俺にだけ示し、駄竜には冷たいものだったんだ。

 族長のところで経緯を説明した後が顕著だったと思う。あの時は駄竜がうまく立ち回ってくれたのだけど、ベルヴァは彼に謝意を伝えることもなかった。

 まあ、気持ちはよくわかる。駄竜の生贄に捧げられ、命じられるままに耐え難いことでも実行しなきゃなんなかったからな。

 どれくらいの間、駄竜の元にいたのか分からないけど、辛酸を嘗める日々だったことは想像に難くない。

 

 彼女の気持ちは分かる。だけど、俺たちは三人だ。俺が一人で行動することも今後あるかもしれないだろ。

 少なくとも俺がいない時に二人の間で戦争勃発……とならないようにして欲しいんだよな。難しそうだけど、さ。

 

「ベルヴァさん、俺もレベル表示のことは気になっていたんだ。知っていることがあるなら教えてくれるかな?」

「××××××」

『もちろんです。冒険者から聞いた話ですが――』


 一転して顔を綻ばせ、ベルヴァが語り始める。

 この大陸には8種族が住んでいて、人間が最も多く、平均レベルが最も低い。

 俺も知る通り、この世界にはレベルとステータスの概念があって、一切の戦いをしない街の人なんかはレベルも高くて3程度なんだという。

 レベル3だと腕っぷしがなかなかの鍛冶屋の親方とかそう言う人になるんだって。

 ここからが本題。ベルヴァが人間とエルフ、獣人のパーティから聞いた話によると、現在最もレベルの高いと噂されるとある英傑でレベル41なんだと。

 また8種族のレベル限界値は50と言われている。50に到達した人は超越者として歴史に名を刻んでいるとのこと。

 

「つまり、レベル50以上は判定不可。俺の場合はたぶん二桁目が5以上だったので、切り捨てされて9だけが残ったのかな」

「××××」

『原因は不明ですが、ヨシタツ様が強すぎたためです』


 満足したか? 駄竜よ?

 「んー」と悪役が悦に浸るようにして押さえつけている駄竜に目をやる。

 ふむ。少しは落ち着いたか。駄竜を開放してやるとノソノソと動き始め宙に浮く。

 

『理屈は分かった。ステータスを見せろ』

「やなこったい。てか俺がステータスを開いたらファフサラスが見えるのか?」

『魔法を使えばな』

「何もしなければ本人以外には見えない、でいいのか?」

『うむ。その通りだ。教えてやったのだから、見せろ』

「俺のために活躍したらいずれ見せてやろう。ふぁふぁふぁ」


 駄竜が火を吹こうと息を吸い込んだので、両手で吻を挟み拘束する。

 翻訳をしているだけでは俺の心を動かせんぞ。カカカカ。

 こいつが割り込んできたからレベルの話になってしまったんだぞ。思慮深い俺が気が付いたことはレベルとかそんな程度の低い話ではないのだ。

 冒険者ギルドカードのことだよ。ジャージのポケットに仕舞い込んだはず。

 ……しまった。両手が塞がっているから懐に手を伸ばせないな。

 

「ベルヴァさん、冒険者ギルドカードを俺とファフサラスに見えるようにしてもらえるか?」

「××××」

『私のもので良いでしょうか?』

「俺のでもいいけど、手を離すと馬車が燃える」


 コクリと頷いたベルヴァが胸元に手を伸ばし、カードを引っ張り出す。なんでそんなところに入れているんだよ。

 ふくらみが見えそうになってしまったじゃないか。

 しかしこれは始まりに過ぎなかった。

 彼女と俺は対面に座っているのだが、座席から降りた彼女は膝をつきカードを掲げる。

 そんな姿勢で見上げられるとカードよりさっき見えそうで見えなかったところに気が行きそうに……ならない、ならないぞ。

 彼女は助けられたのと連れて行ってもらっていることからか、どうも俺を主人か何かのように扱っている。

 思ったことを伝えてくれるようになったものの、まだまだかかりそうだ。ベルヴァさんじゃなく、ベルヴァと呼べるようになるのはいつの日か。

 

「ファフサラス。カードを見てみろ。レベルとか名前とか読めるんだよな?」

『もちろんだ。我に文字が読めぬとでも思ったか』

「俺も読めるんだよ。でも、依頼書の方は読めなかった。お前はどうだ?」

『興味がない。見てもいない』

「想定内だ」

『そこで思慮深いオレサマは何パターンもとか言うのだろ。お主、我が出会ったニンゲンやドラゴニュートの中でも下の中くらいだぞ』

「うるせえ! そうだな。何かあったか」


 駄竜の興味が別に行き、暴れなくなったので彼を開放する。

 たしかカードを入れた時に別の感触が。ごそごそとジャージのポケットをまさぐる。

 出てきたのはくしゃくしゃになったレシートだった。

 

「これ、読めるか? ファフサラス、ベルヴァさん」

『文字なのか?』

「×××××?」

『読めません。ヨシタツ様の国の文字ですか?』

「うん。俺が冒険者ギルドカードを見た時、俺の国の文字が浮かんだんだ。ベルヴァさんはどんな文字だった?」


 ここでベルヴァも合点がいったようにポンと胸の前で両手を合わせる。

 その仕草は膝をついたままやらないでほしかった。彼女の胸は小さいけど、それだけに手を合わせたら服が寄って……以下自主規制。

 

「××××××」

『私はカードの文字がドラゴニュート訛りが入ってました。依頼書のものは王国語ですね』

「ファフサラスも同じだろ」

『そうだな。我が理解する文字は遥か古代に栄えておった帝国のものだ』

「予想通りだったな! 冒険者カードは見る人の理解できる文字、更に言えば、母国語で表示される」


 俺の場合だと英語じゃなくて日本語で表示されるといった感じだな。

 ファフサラスも俺の言わんとしていることを理解したようで、パカリと大きな口を開ける。

 小さい割に鋭い牙が並んでいて、ドラゴンはドラゴンだなと変な感想を抱く。

 

『ふむ。こうして簡単に手に入るカードに翻訳の魔術が込められているなら、喋る言葉のものもすぐに手に入るというわけか?』

「概ねそんな感じだ。カードの魔術について冒険者ギルドに聞きに行こうと思って」

「×××××」

『ヨシタツ様と直接お話しができるんですね! 楽しみです!』


 ぱああっと笑顔で目をキラキラさせるベルヴァに微笑みかける。


「×××××」

『ヨシタツ様。その書状には何と書かれているのですか?』

「え、えっと。缶ビール、コロッケ……」


 レシートを順に指さしていく。

 三つ目に差し掛かったところで、固まった。

 「巨乳パラダイス」って書いてる。言えねえ。こいつは言えねえ。

 興味津々のベルヴァの目線が痛い。

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