第17話 定番の冒険者ギルド

「×××。××××」

『承知いたしました。では、冒険者登録をお願いできますか?』

『このカードに手を触れてください。ステータスの一部が公開されます。冒険者ギルドカードを見せることで身分を証明できるようになります』


 コクリと頷いたベルヴァがそっと指先を冒険者ギルドカードの上に乗せる。

 ピカッと一瞬だけ輝いた冒険者カードに文字が浮かび上がってきた。


「お……むぐ」


 いかにもなギミックに声が出そうになるが、自分で自分の口を押さえ飲み込む。

 おや、文字のギミックに気を取られていたけど、カードの色まで変わってるじゃないか。何この素敵な仕様。男ごころをくすぐるわね。

 黒色だった冒険者カードは銀色に変わっている。

 俺の痛いまでの視線に気を利かせたベルヴァが「どうぞ」とカードを見せてくれた。

 

《冒険者ランク:A

 レベル:36

 名前:ベルヴァ・ランドルフィン

 職業:竜の巫女》

 

 ほうほう。スキルは見えないのか。異世界だけに魔法なんかもあるのかなと思ったけど、少なくとも冒険者カードには表示されないのか。

 カードを戻し、ベルヴァの耳元で囁く。

 

「すごいじゃないか。ランクAだって」

「××××」

『私はドラゴニュートですから……』


 ぐいっと顎をあげ俺の耳に息を吹きかけるようにして謙遜するベルヴァ。

 つい話しかけてしまったけど、この場ではなるべく会話をしない方がいいよな。後で詳しく聞いてみよう。

 顔を元の位置に戻すと、ベルヴァも受付嬢に顔を向ける。

 

「×××××××」

『次はこの方の冒険者登録をお願いできますか』

『承知いたしました。登録料は100ゴルダとなっております』


 受付嬢は俺に目線を合わせようとせず、ベルヴァだけを見てそんなことをのたまう。

 彼女は大歓迎な雰囲気だったのに随分と俺には塩対応だな。しかもお金までかかるって。

 ジャージだったから手持ちもないだろとか、日本円じゃ支払いを受け付けないだろ、何てことを考えた諸君。甘い甘いよ。

 ゴルダなる通貨を俺たちは持っている。ベルヴァのゴルダだろって? それも異なる。ベルヴァと俺の共有の財産だな。

 ドラゴニュートの村でポーションと交換した際に路銀も必要でしょうと族長が気を利かせてくれたんだ。三日ほど街で過ごせるくらいと言っていたけどね。

 確か、1500ゴルダくらいは頂いたと思う。

 

 「いいですか?」と目で合図をしてくるベルヴァに頷きを返す。

 トンと銀色の硬貨を一枚置き、受付嬢が「確かに」とばかりにトレイに銀貨を乗せる。

 そして、ベルヴァの前に黒色の冒険者カードが置かれたのだった。

 

 座ったまま手を伸ばしても冒険者カードに届かないのだが、受付嬢は素知らぬ顔。お客様に対する態度がなってねえぞ。

 ベルヴァがカードに触れると黒から銀色に変わって彼女の名前が表示されそうだし。そう言う理由で彼女は冒険者カードには触れないんだよな?

 仕方あるまい。椅子から降りてカードを手に取る。

 ここまで来て、俺はとあることに気が付いた。俺のレベルが常に表示されるってことじゃない?

 レベル999は相当目立つどころか、大騒ぎになるよな。レベル36のベルヴァで冒険者ランクAなのだもの。

 咄嗟に見られないようにローブの裾で冒険者カードを隠し、隙間からそれを覗き込む。

 

《冒険者ランク:D

 レベル:9

 名前:叶良辰

 職業:無職》

 

 おや、レベルは9になっている。

 カードの色は茶色でDランクというのは一番下かその一つ上くらいだろうか。

 なんで9なのか分からないけど、これはこれで良しかもしれん。あんまり低すぎると舐められるような気もするけど、実力を隠してというテーマには都合が良いだろ。

 ガシガシ。

 足元の駄竜が俺のジャージを口で引っ張る。何だよもう。今は下手に喋ることができないってのに。

 

『見せろ』

 

 当然彼を無視してカードをテーブルの上に置く。

 するとあろうことか駄竜がぴょんとジャンプしてテーブルの上に乗っかった。じっとカードを見やり、クワッと大きく口を開く。

 こいつはヤバいと思った察しの良い俺は奴の頭を上に向け両手で口を無理やり閉じさせた。

 予想通り、彼の口の端から炎がぶわっと出てくる。

 危うく冒険者ギルドが炎に包まれるところだった。

 

『お主の強さが見れるのかと思ったが、何だこれは』


 俺に言われても知らんがな。

 俺と駄竜がわちゃわちゃしている間にベルヴァと受付嬢が何やら会話を交わしている。


「××××××」

「×××××」


 サボる駄竜の尻尾を引っ張ると、翻訳機が稼働し始めた。

 ちゃんと今聞こえた内容も教えろよ。何て念じても伝わるわけないか。

 

 ここでようやく受付嬢が俺をチラリと見て、ペコリとお辞儀をする。


『大変失礼いたしました。冷やかしなのではと懸念しておりました』

『冷やかしなどではありません! ヨシタツ様は私の恩人です!』

『ヨシタツさんはレベルも9ですし、全くの素人ではありませんが、それでもベルヴァさんとパーティを組むのは……』

『私がヨシタツ様にパーティを組ませて頂きたいのです! 少しでもヨシタツ様のお役に立ちたいんです』


 顔を真っ赤にして声を荒げるベルヴァに受付嬢の顔が引きつっていた。

 彼女がこうも感情を露わにしたのを初めて見る。

 パーティを組むということがピンと来ないけど、冒険者ギルドの仕組み上ダメだと言うならそれはそれで構わないのだけど……会話に割って入るに入れないのでもどかしい。

 このまま押し問答を続けていてもギルドの印象が悪くなるだけだよな。

 ならばとベルヴァと受付嬢の間に駄竜を転がそうと彼の尻尾を握りしめた時、受付嬢が折れた。

 

『何か事情がおありなのですね。貴族でもない方でランク差が二つ以上離れた二人組は例外中の例外です。ですが、違反ではありません』

『それでは、ヨシタツ様と私のパーティで登録して頂けるのですね』

『はい。無職のヨシタツさんをそこまで想うベルヴァさんでしたら、パーティ間のトラブルも起こらないでしょう』

『もちろんです! ヨシタツ様の足を引っ張らぬよう、精一杯頑張ります』

『レベルが低く、職も無しなヨシタツさんをですか……。……! まさか固有スキルですか!』


 ガタリと立ち上がる受付嬢に対し、ベルヴァが困ったように俺をじっと見つめてくる。

 それは肯定しているのと同じだぞ。でも、どんなスキルか分からないだろうから、問題ない。

 ハッとなり着席した受付嬢が深く頭を下げる。

 

『要らぬ詮索、申し訳ありませんでした! すぐにパーティとして登録いたします。パーティランクはCとなります。Cランク以下の依頼でしたら受領可能です』

『承知しました』

『月に一回は依頼をこなすようにしてください。モンスターの素材や薬草などはここで買取できます。繰り返しになりますがBランクになりますと行商人と同じ許可証を得ることができます』

『分かりました。依頼を見てきますね』


 ペコリとお辞儀をしたベルヴァが立ち上がった。

 「行きましょう」と目配せした彼女が先導し、依頼書とやらが沢山貼り付けられたボードに向かう。

 

 そこで俺は重大な事実に気が付いた。


「読めない……」

「×××××」

『そうなんですか?』


 そうなんですよ。依頼書に何が書かれているのか全く分からん。ミミズのはったような文字なんて初めて見る。

 だけど、ギルドカードに書かれている文字は日本語なんだよね。

 はて?


「一旦外に出て、馬車に戻ろう」


 ベルヴァの耳元でそう囁き、冒険者ギルドを後にする俺たちなのであった。

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