第16話 岩窟都市

「ほおお」


 御者台から見える異国情緒溢れる景色に思わず声が出た。

 左右に綿毛状になったタンポポを大きくしたようなオブジェが置かれていて、真っ直ぐ大通りに続いている。

 大通りの脇にポツポツと綿毛のオブジェが見えた。街灯の代わりか何かなのかも。

 大通り沿いには露店が並び、露店の後方に赤い屋根の家が連なっていた。家と家の間はほぼ隙間がなく、火災になったら心配だなあなんてよくわからない感想を抱く。

 これが岩窟都市? なのかと疑問が浮かんだが、ベルヴァの指さす先を見てすぐに納得する。

 

「××××? ××××」

『あの山が見えますか? あの中にも人が住んでいるんです。お店もあるんですよ』

「へええ。はげ山だと思ったら、山の中を掘り進んで使っているのか」

「××××××」

『元は鉱山だったとのことです。岩盤が固く安定しているとのことで、廃坑になった後も改築が続いたとのことです』

「すげえ。行ってみたいな!」

「××××、××」

『先に行かれますか?』

「どこかで物を売りたい。街に入った時みたいに商売をするにも許可証がいるのかな?」

「××、××××」

『はい。ですが、族長の書状で一度だけですが取引できるところはあります』


 取引が今回限りってのは厳しい。毎回毎回、ドラゴニュートの村に戻るわけにはいかないし。

 ああああ、考えがまとまらないぞ。

 魅力的な風景がさっきから続いていて、そちらに意識を持って行かれる。

 露店には見たことのない色をした果物や野菜、吊るしてある肉にどんな肉なのだろうと興味を惹かれたり……。

 それだけじゃない。歩いている人の姿も人間以外の種族がいるじゃないか。服装も日本とはまるで違うし、昔西欧で着られていたものとも違う。

 地球と繋がりの無い文明社会がそこに広がっていた。これで惹かれないわけがないよな! うん。

 あれ、何を考えていたのだっけ。慎重で思慮深い俺としたことが。

 ふっと気障っぽく前髪に触れた時にベルヴァと目が合った。かあああっと頬が熱くなり、明後日の方向を向いて口笛を鳴らすフリをする。

 

「××××××」

『なるほど。ギルドですか。先にギルドに寄られるつもりだったのですね』

「あ、え?」


 胸の前で手を合わせるベルヴァに対し、理解が追いつかない。

 恥ずかしくて横を向いただけなんだけど、確かに盾の上を剣が交差した紋章を掲げた建物が視線の先にあるぞ。

 盾と剣、そしてギルドという彼女の発言……分かったぞ。これはあれだ。あれだよあれ。

 ファンタジー世界あるあるの。喉元まで出かかって出てこない。

 ほら、どこぞの風来坊でもならず者でも実力さえあれば受け入れてくれるギルドだよ。

 

「××××××」

『大通りの裏には馬車を置いておけるところがちょこちょこあります』

 

 ああああ。出て来ねえと首を振っていたら、ベルヴァが何やらよろしくやってくれていた。

 もういいやと吹っ切れる頃には馬車が停車していて、ケラトルも地面に膝をつけてふああと欠伸をしている始末。


 胡乱な目を向けてため息の代わりに小さな炎を吐き出したファフサラスが馬車を降りようとしたので、むんずと後ろから掴む。


『さっきから何をしているんだ。お主は』

「そら、ギルドってところに行くか行かないか悩んでいたんだよ」

『言葉か?』

「そうそれ」

 

 また炎を吐き出しやがった。嘘じゃないぞ。嘘じゃないんだぞとぎゅううっと尻尾を握りしめたら、やっと分かってくれたらしい。

 

『我がお主の頭の中に言葉を伝える。お主は黙ってればいいんじゃないのか?』

「それだと俺の言う事が相手に伝わらないだろ」

『お主が喋って、我が巫女の頭の中に伝える。巫女が喋る。ならどうだ?』

「それしかないか。ベルヴァさんの耳元で囁けば周りに俺の言葉が聞こえることはないか」


 ここで黙って俺たちのやり取りを聞いていたベルヴァが口を挟む。

 ちなみにベルヴァは俺の言葉を理解できないが、ちゃんと駄竜が中継しているから問題ない。


「×××××」

『私は構いませんが、この人は何故、声が出るのに直接喋らないんだろうと思われませんか?』

「問題ないと思う。俺がドラゴニュートの言葉しか分からないことにすればいいんじゃないか?」

「×××××」

『なるほど。それなら納得です。ドラゴニュートの言葉はドラゴニュートの間でしか通じませんので』

「ドラゴニュートは村にいた人が殆どなの?」

「×××××」

『もう一つ村がありますが、街に出て人間社会で暮らすドラゴニュートもいます。ドロテアにも数人はいるのではないでしょうか』

「なら心配ないかな。確かドロテアは8万人くらいいるんだったよな」

「××××××」

『はい。おっしゃる通りです。では、冒険者ギルドに向かいましょう』

「それだ!」

「×××?」

『どうされました?』

「いや、こっちの話」


 そうだ。そうだった! 冒険者ギルドだよ。ファンタジー世界の主人公がいつも行くところ。俺もいよいよ冒険者ギルドデビューか。

 やはり、異世界に来たら行かなきゃならんところなんだよな。

 悦に浸っていたら置いて行かれそうになったので慌ててベルヴァの後を追う。

 

 ◇◇◇

 

 そんなわけでやって参りました冒険者ギルドに。

 ベルヴァが止まらずにずんずん奥へ進むものだから、じっくりと観察する隙がなかった。

 時間はお昼前くらい……だと思う。時計が無いので太陽の傾きでざっくり判断するしかないんだよな。アイテムボックスにはタイマーがあるけど、確認するためには中に入らないといけないし。

 この時間でも依頼書らしきものを貼り付けたボードの前にチラホラと人がいたし、戦利品? をテーブルの上に並べているパーティやら、それなりに人の姿がある。

 中は結構広く、中規模ショッピングセンターのフードコートくらいはありそうだ。

 

 カウンターに受付らしき若い女の子が四人いて、ちょうど空いていた席の前でベルヴァが立ち止まる。

 どうぞと椅子を引いてくれた彼女に「ありがとう」と頭を下げてから着席した。続いて彼女も隣の席に座る。

 駄竜は俺の足もとで面倒臭そうに欠伸をした。

 しかし、さっきから感じる視線は何なのだ。正面にいる受付嬢だけじゃなく、お客さんの相手をしている他の受付嬢までチラリとこちらに目をやる。

 両隣に座っているお客さん……恐らく冒険者までチラチラとこちらを気にしている様子だった。

 やはり、ローブを着ていてもジャージが目立つんじゃないか?

 

『お主じゃない。巫女の方だな』


 駄竜から指摘が入る。彼らが注目していたのは俺ではなくベルヴァらしい。

 どういうことか聞きたいところだけど、ここで発言しては俺の言語が日本語だとバレてしまうのでグッと我慢する。

 

「×××××、×××」

『冒険者登録をしたいのですが、よろしいでしょうか』

『ドラゴニュートさんでしたら大歓迎です』

 

 受付嬢はベルヴァの素性を聞くこともなく、二つ返事で了承した。ドラゴニュートは額から生えた角と鱗に覆われた尻尾という特徴があるから、一目見たらわかる。

 受付嬢の様子からドラゴニュートは冒険者に適した種族なのだろうか。

 彼女はテキパキとクレジットカードのようなものを出してきて、テーブルの上に置く。あれ、見たことある! 冒険者カードってやつだよ。

 

「××××××××?」

『行商を行いたいのですが、ギルドランクが上がれば許可証を発行していただけるのでしょうか?』

『はい。Bランク以上の冒険者さんでしたら商店での売り買いも行って頂けます。ですが、60日に一度は依頼をこなして頂かなければランクダウンとなりますのでご注意ください』

 

 さすがベルヴァ! 聞きたいことを最初に聞いてくれた。

 冒険者ランクB以上になればいいってことだな。分かりやすい。

 

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